なんでも新品修理サービス会員
ちびまるフォイ
修理の手がつけられないほどのもの
「年末なんだしちょっとはものを捨てたら?」
物が多い俺の部屋を見た彼女は呆れていた。
「必要なものだけがあるんだよ。君にはそうじゃないように見えても」
「この紙袋なんていつ使うの?」
「いつか使うかもしれないだろ」
「お菓子のアルミ缶なんて使わないじゃない」
「このサイズ感は貴重だろ!」
今にもゴミ袋にダンク決めそうな彼女の手からひったくる。
「この服、ボロボロじゃない。もう捨てるしかないんじゃない?」
「ここの傷や色あせが勲章なんだよ!!」
「勲章って……とにかく、今度来るときにはきれいにしておいてよ?」
「それよりも先に君が俺の部屋になれるほうが先だよ」
「はいはい」
彼女が帰ってから改めて部屋を見回した。
汚れているといえばそう見えなくもないことはないかもしれないが……。
「どうしようかな……」
断捨離のためにゴミ袋を用意したものの、1品たりとも入れたくない。
まるで自分の体の一部を切り落とされるような気分。
「せめてキレイに見えるようにできないものかな」
答えをネットに求めて探していると、あるサービスを見つけた。
「新品修理サービス……?」
入会料を払った会員ユーザーはどんなものでも新品に変えてもらえるという。
面白半分で加入し、色あせた洋服を送った。
帰ってきたのは新品同然の洋服だった。
「すごい! もともとこんな色だったのか!!」
ついさっきまでは洋服の汚れや傷や穴あき具合がどうとか言っていたが、
いざこうして新品に修理されたものを見ると文句も言えなくなる。
やっぱり新品のほうがずっといい。
「もしかしてこれ神サービスじゃないか!?」
今度は古くなったスマホを送ってみた。
これもピカピカの新品へと生まれ変わって戻ってきた。
「新しいものに買い換えようかと思っていたけど、
今使っているものが新品に修理してもらえるほうがずっといいなあ」
使い慣れたものがやっぱり手に馴染む。
新しいスマホにして操作に迷ってあわあわすることもない。
一度入会してしまえば、いくら品物を送っても問題ない。
俺は家にあるあらゆるものを送っては新品にした。
戻ってきたものはどれも新品になっている。
「新品って最高! もっと早くにこのサービスを知っていればよかった!!」
部屋にあるものの数は少しも減っていないのに、なぜだかキレイに見える。
これも新品効果なのか。
次の日、彼女はピカピカになった部屋を見て驚いていた。
「ちょっとどうしたのこれ。どこもすごいキレイじゃない!」
「部屋そのものも新品にしてもらったんだ」
家にあるあらゆるものはすっかり新品にしてもらった。
片付けたり掃除したりする手間を費やすくらいなら、新品にしてもらえればいい。
これぞ究極の時短術。
「見違えちゃった……」
「だろ。紅茶でも入れるよ」
紅茶をいつものカップに入れて差し出すと、彼女はまた驚いていた。
「これ……どうしたの?」
「どうしたって、何が?」
「ここ、ちょっとヒビ入ってたじゃない。
前に私が落としちゃって……」
「ああ、そうだったね。だから新品にしたんだよ。ヒビないほうだいいだろ?」
「なんで!? どうしてそんなことするの!?」
「え!? どうしてその反応!?」
「このカップを落としたとき、気にしないでって言ってくれたじゃない。
私ほんとうに嬉しかったの! このヒビを見るたびにあなたの優しさを思い出せたのに!
どうして!? どうして新品なんかに買い替えちゃったのよ!」
「買い替えてないよ! ただ新品に修理しただけじゃないか!」
「私はあのカップが良かったの!!」
「わがまま言わないでくれよ。あのままじゃいつか壊れてしまってただろ」
「そういう問題じゃ……」
ヒスり始めた彼女が顔を振った先には、犬の首輪がおいてあった。
かつて飼っていた犬の首輪だった。
「まさか、この首輪も……新しくしたの?」
「だって汚かったから。新品のほうがいいだろう?」
「おかしいよ! これポチの形見なんでしょ!?
なんで平然と新品に替えられるの!?」
「そっちこそ、なんで新品じゃダメなんだよ!
同じ物じゃないか! きれいなほうがずっといいだろ!」
「なんでわからないのよ!」
「君こそ、ずいぶん身勝手でわがままになったよな!
付き合いたてのころはそんなんじゃなかっただろ!!」
「私はあなたのことを言ってるの!!」
口論の末に彼女は出ていってしまった。
頭が冷えてから言い過ぎだったなと反省する一方で、
いつものように自分が全面的に悪かったと謝る未来にうんざりした。
こうなると彼女は絶対に折れないのを知っている。
「はぁ……謝ったところでめっちゃ文句言われるんだろうな……」
手元では無意識に新品修理サービスを開いていた。
今じゃ下着も1日履いたものは即新品へと変わる。
「……これも新品にできるのか?」
俺は彼女の住所と氏名を入力して新品修理の依頼を出した。
翌日、あれだけ昨日ケンカしていた彼女がしおらしい顔でやってきていた。
「昨日はごめんなさい……私、まーくんにひどいことを言って……」
「まーくん……!?」
それはかつて付き合いたての頃にお互いを呼んでいた頃の名前。
ペアルックを恥ずかしげもなく着られた頃のものだった。
「私のこと、嫌いになった……?」
伺うように聞く彼女はバッチリメイクしている。
今じゃ必要なときにしか化粧しない彼女なので見違えてしまった。
「リフレッシュされたんだ……!」
新品修理が行われて、彼女も最初のころになっている。
最初のときの初々しさが愛おしい。
「なんでも新品に替えられるんだなあ」
「新品って?」
「なんでもないよ。あははは」
キレイになった彼女を見て満足感に浸っていた。
でも美人をはべらせて悦に浸る時間はそう長く続かなかった。
あうんの呼吸でお互いに気遣わずに心地よい時間を過ごせた以前とは違い、付き合いたてのよそよそしさがこそばゆい居心地の悪さを感じていた。
「な、なんか……緊張、するね……」
「う、うん……な、なんでだろうね……」
自分の部屋なのに自分の部屋じゃないみたいだ。
やっぱり前のほうがよかったような気がしてくる。
「いや待てよ……。彼女は新しくなったのに、俺が古いままだからギャップが生まれてるんじゃないか?」
俺も付き合いたてのようにリフレッシュすればお互いの歩幅が合うはず。
新品修理サービスに自分の名前と住所を入力した。
「これで俺もまた最初のころに戻れるぞ!」
きっと肌ツヤも今よりずっとよくて、髪の量もずっと多い。
将来の不安なんてなくて、毎日エネルギーに満ちている自分に。
『こんにちは、新品サービスです』
「お、来た!」
新品に生まれ変わることができる。
期待いっぱいにドアを開けると、そこには新品の自分が待っていた。
「新品の俺と交換しに来ました。古いほうはこっちで処分しておきますね」
なんでも新品修理サービス会員 ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます