第24話・準決勝。


「ドーン、ドーン、ドーン」

 派手な花火が上がった。いよいよ武術大会の大詰め・準決勝だ。

勝ち上がって来たゼンキ・シュラ・タケイル・シュキの四名から、決勝進出の二名が決まる。

 一戦目は、前年度・優勝者のゼンキと前年度上位八名まで残ったシュラだ。

 シュラは最初から激しく攻めた。攻めて攻めて攻め抜いて、ゼンキを休ませない。その早さにゼンキも何とかついていった。

 良い試合だった。

なかなか勝負は決まらなかった。だが経験で勝るゼンキが一瞬の隙をついて、一本を決めた。


―次は儂の出番だ。

試合場で対峙した標的のタケイルは、澄んだ深い目をしていた。心の中まで見つめられるような目だ。だが、不思議な事に気負いも何も感じずに、自然の木や岩の様にただ立っていた。


(・・こいつは、早く仕留めなければいけない)

 本能で感じたシュキは、片手で木剣を持ったままするすると歩み寄りいきなり切り上げた。

「う・・」

 振り上げた剣は、むなしく空を切った。タケイルは瞬時に左の方に移動して見つめていた。

 背に冷や汗が流れた。タケイルの動きが見えなかったのだ。

 今度は逃げられないように、じっくりと剣を八相に構えて圧迫してから、間を詰めて振り下ろした。

 それをタケイルは受けようともせずに、僅かに下がって躱した。

 さらにシュキは一歩踏み込んで、振り下ろした剣を片手で振り上げて、同時に気を放った。

 途端に下段から振り上げたタケイルの剣から、風が吹きあがって気を分断して、シュキの体に吹きつけた。


「・・・」

 シュキはその姿勢のまま、風で一間ほど後に下がらされたのに気づいた。


(なんだ、今のは・・)

 続いてタケイルの剣が真っ向に来た。辛うじて弾き返したが、身中から力が抜けているのが解る。

 更にタケイルの剣が横なぎに来る。シュキは横に動こうとしたが、足が思うように動かずによろけた。

 タケイルの攻撃は止まずに、次々と来る。おぼつかない手足を動かして受けるも、完全に力負けしているのが解る。

(苦しい・・)

 胸が激しく動機して、汗が噴き出る。喉が渇く。意識が朦朧として気が付いた時には、首にタケイルの剣がピタッと止まっていた。



 タケイルはシュキと対峙して、背後に何か別のものがいるようだと感じた。

(ガランゲどのの言う鬼か・・)

 シュキは片手に剣を持って、すたすたと来るといきなり切り上げてきた。鋭い攻撃だった。タケイルはそれを横に回って躱した。

 一瞬、訝しい顔をしたシュキは、今度は剣を上段に構えて逃がさぬ様に圧力を掛けながら間を詰めると、一気に振り下ろしてきた。タケイルはそれを僅かに下がって躱した。

 さらに、シュキが片手で切り上げるのと同時に、左手で気を放つのが見えた。すかさず、振り上げた逆風の剣で払う。


 逆風の剣は鬼の気を両断しシュキを吹き退げて、背後のものも両断して消した。タケイルの放つ春風は、憑きものを落としたのだ。

 驚いた顔をしているシュキに、横、真っ向、袈裟、逆袈裟と次々に攻撃する。背後のものが消えたシュキの体は、鈍く遅い。

タケイルはシュキを動かし、動く度にシュキの顔色が黒く変化しているのを見ていた。

それはまさしく、憑きものが落ちて元の老人に戻ってゆく姿だった。

 もうシュキは動くことに耐えられない。とみたタケイルは、シュキの首に打ち込んだ。

「一本、タケイル!」

 審判が宣言して、大きな歓声が沸き起こった。


 シュキは、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。タケイルは、悪い顔色で激しく喘ぐシュキに近づいて問うた。

「シュキどの、憑きものが落ちた様だな」

 シュキは驚いた顔をしてタケイルを見て呟いた。


「そうか、法力が消えたのか・・」

「高僧の生き肝を喰ったか?」

 シュキは、無言で頷いた。

「憑いたのは法力ではなく、鬼だそうだ」

「・・鬼だったのか」

 シュキは素直に言う。何も隠す気は無いようだ。


「俺を殺すように頼まれたな」

「そうだ、旨い酒を飲ましてくれたでな」

「その男はどこに居る?」

 タケイルは、鬼が去ったシュキの命が長くない事を感じていた。聞くのなら今しか無い。

「気に入らない屑野郎だったで、寺院の外で殺した」


 僧が殺された寺院で、仲間争いで殺された男が密偵だったのだ。タケイルは、それを聞いて胸を撫で下ろした。

「儂は死ぬのか?」

 シュキも死期を悟っている様だ。タケイルはただ頷いた。それを見て、シュキは懐から巾着を取り出して、

「頼みがある。銭の残りを僧の女房に渡してやってくれぬか。手間賃を取った残りで良い」


「その女房とは、どういう間柄だ?」

「何、僧に銭で買われて弄ばれていた不幸な女でな。儂の頭と体を優しく洗ってくれて、やらしてくれたのだ。儂の最後の女だった」

「承知した」

 タケイルは、巾着を受け取って下がった。

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