第25話・英雄誕生。


「どん、どん、どんどんどんどん、どーん」

 武術大会の会場では、太鼓がひときわ大きな音で打ち鳴らされた。

「これより、・武術大会の決勝戦を行います。まずは、激戦の王都・ザルタから初出場の若き剣士タケイル!」


 大歓声が沸き起こる試合場に、タケイルがゆっくりと出て行く。


「続いて、昨年度の優勝者で海の国一の剣者、カブールのゼンキ!」

 更に大きな歓声が湧いて、ゼンキがゆっくりと出てくる。


「はじめ」

「どん」

 太鼓の合図で礼をかわすと、双方正眼に構えて対峙した。

 試合場は、シーンと水を打った様に静かになった。


 ゼンキは試合をしているタケイルを見て、素晴らしい使い手であると即座に見抜いていた。

タケイルの父の猪俣十兵衛が、隠れた達人である噂も聞いていたし、有名な女剣士のアランゲハ・イシコロゲとも子供の頃からの友人である事、準決勝に残ったシュラも猪俣の弟子である事も知っていた。


 周りに優れた剣士が沢山いるのだ。稽古相手に恵まれ師に恵まれたタケイルの腕前はおよそ想像出来た。

そして、予想通りに決勝まで残ってきた。

 準決勝では怪しげな技を使うシュキに、不思議な剣で対応した。その剣を受けたシュキは、後退して憑きものが取れたかの様に見えた。


(あの剣は何だったのだ・・)

 見た事の無い技だった。あの剣を使われたら、どうしようもない。どうしようもない事を考えても仕方が無い。

ゼンキは、考えるのを止めた。


(おのれの剣を使うのみ)

 だが、決勝戦で対峙したタケイルからは、覇気というものを全く感じ無かった。

 普通は、

「頑張るぞ―」

と言う覇気を全身に漲らせるのだ。


だがタケイルは、澄んだ深い目で見つめるだけで、気配さえ出さずに、ただ自然の木の様に立っていた。

忍びの達者は、気配さえも消すことが出来るのだと、聞いたことがある。

(タケイルらは、忍びの技を身につけているのか・・)

 そう言えば、彼らの仲間のシュラも女剣士らもそういう感じがした。


 じりじりと回って、一気に踏み込もうとしたゼンキの足が止まった。対峙している若いタケイルの姿が大きく見えたのだ。

それは対峙している間に更に大きくなって、上から大きな目に見つめられている気がした。


ゼンキの背中から、冷や汗が吹き出した。


(タケイルとは、こんなにも凄い剣士だったのか・・)

 萎縮するおのれの心を、必死で奮い起こして打ち込もうとしたが、それは無駄な努力だった。


(到底、儂に敵う相手では無い・・)

 ゼンキは、ついに闘う事を諦めた。

優れた剣士であったが故に、痛いほど腕の差が解ったのである。剣をおろして地面に座り、

「参った」

 と言った。


その様子を見た会場が、ざわめき始める。

「どうしました?」

 驚いた審判が、尋ねてくる。


「それがしには、一本も打ち込めませぬ。私の到底敵う相手では無い。降参です」

 ゼンキの言葉を少しの間、吟味した審判は頷くと、

「ゼンキ選手は降参しました。よって、勝者はタケイル」

 と。声高らかに告げた。


「どん、どん、どんどんどん、どーん」

 と賑やかに、しめ太鼓が打ち鳴らされた。


「海の国・十の町の予選と優待者を合わせて、一千十二名の剣士の中から勝ち残ったのは、激戦の王都・ザルタから初出場の若き剣士タケイルです。タケイル選手に盛大な拍手を!」


