第2話『あたしの目はごまかせないよ』


ユキとねねことルブランと…… 2『あたしの目はごまかせないよ』



栄町犬猫騒動記




大橋むつお




時  ある春の日のある時


所  栄町の公園


人物


ユキ    犬(犬塚まどかの姿)


ねねこ    猫(三田村麻衣と二役)


ルブラン   猫(貴井幸子と二役)




ねねこ: それにしても、うまく化け……(ぐるっと、ユキのまわりを一まわりして、おぞけをふるう)……その体はまどかそのもの……ユキ、おまえ、まどかに憑いたね……!?


ユキ: ちがう、それはちがう!


ねねこ: なにがちがう。人間の目はごまかせても、あたしの目はごまかせないよ。


ユキ: ……だれ、あなた……そういうあなたこそ、三田村麻衣じゃないわね?


ねねこ: フフフ……にぶい犬だ、まだ気がつかないのかい?


ユキ: ……!?


ねねこ: ねねこよ、あたし。


ユキ: ねねこ……!


ねねこ: そんなバイ菌を見るような目で見ないでくれる。あたしは、コソドロみたいに人の体をのっとったりはしないわ。これは、わたしの磨き上げたテクニックで変化(へんげ)した、芸術品ののような三田村麻衣の姿よ。


ユキ: ねこばけ……


ねねこ: ありがとう。名誉ある称号をおぼえていてくれて。犬は間抜面して尻尾ふるしか能がないけど、あたしたち猫は、たとえ飼主であろうと媚をうらず、独立自尊の風を失わず。その化学(ばけがく)は、時に、狸や狐をもしのぎ、その変化(へんげ)の術は、人で申さば人間国宝、匠のきわみ。なかんずく、このねねこは遠く鍋島猫騒動のねこばけの嫡流。エスタブリッシュの頂点……なんて、むつかしい言葉を並べても、犬の頭じゃ理解できないわね。


ユキ: どうして、麻衣ちゃんに化けているのよ?


ねねこ: 言ったでしょ、バイ菌見るような目で見ないでって。ねこばけの値打のわからない下等動物とは口もききたくない……と他の犬なら、そう言って後足で砂をかけておしまいだけど。ほかならぬ、今は亡き主の親友の飼犬ちゃん……


ユキ: 今なんて言った……今は亡き……?


ねねこ: そう、今は亡き……麻衣ちゃん、死んじゃったのよ。


ユキ: うそ……


ねねこ: ふた月ほど前の夕暮れ時、コンビニに行こうと、急に家の前にとび出した麻衣ちゃんを、トラックが……即死だった……おり悪しく、ちょうどたばこ屋の角を曲がって、お母さんが帰ってくるのと同時……とっさに、あたしは麻衣ちゃんの亡骸を隠し、大あわてで麻衣ちゃんに化けたの……それからふた月、お父さんやお母さんの悲しみを思うと、もとのねねこの姿にもどることもできず、悲しい変化(へんげ)を続けているの……


ユキ: 麻衣ちゃんは……?


ねねこ: 庭の桜の木の下。猫の魔法で瞬間移動させて……今、静かに土に還りはじめている……


ユキ: そんな……麻衣ちゃんが……


ねねこ: 麻衣ちゃんが死んだって知ったら、麻衣ちゃんのパパとママは、どんなに悲しむことか……それを思うと夜も眠れず、変化のストレスも重なって……あたし、近ごろナーバスなの……


ユキ: なんてこと……ふた月も前から……だから、まどか、あんたのこと敬遠してたんだ……一番の親友だったのに……どうせ化けるんだったら、もう少し……性格とか、もっと麻衣ちゃんらしく……


ねねこ: 姿形はともかく性格まではね……ところで、ユキはどうして、まどかの体にとりついたりしてんのさ?


ユキ: ……


ねねこ: 言っちゃいなよ。あたしは全部ゲロしちゃったんだから、今度はユキの番だよ。


ユキ: 今朝……目が覚めたら、入れ替わっていたんだ……


ねねこ: 今朝?


ユキ: まどかって、時々、心ここにあらずって顔してる時があるでしょ。


ねねこ: うん、よくボーっとしてるよね。


ユキ: あれって、ほんとに心がないんだよ。


ねねこ: え?


