第20話・武術大会の初戦。
第二会場に戻ると、二番前の試合が始まるところだった。選手控えの場に戻る。
「いい、あの場に出ると、ここから見ているのとは違う圧力があるの。敵は相手では無く、自分の気持ちなの。あの弓島で騒がしい海風を相手に、一人で立ち向かっていると思いなさい」
アランゲハの声にタケイルは目をつぶって、弓島での一人修行を思い描いた。しばらくすると、会場の大声援が容赦なく吹き荒ぶ海風の音に聞こえてきた。
(そうだ、俺はあの長期に及ぶ修行をこなしてきたのだ。そしてなによりこうして支えてくれる仲間がいる)
そう思う事でタケイルの心のざわつきは静まり、心を揺さぶった大歓声が嘘のように気にならなくなった。
「どんどんどん」
太鼓が鳴り、
「次、ザルタのタケイル、カブールのスミソン、出よ!」
進行の声が聞こえて、アランゲハと目を合わせて頷いたタケイルが、木剣を持って前に出て行った。
会場の声援はもう聞こえない。タケイルを見つめる相手が前にいるだけだ。
「始め!」
審判の声で剣を構えた。
正眼に構えた剣の左右に相手が動いて攪乱してくる。タケイルは相手の仕掛けてくるのを動かずに待った。
相手の表情に、焦りが浮かぶのが見えた。だが、タケイルは待った。なかなか打ち込んで来ない。
タケイルは、ピクッと剣先を振るわした。
それに誘われて、相手が打ち込んできた。それを読んだタケイルが、踏み込んだ。
先に動いた相手より速い動きだ。
相手が上段に構えた剣を振り下ろそうとした時には、タケイルの剣が相手の額に止まっていた。
「それまで!」
審判の声と共に、大観衆が再びタケイルに聞こえてきた。
持ち場に戻る途中、観衆の中に先程のゼンキの目がタケイルを見ているのに気付いた。
「うん。さすがタケイル。あれで良い。何も隠す必要は無いもの。あの技以外は」
アランゲハの満面の笑顔が迎えてくれた。
すぐ傍にシュラとイシコロゲの笑顔、観衆の中の父とデルリの知り合いの顔も見えた。
アランゲハの言うあれとは、タケイルが弓島で長期に渡って修行して会得した「逆風の剣」の事だ。だが十兵衛もあれを使うなとは言ってない。
その事を聞くと、
「自分が、必要だと思った時に使うが良い」
と言う指示を受けたのみだ。奥義と言っても見て真似できるものでは無いから「秘密にする必要は無い」と言う事だった。
一回戦が終わると、続けざまに二回戦二十八試合が行われる。
タケイルの第二会場でも熱戦が繰り広げられた。タケイルの二回戦の相手はクリスの町の慶寿と言う名の背が高く若い男。
慶寿は腕が長く、遠閒から一気に踏み込んでくる伸びやかな剣を使った。
タケイルは、慶寿の剣をじっくりと見て合わせて引き際につけ込む。
慶寿はつけ込ませぬ様に、素早く回転して避けようとするが、忍びの足を持つタケイルには全く通じず、回り込んで首筋にピタッと剣を止めた。
「参った!」と、潔い慶寿の声。
「それがしも、マンス山にて修行を致した。その折りに、若きタケイルどのの噂を聞き及んで、対戦を楽しみにしてござった。噂通りお見事な腕前、感服つかまつった」
慶寿もあの山で修行したのだ。
「そうでしたか。同じ山の修行仲間でしたか」
タケイルは素直な慶寿が好ましく、いつか一緒に仕事を出来れば良いな、と思った。
二回戦が終わり、十四名が勝ち残った。
その中にはシュラもいる。
彼らが昼食を取る間に、会場では一回戦に敗れた五十六名による敗者復活戦が行われる。
父・十兵衛と共に、デルリ村の仲間と昼食をとる。
「どうですか、気になった剣士はいましたか?」
イシコロゲが、師匠でもある十兵衛に尋ねた。
「うむ、なかなか面白いものだな。今まで来なかった事が悔やまれるくらいだ」
父はすぐ近くに住んで居ながら、一度として見に来なかったのだ。それも、人目について刺客に狙われるのを警戒したためだろうとは、想像がついた。
「十兵衛さんが出ていれば、軽く優勝出来たのに・・」
出たくない事情を知っているものの、残念そうにアランゲハが呟く。
「さすがに、シード選手はどっしりと落ち着いているな。その内の五・六人は手強い。だが、一人気になる剣士がいる」
とタケイルを見る。
「はい、一人殺気を放つ剣士がいます。私を見て」
タケイルの言葉に、皆、微かに頷いた。さすがにタケイルと一緒に長年修行をこなした者達だ、誰もが気付いているようだ。
