第3話 アリナの出立
私の名前はアリナ・セレーネでございます。
フォウリージ国にあるセレーネの森のエルフでございます。
私には父も母もおりません。すでに亡くなっているそうで、私は母方の祖母と二人で暮らしております。
祖母は私が小さな頃から、家事や基礎学習などの教育をとても厳しく教えてくれております。
たまに辛くて泣きそうなときもありますが、勉強を頑張ると祖母が時折笑顔を見せてくれる時があるので、何とか頑張れるのです。
その中でも、特に遠投を教えてくれる時の祖母は少し優しくなります。村から出て森の中での練習では人の目が無いからかもしれません。
何故なら私は要らない子だからでございます。
私には兄が2人おりますが、兄とは父親が違うのでございます。母は結婚しているにもかかわらず、私の父親と子をなしたのです。
ですから私は兄たちの父親とは顔も会わしたこともなく、兄たちもたまに村でお見掛けする程度なのでございます。
一、二度声を掛けられたこともございますが、あまり良い記憶はございません。家の恥だからあまり外に出るな、俺たちを兄と思うなと言われたのでございます。
ですから出来るだけ目立たないように生活しております。この村を大人になったら出ていくことが、今の私の夢でございます。
そんな時村の掲示板に、エルフの王国があった頃のエルフの王ワーレン様のご親戚の使用人としての募集が、掲示板に張り出されたのでございます。募集はたったの1名、成人前の女子となっておりました。
昔エルフには王国がございました。エルフは高い魔力を誇っておりましたが、いつしか衰退し、人族とあまり変わらない程の魔力量となってしまいました。
同族との結婚ばかりを繰り返してきた事が原因とも言われております。
王家は人族との結婚で魔力量の回復を図ろうと、当時の王の娘を人族の王子に嫁がせ、人族からも姫を王子の妃として向かえ入れたと教わりました。
しかしながらエルフの王子と人族の姫との間には子が出来ず、結局エルフの王家は無くなってしまったそうです。
それからエルフは様々な森へ行き、今では隠れ住んでいるそうです。それでも元王族の一族の方の元へと働きに行けるなど、私たちには夢のような話なのです。
私は王族に仕えたいという高い志ではなく、この村から出たいだけのあさましい気持ちから使用人に応募したのでございます。
勿論、落ちた時のことを考えて祖母には話さず応募いたしました。
面接会場へ行ってみますと、私と同じくらいの女の子たちがたくさんおりました。私はあまり家から出たこともなく同じ年の子を見るのは初めてに近いものがありました。
買い物や森へ行くときにたまに見かけたりはしておりましたが、今日この会場に来ていたのは、育ちの良い、元エルフの貴族と言われる家庭の子がほとんどでございました。
その上、話を聞いた他の森に住むエルフの子たちが何人も来ており、私は合格することはないだろうとその時悟ったのでございます。
なぜならば私に比べ、他の方たちはとても綺麗な衣服を着ておりました。私だけが場違いだったのです。中には私を見て指差し、笑うものもおりました。
要らない子が紛れていると……
私は試験を受けず帰ろうかとも思いましたが、返って目立ってしまうと思い、そのまま受けることにいたしました。
初日は基礎学習のテストでございました。祖母から厳しく教えられていたこともあり、問題なく終えることが出来ました。
次の日は実技です。自分の得意とする魔法や、武術をお見せするのでございます。私は昨日のこともあり会場へ行くのを止めようと思っておりました。
家で家事をし、気を紛らわせていると、祖母が私の手を握り言いました。
「アリナ、自分で一度決めたことは最後までやり通さなければ、貴方は本当に恥ずかしい人間になりますよ……それで良いのですか?」
祖母は私が使用人に応募したことを知っていたのです。
祖母はそう言うと玄関のドアを開け、私に早くこの村から出ていくようにと言いました。それが自分の願いだと……。
私はもう帰る家をなくしてしまいました。自分で蒔いた種とはいえ、祖母のその言葉は私の決意を固める物でした。
「おばあさま、お世話になりました。今まで育てて下さってありがとうございました」
私はおばあさまにその言葉だけ伝えると、外へ飛び出しました。
会場へ着くとまだ私の試験の順番の前でした。何とか間に合ったのでございます。
指定の席に付き順番を待っていると一際美しいドレスを着た少女と、そのお付きと思われる少女達に声を掛けられました。
「貴女……セーニャ様の所の要らない子よね?」
セーニャとは兄たちの父親の名でございます。彼女のその目は汚物でも見るような蔑んだ目でございました。
