第29話・・カブールの支配者。
「どうじゃ、皆も有名なアランゲハどのに稽古を願っては?」
儂の言葉にすかさず十人ほどの門弟が立った。いずれも女性である。彼女らにとって、アランゲハどのは憧れの剣士であろう。いや、女性よりも男性のからの憧れが多いかも知れぬ。
とにかく、アランゲハどのとイシコロゲどのは、剣術修行中の者たちの憧れの的なのだ。
「おう、良いぞ。連れの娘子も相当な腕とお見受けした。お二人で稽古願えまいか?」
頼むと、二人は素直に道場に降りて門弟と稽古を始めてくれた。だが、うちの女門弟らでは腕に差が有り過ぎる。
ちょっと恥ずかしくなった儂は、稽古したくてウズウズしている様子の高弟たちを加えた。
だがそれでも、まだまだ腕に大差があるのが分る。彼らはまがいなりにも道場の代表として対抗試合に出場した者たちだ。その高弟達にも軽く捻られている。それに気付いた他の門弟たちは、改めて瞠目している。
カブールはこの国の中で一・二を争う大きな町だ。昔は王都だったと言う歴史もある。彼らにはその中の四大道場の高弟として自惚れる気持ちがあるのであろう。その低いレベルで止っているのだ。
儂も武術大会で優勝したことで慢心した気持ちがあったのだろう。彼らの状態は我がことと同じだったのだ。
恥ずかしいというか嘆かわしいわ。
武術大会常連で高名なアランゲハどのは当然かも知れないが、連れの若い娘にも日頃道場で幅を効かす高弟たちが、全く歯が立たないのである。
娘子はアランゲハどのと同等以上かも知れぬ・・・
聞けばタケイルどのらは、山や島で修業もしたらしいが、普段の稽古する道場は狭い庭だと言う。
そんな道場から、アランゲハどの、イシコロゲどの、タケイルどのにシュラどのがいるのだ。この国を代表する剣士と言って間違いが無い顔ぶれだ。それにこのような無名の娘子もいる、他にも手練れがもっといるかも知れぬ。
とにかく、とんでもない道場・いや師がいるのに違いない。儂もそこに師事したいものじゃ・・・
稽古していた十数人が、たちまち二人に倒されている。二人は大分手加減をしてくれているようだが、それでも格上の相手との稽古は体力の消耗が大きいようだ。
「まったく不甲斐ない。お前達は対抗戦で成績を納めて自惚れたまま、いまだに低いレベルに留まっておる事が良く解ったか。タケイルどのらの稽古場は狭い庭の片隅だと聞く。その事をよく考えてみるがよい」
門弟は声も無く下を見ている。儂も客人がおるのにも関わらずに、つい声を荒げてしまったな・・・いかんな・・
「ゼンキどの、総掛かりの稽古を所望する」
沈んだ道場の雰囲気を変えるかのように、アランゲハどのが透る声で高々と言ってきた。
「聞いたか。よし、全員でお二人に掛かれ!」
「おおー」
竹刀を持った門弟ら五十名が、元気良くお二人に向かう。
***********
タケイルは、アランゲハとソラが総掛かりの稽古する姿を見て、バンブ村の今朝の襲撃で五・六十人と闘えなかった鬱憤が残っているな、と思った。
五十名の門弟たちに囲まれた二人の表情は、嬉しそうで生き生きとしている。
アランゲハの剛剣とソラの俊敏な足に掻き回された門弟は、二十分も立たない内に、全員が道場に打ち倒されていた。
「皆おのれの未熟さが身に染みて解った今日という日は、実に貴重な日であろう。来て頂いたタケイルどのらに感謝しなければならぬぞ。よし、今日の稽古はお仕舞い。これから、お三方をお迎えした祝いの宴を開く。おのおの準備をしろ」
ゼンキどのが命じると床に打ち伏していた門弟がキラキラ光る目で立ち上がり、道場の掃除をする者、宴の用意に走る者、たちまちの内に作業を分担して、てきぱきと動いたのには俺たちを唖然とさせた。
俺が案内された母屋の井戸で汗を流して、道場に戻った三十分後には、もうすっかり酒・肴の揃った宴の準備が出来ていた。
俺たちの廻りは門弟達の輪が出来て、質問攻めに合わされた。
取り分け若くて可愛いソラの廻りには、男女の門弟の厚い輪が出来て賑やかに酒を飲み交わしていた。
それを、ゼンキがニコニコとして見ている。
(良い道場だ。来て良かった・・)
その時、玄関で大きな声がして応対に出た門弟を押しのけて、一人の目つきの鋭い男が入って来た。
「今日こちらに、武術大会の優勝者・タケイルどのが見えられていると聞き、禅如様がお祝いの酒を寄進される。有り難くお受けせよ」
と、男が言って後に合図をした。
すると樽を持った男達が上がって来て、宴の場に樽を置いた。
最初の男と樽を持って来た男達四名はみな揃いの服を着ている。その服の色は違うがザルタ王宮の近衛兵にそっくりの高級軍服だった。
続いて、恰幅の良い中年の脂ぎった男が入って来た。
「禅如じゃ。こちらに武術大会の優勝者のタケイルどのが来ておられると聞いて、当地に来られたお祝いの酒を持参した。タケイルどのはどちらかな?」
「私がタケイルです。思ってもいないお祝いの品、誠にありがとう存じます」
俺は、その場で立ち上がって一礼をして言った。
「其方がタケイルか。思ったより若いのう。儂がカブールを束ねる蓮如じゃ。気の向くまま、当地に何時までも滞在するが良い」
俺をじっと見つめた禅如は、自分で何度も頷きながら言って、返事も待たずに去って行った。
宴の場は、気まずい空気と樽酒が残った。
「カブールは、王では無く蓮如どのが支配しているのですか?」
「いや無論、海の国全ては王が支配している。だが、蓮如どのは王の従兄弟なのだ。ゆえにこの地の采配を任されている。この様な細かい事もされるが、する事なす事みな打算的・自己中心的で儂はどうもな・・」
と、ゼンキどのは蓮如が嫌いだと言っている。
「・・そうでしたか」
「まあ、誰が持ってこようと酒は酒。折角の贈り物じゃ。皆で飲み干そうぞ!」
「おおー」
王の従兄弟の態度に俺は妙な不安を感じたが、気まずくなった場を盛り上げようとゼンキどのが殊更明るく言った声に、呼応した門弟達がたちまちの内に鏡板を割り酒を注いで皆に配り始めた。
こうしたことには、抜群の連携を示す門弟達だった。
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