「前に優勝経験がある。シュキと言う痩せた老人ですね。前はあんな感じの人では無かった」
イシコロゲが思い出す様に言った。
「そう、前は穏やかな感じだったわ。とても酒が好きだと聞いた。スレダの湊町に住んでいると」
アランゲハも思い出して知っている事を話した。
「そうだわ。スレダから来ている知り合いに聞いてみましょう」
言うなり、イシコロゲは立ち上がって、廻りを見渡すとどっかに向かっていった。
「私も、聞いてくる」
アランゲハも別の方向に行った。二人は、大会の長年の常連で人気者だ、顔が広く知り合いも多いのだ。
「おう、二人がいると助かるのう」
十兵衛が呟く。
「はい、試合で注意することから、相手の特徴まで的確に教えて頂き、私は何やら他の剣士に後ろめたい程です」
正直に言うと、シュラも、
「全くです。我々の強力な味方です。実に有り難い」
と同意した。
二人はしばらくして戻って来たが、一様に表情は暗かった。あまり良い話は聞かなかったらしい。
「シュキが活躍していたのは、私達も出ていた十年前まででした」
戻る途中で相談してきたか、開口一番、イシコロゲが話しはじめた。
「四十代だった彼は当時、優勝を争う卓越した剣士で中肉中背の均整のとれた体付きだったわ」
当時を思い浮かべる様に言う。
「でも優勝して廻りからチヤホヤされ始めると、家庭の事を返り見ないで酒色に溺れる様になったそうよ。それに愛想をつかした家族が離れて行くと、昼間から酒に溺れるようになって、剣術の稽古もしなくなったそうよ」
アランゲハが、悲しそうに言う。
武術大会に優勝した事が、シュキの没落の原因となったようだ。
「そうして、誰にも相手にされなくなった彼は、金も尽きて家も無くなり、乞食の様に暮らしていたそうよ。ところが、今年に入って突然金回りが良くなり、積りに積もっていた借金も払ったそうよ」
(・・どう言う事だ?)
と聞いていた皆の表情が言っていた。
「今年の武術大会の予選で、彼と当たった五人の内の二人が、試合後原因不明のまま亡くなったそうよ」
イシコロゲが、頭を捻りながら言った。
「普通、同じ町の予選通過者は同じ宿に泊まるのだけど、彼は独りでどこかに泊まっているそうよ」
「奴は、狂っているかも知れぬ。人では無くけだものの様だ。と予選で彼を見た者は言っていたそうだわ」
皆は、一様に予選の時のシュキを想像した。
「しかし、タケイルを見た目つきが気になる」
幼馴染みのアクロスが言う。
漁師になったアクロスも、友のタケイルとシュラの出場する武術大会の間は親から休みを貰って応援に来ていた。
「急に、金回りが良くなった。とは、密偵が彼を刺客として雇ったと考えたら辻褄が合う」
同じく、幼馴染みのシクラが言う。
「恐らくは、間違いはあるまい。タケイルを試合中に狙うつもりだ」
十兵衛が断言した。
「試合後亡くなったって、きっと何か恐ろしい技を試したのだわ。だけど、どんな技を使ったのかしら」
十七才となって、美しい娘になったソラが言う。
「荒んだ生活で体力の無くなったシュキが取った手は、恐らくは気当ての様なものだろう。だが、油断は出来ぬ。スレダから来た者らから、もっと聞き込みをして貰えぬか」
十兵衛が願った。
「それに、刺客なら密偵が傍にいる筈。あたしとシクラで奴の後をつけるわ」
ソラが言う。ソラとシクラは共に忍びの達者だ。小柄で俊敏な彼らにつけられたら、よほどの剣客でも察知する事は難しく、察知出来たとしてもまくことは出来ない。
ここにいる者は、いずれも数度の刺客と関係してきた者たちだ。奴らの事は熟知している。
「頼む。済まないな、折角の楽しみなのに」
タケイルが、済まなそうに言う。
「なに、良いって事よ。昼間はここで試合を観戦出来るのだ。何も問題は無い。俺にも何か手伝える事があったら、言ってくれ」
アクロスは、早くから親を手伝って漁師になったために、忍びの技は持っていないが三日に一度は漁の終わった夕方に稽古に来ていて、剣の腕はなかなかのものだ。
敗者復活戦は昼食の間にも休みなく行われ、一回戦二十八戦、二回戦十四戦が行われて、残った者十四名がただ一つの席を掛けて明日の試合に臨む。
その日の全ての試合を終えると、勝ち残った剣士十四名と敗者復活戦の残った十四名が王宮に向かって並び、合図で一礼すると海の国武術大会の一日目が終了した。
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