私は兄たちに、家のことを話さないように言われておりますので、何と答えていいのかあぐねいていると、それを無視されたと思ったのか、少女達は興奮しだしてしまいました。
「貴女、フレーゲル様に話しかけられているのに無視をするの?」
「やっぱり生まれが卑しいと常識がないのね」
「フレーゲル様に謝りなさい!」
彼女達は口々に私が無視したことへの怒りを露にしました。
「あなた達、おやめなさい。こんな子と同等になってはダメよ、所詮要らない子なのよ、自分の立場も考えずこのような場に姿を現すのですから……貴女、もう帰った方がいいのではなくって? ここにいても恥ずかしい思いをするだけですわ、誰があなたみたいな要らない子を選んだりするのよ。ありえないわ!」
やはり場違いだったのだと、私が帰るために立ち上がろうとした時、声がかかりました。
「君たち、勝手なことをしてもらっては困るよ」
それは村の誰もが知っている、セレーネの森から王族に仕えたアダルヘルム様でした。少女達は一瞬ではっと顔が赤く染まります。エルフの中でも美しく、剣士でもあるアダルヘルム様は女性たちのあこがれの的なのです。
私はお話でしか聞いたことは有りませんが、先の戦争で大きな武勲を立てたそうです。
「あ……あの……アダルヘルム様、その子はこの村の恥さらしなのですわ、ですから私共がいさめておりましたの……決して勝手なことをしていたわけではございませんわ」
お付きの少女達にフレーゲル様と呼ばれていた、一際美しいドレスを着た少女が頬を染めながらアダルヘルム様に笑って言います。お付きの少女たちもその言葉に頷き答えます。
「そうか……それは、お気遣いありがとう」
アダルヘルム様が笑顔で答えると彼女たちの顔は益々赤く染まりました。
「君たちのしたことは私からしたら、忌々しく無遠慮で何の配慮もなく、自分の無知をさらけ出す恥ずかしき行いにしか見えない。この村の恥さらしは私には君たちに見えるね……」
アダルヘルム様の言葉に彼女達の思考は付いて行けないようで。目を見開いて動かなくなってしまいました。
「君はアリナかな?」
私が小さく頷きますと、アダルヘルム様は笑顔で私を見つめました。
「昨日の基礎学習の試験は満点だったよ。素晴らしい! 今日の君の面接は是非私がやりたくてね。そろそろ君の順番だからと迎えに来てみれば、とんだ迷惑を被っていたようだね」
アダルヘルム様はウィンクをして、私を褒めてくださいました。彼女達はあまりの出来事に茫然としております。
「ああ、君たちはもう帰ってもらって結構だよ。基礎教育も出来ておらず、自分の価値観でしか人を見れない、そんな人間を雇うつもりはないからね。あー……君はシェニカの家の子かな? 少し教育が足りないことを後で私からシェニカに進言しておこう。村の恥となってしまうからね」
そう彼女たちに言い残すと、アダルヘルム様は私を連れて試験会場へと入っていきました。
「さぁ、それでは、まず君の得意な魔法を見せてもらおうかな」
私は大きな魔法は使えませんが、おばあさまに教わった生活に必要な魔法をアダルヘルム様にお見せしました。水を出し、火をおこし、そして、洗浄する。どれも普段から行っていることなのです。
「ふむ、素晴らしい魔法だね。どれも手慣れたものだ。誰に教わったのかな?」
「祖母に……基礎学習も祖母に教わりました……」
「君のおばあさまは……ヘクセ様か……なるほど、さすがだ……もしかして君は遠投も得意かな?」
私が 「ハイ」 と返事をすると、アダルヘルム様に遠投が出来る場所へと連れていかれました。そこには私でも知っているマトヴィル様がいらっしゃいました。マトヴィル様もこの村では有名で、先ほどの少女たちがこの場に居ればまた顔を赤く染めていた事でしょう。
「おー、アダルヘルム、その子が満点だった子か?」
「そうだ。ヘクセ様のお孫様らしい。遠投が得意だそうで見せてもらうことにした」
「おー、ヘクセ様の! よし、嬢ちゃんここに立ってあの的に向かって投げてくれるかい?」
私は頷き、マトヴィル様から渡された5本の投げナイフを的に向かって投げました。ナイフは無事に的の真ん中にあたり、私はうまく出来たことにホッとしたのでございます。
「おー、凄いじゃねーか! こりゃあ普段から実践で使ってるな!」
「ふむ、素晴らしい腕前だ。かなり厳しく鍛えられたようだね」
お二人に褒めて頂けてホッとしていると、面接官用の控室へと案内されることになりました。控室でお茶を出して頂きましたが、落ち着かずあまり味が致しませんでした。
暫くすると薄いピンク色の髪をした美しい女性が入ってらっしゃいました。立ち居振る舞いがこの村の誰よりも美しく、女性の私から見てもほれぼれする様でした。
