第27話・バンブ村の掃除。
奴らの親分は、長治郎という男で、向こう気の強い川人足を束ねている頭だ。長治郎の手下には、ヤクザ者が十名ほどに人足が四十人もいると、不安そうな顔のユキが話した。
「五・六十人ぐらいなら、タケイルの手を借りずとも私達二人で間に合いそうね」
「でも、用心棒の剣客が居るのよ。何でも、武術大会の本戦にも出たことのある凄腕の剣客らしいの・・」
「まあ、それは楽しみだわ」
怯えるユキに妖しく微笑むアランゲハだった。
タケイルらは夜討ちを警戒していたが、奴らはその夜は来なかった。
だが、早朝から外に見張りが立ち、殺気だった表情で旅籠を監視していた。
タケイルらがゆっくりと朝食を終えた時分に、奴らは数を増やしていた。さすがに若い女相手に大勢で来るのは憚ったか、十五・六人が街道いっぱいに広がって威容を見せて進んで来た。
昨夜彼らに対したのはソラ一人で、それを戸口に佇んでそれを見ていたアランゲハとの二人だけしか奴らは見ていなかったのだ。しかし、もう一人二十才そこそこのタケイルの姿を認めていても、若者だと見くびってそう大勢では来なかっただろう。
彼らは皆、腰に剣を差して手には棒を持っている。食事を終えたソラとアランゲハが街道の真ん中に出て待ち受けた。
タケイルは、女性二人に任せて旅籠の玄関先からユキと一緒に覗いていた。
男達の一番後ろに恰幅の良い中年男が居る。それが、長治郎親分だろう。その横に、腰つきのどっしりした剣客が控えていた。
何事かと、大勢の見物人が取り巻いている中、目つきの鋭い男が進み出て、
「うちの若いものに怪我を負わせてくれたそうだな。お返しに来てやったぞ。女と言え容赦はしねえ。ぶん殴って慰み者にしてやる」
と、村の衆に聞かせるように大声で言う。
「へん、か弱い女相手に大勢で押しかけるとは、まったく呆れたものだね。大勢の見物人の前で恥を掻けば、度胸を売る長治郎一家も今日でおしまいね」
冷ややかなアランゲハが、よく透る声で宣言した。
「おのれ、舐めやがって、やれ!!」
進み出て来た代貸と思われる男の合図で、一斉に剣を抜き二人にジリジリと迫ってくるヤクザ者。
「手伝わなくて良いのですか?」
ユキが低い声でタケイルに聞く。
「大丈夫です。あれぐらいなら二人に取ってはなんて事はない」
男達は、昨夜の事を聞いて用心しているのか、二人を取り巻いたものの、なかなか掛からない。
「何やってんだ、さっさと片付けろ!」
代貸の苛立つ声で、後ろに回った男が二人棒で殴りかかっていく。
アランゲハは素早く反転して、二人を瞬時に打ち据える。同時にソラが前に飛び出して男どもを手当たり次第襲ってゆく。
たちまちのうちに取り巻く輪が乱れて、立っている者は半分ほどに減っていた。それでも、ソラとアランゲハの攻撃は止まない。素早い動きでヤクザ者を追い詰めて厳しく打ち据えてゆく。
「ぐわあーー」
代貸の悲鳴が響き渡った時には、そこで立っているのは、後ろの親分と用心棒二人のみになっていた。
「せ・・先生。頼みます」
震える声で、長治郎が言うと、
「うむ、女ながらに久々に手強き相手じゃ。だが、儂は武術大会本戦出場者じゃ。女二人などなんて事はない。任しときな」
用心棒が剣を抜いて出てくる。
それに、対してアランゲハが棒を持ったまま出て、
「貴方はジコウね。本戦出場と言うから誰かと思ったわ。木刀じゃなくて真剣なら勝つ自信があるのね。このクズ野郎の用心棒なら容赦はしないわよ」
棒を捨て、剣を抜きアランゲハが言う。
その言葉にアランゲハをじっと見つめた用心棒。驚いた顔をして剣を納めてそそくさと引き返した。
「親分、ありゃあ有名な女剣士のアランゲハだ。儂には到底手に負えぬ。腕の差が有り過ぎるのだ。すまぬ・・・」
といって、後ろに下がった。
驚いた顔のまま固まった長次郎。
歩みよったアランゲハが、その首に剣をあて、
「親分。この落とし前は、お前の首で良いわね」
冷酷に言い放ち、剣を少し引いた。
長治郎の首筋から、血が垂れる。
「待ってくれ。俺が悪かった。勘弁してくれ・・」
絞り出す様に言う長治郎。
「ユキさんに、村のクズを始末して行くと約束したのよ。観念しなさい」
「お願げえだ。なんでもする。心を入れ替える。た・た・・頼む」
必死で言い募る長治郎。
だが、アランゲハの冷たい目つきは変わらない。
「待って、アランゲハさん」
ユキが走って来た。
「この人らは確かに、どうしようも無い人達です。でも、普段は川人足で真面目に働いています。この人達が居なくては、荷物が動かずに困る人達も居るのです。命だけは勘弁してあげて下さい」
「ユキさん。俺が悪かった。か・勘弁してくれ・・」
ユキの言葉を聞いて、長治郎はユキに土下座をして謝った。
「ユキさんに免じて、ここは許すわ。ただし、後で酷い事をしたら首を跳ねる。この事、隣町のゼンキどのに頼んで置くわ。良いわね?」
咄嗟に、隣のカブールのゼンキの顔が浮かんだアランゲハが言った。
英雄の名は効き目があると思ったのだ。
「ひぃーーー,ゼ・ゼンキどのが・・、や・約束いたします。二度と阿漕な事はしません。絶対にしません。ご勘弁してくだせえ・・」
長治郎だけで無く用心棒も子分らも頭を地面に擦りつけて土下座して誓った。英雄の名前の威力は、おどろくほど効いた。
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