第28話・カブール西道場。


 一行は、その日の内に長治郎の声掛りの船で、ゼンキの居るカブールに向かった。ゼンキに事の次第を頼まなくてはならなくなったのだ。

桟橋ではユキが手を合わせて見送ってくれた。長治郎一家は、桟橋でも膝を付いて見送った。


「ごめんなさい。私の思いつきで急にカブールまで足を伸ばす事になっちゃって」

 アランゲハが船上で二人に謝った。


「なに一度、第二の都市カブールも見ておきたかった。それにゼンキどのにも会いたいし、丁度良い機会だ」

「それにしても、ゼンキどのの名は凄い効き目があったね」

 目を輝かしたソラが言った。


「私も、あれ程効くとは、ちょっとビックリしたわ」

「本当。全員土下座したものね・・」

「よくぞあそこでゼンキどのの名前を思い出したな」

「うん、あいつらほっとけば又悪さをしかねないからね」



 カブールの町は、海の国第二の町と言うだけあって、大きく内陸の中心地にあるだけにだけに、四方から道が集まって栄えていた。

 実は、この町が元々海の国の中心であり王都であったのだ。交易を重視してザルタの町に王都が移動してからも、歴史ある町並みはしっとりと美しく、優雅でさえあった。


 町中でゼンキのいる場所を聞くと、すぐに判明した。ゼンキはカブール西部に住んでいて西道場の筆頭であり、この時間にはそこで門弟に稽古をつけているだろうと。


古都カブールはその昔、王の命で東西南北に道場が作られたのだ。それが今でもそのまま残っていて四つの道場を中心にして、季節ごとに対抗試合などを催して武芸が盛り上がっているのだ。

その成果もあって、今でも王国の兵士はカブール出身者が多いそうである。この地には、優れた剣士が育つ土壌があるのだ。



 西の道場は、武者窓から大勢の民が見学していた。民の間にも武芸熱が高いのだ。

一行は民に混じってしばらく武者窓から道場の稽古を見学した。ゼンキの率いる西道場の稽古は緩み無く、丁寧に行われていて好感を持った。


「行って見ましょう」

 アランゲハに率いられて玄関に入り、対応した門弟に言うとすぐにゼンキが出て来た。


「おう、これは珍しや、アランゲハどの。やっ・やや」

 明るい声のゼンキが、アランゲハの後ろに立つ俺に気が付いた。


「タケイルどのか! よく見えられたな。さ・ささ、上がって稽古を見学してくれぬか。皆も喜ぼう」

 大会の時と違って気さくなゼンキは、抱えるように案内して上座に座らせようとした。


「いや、俺達にはこんな上座は恐れ多い。どうか道場の端に・・」

「何を言われる。タケイルどのは儂より達者じゃ。おまけに王に認められたこの国の将軍だ。道場の端などに座らせたら儂の面目が立たぬわい」


 ゼンキは強引に上座に座らせて、カブールが初めての俺達に説明をしてくれる。

「カブールの町には、東西南北に四つの道場がある。そして毎年二回、春と秋に各道場の対抗試合が行われるのじゃ。その試合に出られる十名を目指して、皆頑張っているのじゃ」


 この西道場には二百もの門弟がいて、ゼンキを筆頭として腕前の順に名札がずらりと掛け並べられている。その順位の上位になると師範として門弟を指導することになると言う。

 上座から見渡す道場は、かなりの広さがあった。その中に大勢の門弟が稽古をしている。いつも野天で稽古する俺たちにとっては、珍しい光景だった。


「止めー」

 ゼンキの指示で、師範が大声で稽古を止めた。すぐに全員が壁際に引いて座す。一糸乱れぬ規律の取れたすがすがしい動きだ。


「今日は我らが道場にとって、記念すべき日となった。かつて武術大会にその名を轟かせた名人アランゲハどのと、今年優勝されて王から直々に将軍の称号を与えられたタケイルどのが見学に来られたのじゃ」


 道場を大きな響めきが包んだ。


「皆が承知の様に、今年の決勝戦で儂は一合も打ちこむことが出来ずに完敗した。タケイルどのはそれ程の達人じゃ。じゃが、稽古なら打ち込む事も出来よう」

と言葉をくぎって、俺に向かって、


「タケイルどの、お手前の凄さを門弟衆にも見せてやりたいのじゃ。お稽古願えまいか」

「こちらこそ。是非にもお願いしたき事」

 突然、稽古を願ってきたがそれも予想していた。


「だれか、タケイルどのが使う竹刀を持て」

「これでよい」

門弟が走って持って来た数本の竹刀の中から、短めの竹刀を手に取り、軽く振ってみて決めた。


 ゼンキの後に付いて道場の中央に進み出ると、座して礼をして対峙した。


 道場内からも武者窓からも、大勢の者が見つめているが彼らから一言の言葉も出ていない。息を詰めて見ているのが分る。

 正眼に構えて対峙しているゼンキの顔からは、笑みは消え厳しい表情になった。

 スルスルと迫ったゼンキは、真っ向に鋭い一撃を放ち続けざまに火の様な攻撃を休みなく繰り出して来る。


 その一つ一つを丁寧に受けながら、ゼンキの外連味のない素直な剣風に感心しつつも、剣に人生を捧げてきた男の迫力を感じていた。

 恐らくゼンキは稽古でなら、父十兵衛と互角だろうとも思えた。勿論、真剣勝負では、経験豊富な父が勝るだろう。

 逆に言えばその伸びやかな剣風は、非情な実践の経験が無い良さだとも言えた。


 一旦下がったゼンキが、攻めてくれと仕草で要求した。

 俺は要求のまま容赦無く攻めた。これほどの剣士に手を抜けば失礼にあたる。だが、隙があっても打ち抜くことはせずに、軽く竹刀を体に触れて戻した。

 見ている者の大部分は解らないはずだ。俺たちの稽古は三十分も続いた頃、阿吽の呼吸でともに引いて終わった。


「うっわっはっは。大会では一本も打ち込めなんだ理由がよく分ったわ。タケイルどのと儂との腕の差は考えていたのより遥かにある。上には上がいると言う事だな。この年になっても明日からの稽古の弾みが出来たと言う事じゃ」

 ゼンキどのは明るくて豪快な方だな。俺ではそうはいかないだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る