第31話・尾行者の正体。
紗那王丸に尾行が付いていた。それに気付いたタケイルがソラに頼み、ソラが駈けだして追った。
蹌踉めく二人に縄を掛けてソラが引いてきたのは、少し経った後だった。
町人の格好をした二人の男は、いずれも小柄で特徴の無い顔をしていた。彼らの動く動作がぎこちないのは、捕える途中でソラに木剣で打たれた為だろう。
山崎と警護役が二人の男の顔を見て、覚えの無い男たちだと言った。ソラに奪われた彼らの武器は、短剣や手裏剣や苦無・組み立て式の弓矢も持っていて、男達が忍びの者であると言う事は、言い逃れ出来ない事だった。
「お前達は紗那王丸様の後を付けてきたな。目的は何だ?」
アランゲハが男達に聞く。返事は無い。聞いているアランゲハも忍びの者が口を割るとは思ってはいない。
「紗那王丸様の命を狙っていたのか?」
今度は、男達は首を振った。他の者は尋問をアランゲハに任せて、ただ見守っている。
「ほう。命を狙っていたのでは無いのか。では何が目的だ」
「・・ただ、何処に行くのか確かめただけだ・・」
男が口を聞いた。
思わぬ事だった。その事によって彼らはあまり大きな秘密を持っていないとアランゲハは感じた。
「ほう。何処に行くのか確かめたのか。確かに今日は、紗那王丸様は普段とは違う動きをした。気になるわな。ひょっとして高徳王の命か?」
アランゲハは、わざと王様の名前を出してみた。
「違うと思います。父は私が何処に行くのか知っております。ここに来るのには父の許可を得て来ておりますから」
紗那王丸が男に変わって答えた。
「そうですか。高徳王では無い。では誰に頼まれたのか・・」
アランゲハの言葉は、後半には自問するように呟いた。忍びの者が依頼主の名前を明かす訳は無いのだ。しばらく考えているようなアランゲハが顔を上げて二人を見つめた。
「さて、こやつらをどう致しますか?」
アランゲハは皆に聞いた。一巡して最後に師である十兵衛に目を合わせた。
「忍びの者が正体を見破られて相手に捕まったなら、覚悟は出来ておろう。こやつらの処分は、アランゲハに任す」
と十兵衛が答えた。
それを受けてアランゲハは、山崎老臣や紗那王丸に再び目線を向けた。二人とも頷いて十兵衛に同意した。アランゲハに任すと言う事だ。
「では、」
とアランゲハは呟くと、腰の短剣を抜いた。それを見て竦む二人の男、だが言葉を発しない。もう覚悟は出来ているのだ。
「えい!」
と、二人の男の後に立ったアランゲハが、気合いと共に短剣を振った。同時によろめく二人。だが、アランゲハが切ったのは二人を縛めている紐だった。
「紗那王丸様が何処に行くのか解っただろう。ならば、もうここには来ないでくれ。ここには、今まで何度も刺客が来ているのだ。影から密かに様子を伺う者は、刺客と見ていきなり始末する場合もあるのだ」
アランゲハが宣告すると、ソラが武器を男達に返した。
目を丸くして武器を受け取った二人の男は、後を振り返りながらおずおずと去って行った。
「アランゲハどのが、あの二人を斬り殺すと思いましたぞ」
山崎老人が十兵衛に言う。
「それは無かろう。殺意が無ければ追い払うだけで良い。ここで死体が二つも転がったら始末に困りますわい。それに、あやつらもこれで懲りたであろう」
と、十兵衛が答えた。その時、ソラも一緒に消えたのを気付いたのは、何人居ただろうか。
**********
「城西のそのあたりに住む者は、カブールを治める行善家の者達じゃよ」
翌日の夕方。猪俣家に誘われて夕餉の席にいるガランゲの言葉である。
紗那王丸を監視する忍びの者の後を付けたソラが、ザルタの町の西にある立派な屋敷に入ったのを見届けてきた。ソラの報告を受けたタケイルが、博識なガランゲに相談をした返事である。
「すると、旧王都のカブールを治める王族が、紗那王丸様の行状に関心を抱いていると言う事ですか?」
「もちろん、そうじゃ。国を治める王家に何かあれば、行善家が後を継ぐ事になるからの」
「すると、もし国王に何かあれば、紗那王丸様を暗殺して王権を奪う。という事も考えられますね」
タケイルはカブールのゼンキの道場で出会った行善家当主。禅如の冷酷そうな表情を思い出しながら聞いた。
「高徳王は病弱な体質で、子供が生まれるのが遅かったからな。今おられるのは紗那王丸様と妹の紗綾姫のみじゃ。それに引き替え行善家には三人の息子がおり、孫は一五人も居ると聞くからの・・」
旧都のカブールからザルタへ王都を移転したのは、現・高徳王の祖父・聖善王だ。その時の聖善王の皇子・高善と次男の行善は大変仲が良かった。 長男の高善が王を継いだ時、旧都カブールを次男の行善に治めさせて国の安定を図ったのだ。
その時から次男の家は王家の分家の行善家と呼ばれるようになった。その行善家は、行善が生きているときには何の問題も無く、国王の兄・高善と手を携えて良く国を治めていた。
ところが野心家と言われるその子の禅如の時代になると、本家に対抗心を燃やして何かと画策していると言われていた。
「なるほど。行善家は親切心で王子の護衛を付けている訳ではないのですね・・」
「そうじゃ。何かあればすぐに手を打てるように画作しておるのであろう」
それを聞いていた皆は、王族は王族なりの問題があることを知った。
「しかし、我らには関係無き事。心配しても始まりませぬな」
「そうであるといいがの・・」
珍しくガランゲが、歯切れ悪く語尾を濁らせた。それは皆が気付いたが誰も言葉を発しなかった。
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