第3話『全部知ってんだ……』


ユキとねねことルブランと…… 3『全部知ってんだ……』



栄町犬猫騒動記




大橋むつお




時  ある春の日のある時


所  栄町の公園


人物


ユキ    犬(犬塚まどかの姿)


ねねこ    猫(三田村麻衣と二役)


ルブラン   猫(貴井幸子と二役)






ユキ: ……子供が寄ってきた。


ねねこ: ちっ……子供は猫好きだからな。急いだ方がいいか……


ユキ: 子供たちがあぶないの?


ねねこ: いいや、子供に危害を加えることはないと思う……ただ、仕事がしにくくなる……


ユキ: 仕事?


ねねこ: お願いというのは(背中の水鉄砲をはずす)こいつで、あのルブランを撃ってほしいんだ。


ユキ: え……?


ねねこ: 見てのとおりの水鉄砲。ただし、中に薬が入ってる。


ユキ: 薬?


ねねこ: 猫の事務所からもらってきた「化猫を猫にもどす薬」


ユキ: え?


ねねこ: 天誅さ、天にかわって幸子の仇をうつ。同じ猫仲間として許せない。あたしは正義の味方猫ねねこ!(決めポーズ)


ユキ: ほんと?


ねねこ: ほんと。ね、お願いお願い、お願―い!


ユキ: でもでも、ルブランがもとの猫にもどって急に幸子さんがいなくなったら、幸子さんのお父さんやお母さん、きっと悲しむわよ。


ねねこ: 心配ない。今度は、あたしが幸子に化けるんだから。


ユキ: え、え……じゃあ、麻衣ちゃんの方は?


ねねこ: あたしの体は一つっきゃないのよ。


ユキ: じゃあ……


ねねこ: 二ヶ月もやったんだから、もうたくさんでしょ。


ユキ: でも、麻衣ちゃんのパパやママが……


ねねこ: まどかの魂は、探せばもどってくる。でも死んだ麻衣の魂がもどってくることはありえない、あたしが化け続けるのは、人の道にも、猫の道にもそむくことになる……むろん神様にも……(胸に十字を切る)家出したってことにする。ね、見かけもケバイねえちゃんになったから、家出くらいしたって、ちーっとも不思議じゃないでしょ。


ユキ: それって……


ねねこ: 死体を掘りおこして見せるよりましじゃん、でしょ……家出なら生きてるかもって……希望も持てるし……あたしの体は一つっきり! いろんな人をたすけようと思ったら、わりきらなきゃしょうがないでしょうが!


ユキ: あなたって人は……(ねねこの本心を見抜いている)


ねねこ: フフフ……思ったほどバカじゃないみたいね……そうよ。あたしは、なにも人だすけのためだけに化けてるんじゃない。楽がしたいの。おもしろおかしく生きていきたいの。それには、不自由な猫の体でいるよりも猫よりずっと気ままに生きてける人間の女の子になった方が……でしょ? そして、中産階級の三田村麻衣よりも、ブルジヨアの貴井幸子になった方が、何万倍もぜいたくできるじゃん! でしょ? だから鞍替えすんのよ鞍替え……待ちな……! どこへ行こうってのさ。ここまで聞いたら逃げらんないよ。もう、あんたはあたしの奴隷。妙な真似したら、あんたが犬だってバラすよ。体はまどかでも、頭はワンコ。さっき、電柱の横で思わず足が上がりかけたでしょ? 悲しむでしょうねえ……まどかのお父さんお母さん、娘が犬畜生だって知ったら……さ、早くこの水鉄砲を持って!


ユキ: 自分でやればいいでしょ!


ねねこ: できるくらいなら頼みはしないわよ。この薬は、猫が打ったんじゃ効き目がないの。さ、早く!(水鉄砲を渡す)


ユキ: だめよ、距離があるし、子供たちや他の猫たちもいるし……あ、鬼ごっこ。


ねねこ: ち……鬼ごっこなんかすんなよ、こんなところで……


ユキ: 無理だよ。


ねねこ: 悲しませる気か……自分を拾ってくれたお父さんやお母さんをををををを……よーくねらえ……今だ! どこをねらってる、左! いや、右!


ユキ: えい! はずれた……


ねねこ: 伏せろ! こっちを見てる……チャンス、今度はルブランが鬼だ!


ユキ: えい!


ねねこ: バカ、距離を見こんで撃たないか。銃口を上げて……上げすぎ!……右、左、遠すぎ! ちがう、そっちそっち、前だ! 前!(興奮しすぎたねねこが、ついユキの前に出てしまう)動いた、右、左、今だ! 


ユキ: えい!(あやまって、前に出すぎたねねこを撃ってしまう)


ねねこ: う……どこをねらってる……!?


ユキ: わざとじゃないよ、ねねこが前に出ちゃうから……


ねねこ: う……く、苦しい……猫の姿にもどってしまう……ユ、ユキのバカヤロー!(もがきつつ上手に去る)


ユキ: ごめん、だってねねこが……ねねこ……あ、猫にもどっちゃった……動かない……死んじゃったのかなあ……




いつの間にかルブランがラクロスのスティックを手にあらわれている。




ルブラン: 気絶しているだけよ。ほっとけばいい、あんな未熟者。そのうち目が覚めてどこかへ行くでしょう。


ユキ: ……


ルブラン: ルブランでいいわよ。知ってるんでしょ、わたしのこと? あなたの射撃、ねねこが言うほどには下手じゃなかったわよ。犬にしておくにはもったいないくらい。おかげで服も持ち物もびっしょびしょ。


ユキ: ……!?


ルブラン: 効かないのよ、わたしには。


ユキ: だって、ねねこは……


ルブラン: あんな下等な化猫といっしょにしないで。あいつは、ただ人に化けて、いい思いがしたいだけ……わたしは違うのよ。猫のエリートを育て、その子たちを人間に化けさせて……そこから先は、ヒ、ミ、ツ……ホホホ……じゃ、また町内の猫たちの訓練をしようっと。あなたたちには、ただの鬼ごっこにしか見えないでしょうけどね……おっと、その前に、濡れた服を着替えなくっちゃね。バキューン(ラクロスのスティックでライフルを撃つ真似をする)今度邪魔したら、許さないからね(去る)


ユキ: ……あいつ、全部知ってんだ……



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