ユキ: 体から、魂が抜けて、フワフワしてんの。そういう時、わたしも時々、まどかの体の中に入ったりしていたの。


ねねこ: え、ユキって、そんなことができるんだ!?


ユキ: うん、子犬のころから、「あ、この人って何考えてるんだろう……」そう思うと、ふうっと相手の中に入れたりしたんだ。


ねねこ: そうなんだ。


ユキ: もっとも、ほかの犬や人には嫌がられることが多くて……それで、犬の国を出てきちゃったんだけど……


ねねこ: え……ユキって、犬の国出身なんだ。


ユキ: うん、そうだよ。この妙な癖がなかったら、とっても住みやすいところ……でも他の犬には内緒だよ。この町の犬は、犬の国の出身てだけで白い目で見るんだから……


ねねこ: うん、わかった……そいで、どう。まどかの体に入って、どんな具合?


ユキ: うん、表面はいい子ぶってるけど、実際は不安と不満だらけの子なんだ。そのひずみが、体のあちこちに出ていて……今も、肩と腰にエレキバンはってんの……


ねねこ: ハハハ……


ユキ: 入試のことも気になってるみたいで……胃にもきてんの……ゲップ……ごめん。


ねねこ: で、まどかは、犬のユキの姿で町をうろついてるんだ……


ユキ: ひょっとして、犬の国へ行ってしまったのかも……昨日、携帯で犬の国の友だちとしゃべっていて……とてもなつかしくって……それを聞いて、行っちゃったのかも……まどかって、すぐに人のことうらやましく思っちゃうから……


ねねこ: 犬が携帯もってんのか!?


ユキ: もってるよ。犬は淋しがり屋で仲間意識が強いから。人間にはわからないように、骨の形とかしてるんだ(見せる)


ねねこ: ふーん……ほんとに骨にしか見えないね……


ユキ: 猫は携帯とか持たないの?


ねねこ: もたない。趣味じゃないのよ、そういう携帯とかでベタベタした関係……


ユキ: 猫って……


ねねこ: 性にあわないんだ。嫌いって言ってもいいよ。べつに好かれようなんて思ってないから。でも、ユキのことは友だちって思っているよ。だから、こんなにいろいろ話をするんだ。


ユキ: 友だち? わたしは思ってないけど。


ねねこ: でも、あたしは思ってんの!


ユキ: 猫って、勝手……きっと(下心が)……


ねねこ: で、友だちとして、一つお願いがあるんだけど……


ユキ: ほらきた。


ねねこ: ほら、あそこ。茂みのむこうのベンチに、幸子がいるでしょ、貴井幸子。


ユキ: え……うん。


ねねこ: 二年B組のタカビーちゃん。制服姿は、わたし達平民といっしょだけども、彼女、貴井建設の社長のお嬢さん。


ユキ: え、貴井建設って、テレビでコマーシャルとかやってるゼネコンの!?


ねねこ: そう、高速道路とか、空港とか、バンバンつくって儲けてる。


ユキ: でも、幸子さんの家って、普通の家だよ。失礼だけど、社長さんて感じじゃあ……


ねねこ: 本宅は、田園調布にあるんだよ。去年、親子げんかして、とび出してきたんだ。ほら、一年の秋ごろ転校してきたでしょ。


ユキ: ……でも、そんな高ビーのお嬢さんがこんな公園で日向ぼっこする?


ねねこ: 庶民をヘイゲイしてんのよヘイゲイ。わかる? 人を見下して喜んでんのよ。


ユキ: まさか……おだやかに半分目をつむって……まるで猫のお昼寝という感じだよ。


ねねこ: そう、猫のお昼寝なんだよ、猫の……


ユキ: ……!?


ねねこ: わかった?


ユキ: まさか……


ねねこ: そう、あいつも猫。幸子が飼ってたルブランて猫。卒業まぎわに、また転校するって噂。それでピンときて調べてみたら……ルブランに入れ替わっていたってわけ。あいつ、田園調布にもどって、あらんかぎりのぜいたくをしようって腹よ。


ユキ: ……悪い猫……で、本物の幸子さんは?


ねねこ: 殺されたか、食われたか……


ユキ: ええ!?


ねねこ: ……猫が寄ってきた……二匹……五匹……どんどん増える。


ユキ: みんな町内の飼猫だ……


ねねこ: 手なずけてんのよ。きっと田園調布まで連れてって、手下にするつもりでしょ……



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