 中央の一段高く作られた表彰台で、贈られた花束をタケイルが挙げる


「タケイル、タケイル、タケイル」

会場は、タケイルの名を連呼して、割れるような大歓声が響き渡った。


 しかし、その大歓声が突如止んだ。


 試合会場の正面の王宮の門が、内側から開けられたのだ。人々は何が起るのかと、固唾を飲んで見守った。


 揃いの制服を身につけ武装した衛兵が出て来て、門の左右に並んだ。そして、さらに門内から出て来たのは・・・・・


王だ。この国の王・高徳王だ。

隣には王子と思える若者がいた


王はゆっくりと表彰台に歩いてくる。それに伴い衛兵も動く。大会関係者や進行も、前例の無い事態に呆然としている。

王と王子は、ゆっくりと表彰台に上がった。


衛兵は、不審な者を近づけない様に表彰台を取り囲んで膝を付く。タケイルや大会関係者も、その場で膝を付いて王に礼を取った。



「今日は、我が民と共に素晴らしき試合を見ることが出来て、儂は感激しておる」

 表彰台の中央に立った王が、太く柔らかな声で話し始めた。


「前年度の優勝者のゼンキも素晴らしい剣士であるが、そのゼンキでさえ手も足も出なかったタケイルは、まさに当代無双の剣士である」

 王の話に、観衆から拍手が鳴り響いた。


「それもそのはず、この若き剣士タケイルの事は儂も前から知っておって、楽しみにしていたのだ」


「おおー」

 と、観衆が驚き、一旦は大歓声が沸き上がったが、話の続きを待って静まった。


「交易が大きな産業である我が国が、長年悩まされていた事がある」

 話が急展開して、先の読めない観衆の間にざわめきが広がる。


「それは海賊じゃ。特に七つの海をまたにかける悪魔、大海賊・キャプテン・サーズには我が国の何隻もの交易船が襲われ、行方不明になった船も彼奴が関与していると思われる」

 何故海賊の話が・・、と観衆の間にざわめきがさざ波のように広がる。


「我が国も、軍船を整え対抗策を講じてきたが、彼奴は、狡猾で神出鬼没だ。いっこうに捕らえることが叶わなかった。ところが、遂にキャプテン・サーズ一味を捕らえて壊滅することが出来たのだ。去年の事じゃ。軍船が活躍して海賊船は海の藻屑となったのじゃが、肝心な事は、その段取りをしてくれたのは、タケイルの仲間達だった。その前に一味の半数もの海賊をここにいるタケイルが一人で倒していたのじゃ」


「おおーー」


 王の話の流れが分った観衆が、響めいて、

「タケイル、タケイル、タケイル」と、タケイルを称える声が沸き起こった。

 しばらくその観衆を満足げに聞いていた王が、手を挙げて制した。


「儂は迂闊な事に、その時の礼もまだしておらぬ。海賊を退治したことは、交易で国を維持している我が国にとって、何にも勝る手柄じゃ。よってタケイルに海の国一の英雄の称号・将軍の位を贈る」


「おおおおーー」


 この日最も大きな歓声が起きて、会場が一気に沸いた。


 王子に促されたタケイルが、王の前に行き膝を着いて頭を下げた。

「タケイル、その時には世話になったな。これは、将軍の位を示す印・首飾りじゃ」

 と、王が自ら首に掛けてくれた。


「タケイル、タケイル、タケイル」

「英雄タケイル、将軍タケイル!!」

 いつ終わるとも知れない大歓声が、会場に響き渡っていた。


  ちなみに海の国の軍制には将軍という制度は無く、軍を統制するのは隊長、大隊長、司令である。将軍は形だけの名誉職であるが、軍制の頂点・大隊長に相当する位なのだ。


 それからが、大変だった。


 タケイルの周りは大勢の山の様な民で取り囲まれ、それはデルリ村に戻る街道でも続いた。

デルリ村入り口には、それを聞き知った村の者が大勢参集して、村から出た英雄を歓喜を持って迎えた。


猪俣家に帰っても、祝う人々がぞくぞくと詰めかけ、それは三日間も続いた。

皆、海の国一の英雄の顔をひと目見ようと訪れたのだ。それらの人々を迎えるタケイルや仲間たちは対応に追われた。


皆がホット一息ついて、日常の生活に戻ったのは村に帰って四日目からだった。その日、ザルタの町に残ってシュキを見張っていたソラとシクラが戻ってきた。


「シュキは、あの日塒に帰ると横になり外出する事無く、三日後に死んだ。死体は庭に埋めた」

 骨と皮になった体は軽かったが、穏やかな顔をしていたと言う。タケイルは、鬼の憑きものが取れて穏やかな表情のシュキの顔を思い出して、手を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る