第21話・鬼憑き。


 宿に帰ってゆっくりと体を休めるタケイル達に、その夜にもたらせられた再聞き込みの結果は皆を慄然とさせた。


「スレダの町周辺で最近変わった事が無かったかと聞いたの、すると町外れの山辺の寺院で、高僧が殺されて金目の物を奪われる事件があったそうよ。その僧侶の腹は裂かれて臓物が切り取られていたと・・」

 イシコロゲ、アランゲハの二人が、スレダから来た剣士や知り合いから聞き込んできた話だ。


この二人は長く大会に出場して好成績を残した女剣士として有名で、会場を歩いていても常に声を掛けられ程の存在なのだ。

 見知らぬ町から来た者達に聞き取りをするのに、これほど好都合の者はいない。


「僧の奥様は縛って犯されていて、賊の一人は寺院のすぐ近くで斬り殺されていた。分け前をめぐって賊同士が仲間割れしたらしいわ。それだけではないの。予選の直前に別の山中で幼い子供が殺された、その子供はやはり臓物を切り取られていたの」

 無残な光景を想像した一同は沈黙した。


「それが、シュキの仕業と言うのか?」

「いいえ、誰の仕業かは解らないらしいの」

 十兵衛が聞き、イシコロゲが答える。


「僧や子供の臓物を食らえば、闘う力が得られるのか?」

 皆が想像していた事をアクロスが呟く。


「そうじゃ」

 突然、庭から声がしてガランゲが現れた。

「お師匠様!」

「どうして、ここへ?」と、イシコロゲとアランゲハが同時に言う。


 ガランゲはゆっくりと縁側に腰掛けて、

「胸騒ぎがしてな。今着いたところじゃ」

 イシコロゲが立って、すぐにお茶を入れてきた。

「ガランゲどの、先程聞いた事件じゃが、あれはシュキの仕業だろうか?」

 十兵衛が再度問うた。


「うむ、この地に漂うている妖気から見て間違いあるまい。高僧の生き肝を喰らえば、高僧の持っていた法力を得ると言う話があるのじゃ。有名な孫悟空の話にも出てくるであろう」

「あっ、何処かで聞いた事があるような気がしていた。そうか、孫悟空であったか・・」と、アクロス。


「だが所詮は作り話の与太事に過ぎぬ。だが、それを本当に試みる者が現れようとは・・」

「では、生き肝を喰っても法力は得られない。効果が無いと?」

「うん、生き肝を喰っても高僧が持っていた法力が得られる訳では無い。考えても見よ。法力と生き肝は無関係じゃ。法力を得るのには、素質とそれなりの修行が必要じゃ」


「では、先程、妖気が漂っていると言ったのは?」

「それよ。人が人の生き肝を喰らえば、法力よりももっと厄介なものが憑く場合があるのじゃ。それはな、鬼じゃ」

「鬼・・」

 皆は鳥肌が立った。


「シュキには鬼が着いた。もはや人とは呼べぬ」

 ガランゲが断定した。

「では、タケイルらに勝ち目が無いと・・」


「そうでは無い。シュキが放つのは一種の気当てじゃ。それが放たれるのと同時に、タケイルは逆風の剣で切り割れば良い。シュラならば、横に飛んで避けるのじゃ。鬼と言っても元の体は、ヨボヨボの爺じゃ。それさえ躱せば恐れることは無い。あとは剣の腕しだい」

 それを聞いて一同は、安堵した。


「子供の生き肝を奪ったのは、どう言う意味ですか?」

「人の生き肝を喰らって鬼となったシュキは、体の力を得るために人の生き肝を欲するのであろう。シュキというよりは、憑いた鬼が欲しがるのじゃ。毎日では無かろうが、何日かおきに人を襲う。子供の他にも話題に上がらぬ犠牲者がいるだろう。だが王都ザルタで犠牲者が出るのを防がねばならぬ。その為に来たのじゃ」

 イシコロゲの問いに、ガランゲがここに来た理由を話した。


「解り申した。ならばタケイルとシュラ以外は、交代で奴を見張るのじゃ。何、武術大会の間だけで良い、今夜と明日の夜のみだ」

 十兵衛が告げて全員が頷いた。


「奴を狙うのでは無くて、奴が狙う者を助けるのじゃ。間違うなよ。奴が狙うのは、子供とは限らぬぞ、肉が柔らかい女や若者・いざとなれば老人でも襲うかも知れぬ。かといって試合が終わる前に始末する訳にいかぬのが難儀じゃな」

 ガランゲが見張るときの注意を与える。


 確かに試合が終わる前に対戦相手を抹殺すれば、あらぬ疑いを受ける恐れがある。犯罪として捕縛されかねないのだ。

「よし、ならばソラが帰ってきたら、俺が交代しよう。俺は、一日二日寝なくても全然問題無い」

 仕事が出来たアクロスが、張り切って言った。


「気当てが来たら、横に飛んで避けるのを忘れないでね、忘れると鬼の餌となるのよ」

 アランゲハの言葉で、アクロスの緩んだ顔が引き締まった。


「何、儂とガランゲどのが交代で詰めよう。今日は儂が行く」

 十兵衛が言うと、頷いたガランゲが、

「では、今宵は任せよう。湯に案内してくれ」

 と、上がって来て案内に立ったイシコロゲと湯屋に消えた。


 夜になって戻って来たソラに案内されて、シュキの塒に十兵衛とアクロスが向かった。

 ザルタの町の東を流れ海に注ぐ南川がある。それを少し上流に上がった所の森の中にある無住の寺にシュキは潜んでいた。

 如何にも鬼の住みそうな、屋根が傾き土壁が崩れて内部が見える破れ寺だった。

 寺を見渡せる所で見張ろうと思ったが、暗い夜ゆえ離れるとそこから出て行くシュキを見逃す恐れがあった。


「ままよ、どうせなら門の前で見張り、奴が出て来たら堂々とついて行くのじゃ。その方が良い」

 と、表門を十兵衛、裏門をアクロスが門前に座り見張ることになった。

 しばらくして表門にシュキが出て来た。十兵衛は堂々とついて行く。



「何じゃ、お前は?」

 険しい顔でシュキが聞く。

「いや、たまさかに方角が同じなだけじゃ、気になさるな」

「儂は散歩じゃ、邪魔するな」

「どうぞ、ご自由に」

 十兵衛がすっとぼけて言い平然とついて行く。

その周囲は、ソラとシクラが遠巻きにしている。


「ええい、止めた。無愛想なのが付いてきては気が乗らぬ」

 しばらく行って、シュキがそう言うと引き返した。

 深夜にガランゲが来て十兵衛と交代した。アクロスは、朝まで頑張ると残った。


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