第2話

「ただいまー」


 学ラン姿のゼロ介が玄関のドアを開けると、妹のゼロ美が仁王立ちで待ち構えていた。


 ぴょこんと可愛く跳ねたツインテールに薄水色のワンピース、保健の先生のような白衣を羽織っている妹は、兄の姿を確認すると腰に手を当て足を大股に開く。


 それからすうううと息を吸い込み、


「お兄ぃ、お風呂で身体洗ってるとこ見せてよ!」


 大きな声を張り上げた。



   ~~~



 天才少女発明家は兄のアレコレに興味津々!


 第二話



   ~~~



「……は?」


 バタンと背後でドアが閉まる音がする。ゼロ介は靴を脱ぐのも忘れて思わず聞き返した。


「お兄ぃ、お風呂で身体洗ってるとこ…」

「いやいや聞こえてるからっ!」


 何だか最近も、こんなやり取りをした気がする。ゼロ介は「はあー」と深い溜め息を吐いた。


「あのなー…頼めば見せて貰えるって、何で思うんだ?」


「それは、頼んでみないと分かんないよ」


「う、なるほど…正論か」


「でしょ? だったら…」


「いやいや、だったらじゃねーし。とにかく絶対見せないからな」


 ゼロ介はゼロ美の横を通り過ぎると、スタスタと早足で自室へと向かう。


「あ、ちょっと、お兄ぃ…」


 しかし勢いよく閉まったドアの音に、ゼロ美の声はかき消された。


   ~~~


「くくく、お兄ぃに拒否権なんて無いんだよ」


 薄暗いゼロ美の自室が、最後に一瞬、激しい光に包まれる。


 そうして出来上がったばかりの紺色の布地を、何処かで聴き覚えのあるBGMを背負いながら、ゼロ美は右手で高々と掲げた。


「風景溶け込みウェアー」


 着用者の身体をその場に在っても違和感の無い物に誤認させ、第三者にその存在を感じさせない恐ろしい発明品だ。


 そのうえ今回のミッションを考慮に入れ、耐水性に優れたスクール水着を使用。更には胸のワッペンに特殊なインクで着用者の氏名を登録する事により、第三者による悪用も未然に防ぐ心憎い配慮が施されている。


 こういうところに気配りが出来るのも、天才の天才たる所以なのだ。


   ~~~


 どれ程の時間が経っただろうか。


 暗い浴室にパチリと光が灯る。


 浴室暖房のおかけで寒さに凍える事はなかったが、いくら天才少女発明家と云えども暗闇が得意な訳ではない。


 ゼロ美は「ホッ」とひと息を吐く。


 そうしてガチャリと扉が開き、兄が姿を現した。


 緊張感で、思わず息を飲む。


 性能テストなんてやってない。しかし天才少女発明家の辞書に「失敗」なんて二文字は無い。


 かくしてゼロ介は、ゼロ美に気付く事なく鼻歌まじりにシャワーの栓を開いた。


(ま、当然成功なんだけど…)


 兄は浴槽には浸からずに、そのままシャワーで頭を洗い始めた。


(物を持ち込めないのが、欠点なんだよね)


 兄の一部始終を記録に残す事が出来ない。


 しかしそんな事は些末な事だ。


 天才の頭脳を以ってすれば、全ての事象を目に焼き付ける事など雑作もない。


 そうしてゼロ美の瞳がギラリと輝いた時、


「タオル、タオル」


 ゼロ介の腕がゼロ美の方に伸びてきた。


(え、タオル⁉︎)


 正しく油断のひと言である。目当てのボディタオルはゼロ美の真後ろに掛けてあった。


(見つかる…っ)


 そう思った瞬間、兄がゼロ美の右腕をグイッと引き寄せ、ボディソープをシュコシュコと塗り付け始めた。


(お兄ぃ…私の事、タオルだと思ってる⁉︎)


 ゼロ美は抵抗も出来ずに為すがまま、二人は抱き合うようにして全身泡だらけになっていく。


「……んん…っ」


 ヌルヌルとした感触に、次第にゼロ美の口から吐息が漏れ始めた。


 そうして、その時が訪れる。


 ゼロ美の右手首を掴んだゼロ介が、その手を股間へと持っていく。


(え…お兄ぃ、私の手でソコ洗うの⁉︎)


 え…待って待って、ちょっと待って!


 だってだってだってだってひゃはーーーっ!


   ~~~


「ただいまー」


 数日後、ゼロ美が所用で帰りが遅くなった時、脱衣所から出てきたゼロ介と玄関で鉢合わせした。


「おう、ゼロ美、おかえり」


「あれ、お兄ぃ、もうお風呂入っちゃったの?」


「今日は汗かいてて汚れたからな」


「ふーん…そーなんだ」


 ゼロ美は不満そうに唇を尖らせると、靴を脱いでお行儀良く並べる。


「あ、そーだ。母さーん」


 ゼロ介はバスタオルで髪を拭きながら、リビングの母へと声をかけた。


「風呂のボディタオル変えたー?」


「変えてないわよー」


「いや絶対変えたって! 昨日まではもっと柔らかくて気持ちいいタオルだった…」


 ドガン!


 そのとき激しく凄まじい音が家中に響き渡る。


「ちょっと今の、何の音⁉︎」

「おいゼロ美、大丈夫か…?」


 リビングの扉から驚いた顔を覗かせる母ゼロ江と、心配そうな顔のゼロ介の声が重なった。


「だ…大丈夫。ちょっとドアを開け忘れただけ」


「開け忘れたって、お前…」


「ホントに大丈夫…」


 そう言って額を押さえて俯いたまま、そそくさと自室へ入っていく。


 その顔は、とても家族には見せられない程に、真っ赤に紅潮していた。


 そうして今日も、ズキズキ…いつもの毎日が過ぎていく。

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