私は立ち上がり女性に挨拶をいたしました。女性は私に席に着くように促し、その横へと座られ、そして私の目をジッと見つめたのです。
「貴女がヘクセ様のお孫様ね……」
女性はそっと私の頬を撫でました。その目には涙がにじんでいるようにも見えました。
「あ、あの……」
「あら、私としたことが挨拶がまだでしたね……私はオルガと申します。貴女のおばあさまとは昔からの知り合いですのよ、お元気かしら?」
私は頷きました。オルガ様はそっと私の手に暖かい手を添えられました。
「ヘクセ様はお辛いことがあってから、連絡が付かなくなってしまったのだけれど、そう……お元気でしたのね」
私が頷くと、オルガ様は安心したように頬を緩めます。
「貴女はこの村をでる覚悟がありますか? 貴女の仕事場はディープウッズ家になります。ディープウッズ家に使えるにはかなりの覚悟が必要になりますが、貴女にはその覚悟があって?」
何とこの使用人の募集は、かの有名なディープウッズ家の使用人の募集だったのです。私はあまりの事に驚いた顔を隠すことが出来ませんでした。
「まぁ、貴女ディープウッズ家の募集だと知らなかったのね?」
「はい、募集内容には書いてありませんでしたから……」
村の誰もが知っている情報でも、要らない子の私にはほとんど入ってこないのです。
「……そう……それで……どうですか? 聞いて嫌になりましたか?」
私はとんでもないと、首を横に振ります。
「私は……要らない子です……この村からどうしても出たかったのです。その様な理由でも宜しいのでしょうか?」
「……要らない子? 貴女は人族とのハーフかしら?」
私はその言葉に驚きました。まさか要らない子という言葉にそんな意味もあったとは知らなかったのです。
「ねぇ、私の髪を見て下さる? ピンク色をしているでしょ?」
オルガ様のその髪はエルフには珍しく綺麗なピンクの色ををしています。私がこくんと頷くとオルガ様は話を続けられました。
「私も同じ、人族とのハーフなのですよ」
オルガ様はニッコリと笑わられてその美しい髪に触れられます。
「生まれは関係ないのですよ。貴女がどうしたいのかです。この村は閉鎖的で外の世界を知るものが余りおりません、それは古くからの伝統を守る美しさもあり、自分達の常識の範囲内でしか物を見れなくなってしまう悲しい人間を育ててしまう環境でもあります。貴女はそうなってはいけませんよ。外の世界に目を向ければエルフと人族のハーフなどたくさんおります。村を出て、この世界を学んでみる気持ちはありますか?」
私は大きく頷きました。この村を出て世界を知りたい。ここには私の居場所はないのですから。
「私にはもう帰る家はありません。この試験に落ちれば、一人で村を出ていくつもりでおりました」
「まぁ……」
私は立ち上がりオルガ様に頭を下げました。
「私をディープウッズ家で働かせてください!」
オルガ様は私の頭をそっと撫で、「一緒に働きましょうね」とやさしく呟きました。
それから皆様に連れられて、おばあさまに挨拶に行くことになりました。私は別れの挨拶をして出てきた手前、恥ずかしかったのですが、荷物も何も持たず村を出るのかと問われ、自分の準備が何もできていないことに気付き、恥ずかしながら自宅に皆様と共に向かったのです。
おばあさまは、皆様に頭を下げられました。
「この子は亡き娘、ナージャから頼まれました孫でございます。私の教育が行き届いておらず、ご迷惑をお掛けするやもしれませんが、何卒宜しくお願い致します」
「おばあさま……」
「ヘクセ様どうか頭をあげてくださいませ……アリナのことは私たちが必ず守ります。どうか安心してお任せくださいませ。それにアリナはとても優秀ですよ。さすがヘクセ様のお孫様ですわ」
おばあさまは私が見たことのない笑顔を皆様に向けられました。私はすぐに荷物をまとめ、次の日には村を出ることになりました。
別れの時、おばあさまはお母様の形見のペンダントを渡してくださいました。お父様がお母様に送られたものだそうで、これだけはセーニャ様に捨てられる前に手元に残せたそうです。
私はおばあさまに深く頭を下げました。
「おばあさま、お世話になりました。どうかお元気で……」
これが私のセレーネの森での最後の出来事でございます。
あんなに嫌いであった村のことを最近はふっと思い出します。それもお嬢様の救いの言葉があったからでした。
私の大切なお嬢様はいつも私には優しい言葉を下さいます。お嬢様にお仕えできたことが私の誇りでもあります。
私はあの村を出れて本当に良かったと心から思っております。いつかあの村へ行くことがあったとしても、もう自分を要らない子だとは思うことは無いのですから。
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