第18話・大海賊サーズの最後。
(さて、どうするか?)
上陸した内の四人は捕らえ残りは始末した。しかし、海上には親船が係留して、多くの人数と大砲という武器を持っているのだ。
こちらから親船まで船で行って闘う訳には行かない。
タケイルには、捕らえた四人を立ち木に縛り付けて海賊船の動きを監視する事しか出来なかった。
その夜、暗くなってから入り江に漕ぎ入れて来る櫂の音を聞いた。敵襲かと警戒するタケイルに暗闇から声が届いた。
「俺だ。アクロスだ」
暗闇の強行軍で、アクロスが船を乗り入れて来たのだ。島を良く知った者だけが出来る離れ業だ。ガランゲとシュラが一緒だった。
「漁師にこの島の事を聞くうろんな奴らがいると聞いた。湊に帰ってきた漁師から、海賊船が弓島の沖に停泊しているとの話があった。調べてみると、どうもサーズ船長の船らしい事が解ったのだ。となると、我々漁師が束になっても手に負える奴らでは無い。そこで、ガランゲさんに相談したのだ」
アクロスは漁師仲間から話を聞いて、この島に起きた異変を的確に察知していたのだ。
大海賊・キャプテン・サーズは今、最も有名で最も危険な海賊である。七つの海を股にかける悪魔と言われて、その行動は神出鬼没で狡猾で残虐であった。
また、こういう時に頼りになるのがガランゲで、驚く程の知識と人脈を持っていて的確な判断をしてくれるのだ。
「実はな・・」
タケイルが、今日の出来事を話すと、
「我らが予想していた通りだな。ガランゲさんが動いてくれた。朝には、動きがあると思う」
「動きとはなんだ?」
「海賊退治に、国の軍船が来ると思う」
ザルタは王都だ。ザルタ湾に、軍船を浮かべているのを見たことがある。
「軍が動いてくれるのか?」
こんな小さな島の為に、軍が動くとは思っても見なかった。
「勿論じゃ。考えても見ろ。国にとって大きな収入源の交易船が大勢航行する海上に、海賊船がいて無視出来るか。ましてサーズには、多くの海の国の交易船が襲われているのだ。行方不明になった船もサーズが絡んでいるという噂もある。ここで動かなければ、国の軍船の意味がない」
「なるほど、そうでした」
そう言われてみれば、その通りであった。
タケイルは、おのれの狭小な考えを恥じた。そして、大局から物事を考えるガランゲを見習わなければならないと思った。
「よし、我らはしばし休養をとろう。軍船が現われるまでは、我らだけで海賊と闘わねばならぬのだ」
その夜は、台地の小屋に上がり仮眠を取った。
夜が白み始める頃、海賊船は碇を上げて表の入り江に向かって航行してきた。裏の船隠し一帯には、岩礁があって小さな船しか近づけないのだ。
「いよいよ、来るか・・」
アクロスがぽつりと言った。
「奴らも、上陸した者から何の連絡も無いので、やきもきとして朝が待ちきれなかったであろう」
アクロスのように何度も往復して、水面下の岩礁の様子を熟知した者で無ければ、近場の漁師といえども、この弓島には暗闇では近づけないのだ。
海賊船は、ゆっくりと西の岬を曲がる。
「軍船は見当たらないな」
シュラが、ぽつりと言う。
「本当に出てくるのか?」
アクロスも、不安げに言う。
「馬鹿者、剣士たるものが、勝負の掛け合いを忘れたのか。最初から姿を現したら、逃げられてしまうだろう」
ガランゲが、言い聞かす。
「そうだった」
アクロスが照れた様に言う。タケイルも同じ気持ちだったので、恥じて反省した。
悪魔と呼ばれ恐れられるサーズ船長だ。普通の婆様だったら卒倒しそうな修羅場でも、全く動じないどころか、冷静な判断を下せるこの婆さまには敵わない。
「だとしたら、海賊は上陸する事もあるわけだ」
冷静なシュラが言う。
「そうじゃ、軍船が来るまで出来るだけ引きつけて置きたい。どうするか決めておけ」
ガランゲが、どうするかお前らで決めろ、と言う。
こんな切羽詰まった場合でも策は指示せずに、若者らで考えさせようとしているのだ。
「短筒が三丁と弓が二張りある。それで、威嚇して牽制するってのはどうだ」
とタケイルが言う。
ここに居る三人は、ガランゲの指導で短筒が扱えるのだ。
「儂も持って来たぞ」
ガランゲが、懐から短筒を取り出してみせる。
これで、全員の短筒が揃ったことになる。
「大砲を撃たれないか?」
と、アクロス。
「まずは撃つまい、目標がはっきりして無いのだ。短筒で牽制されたとしても、大砲は右左舷側しか搭載しておるまい。入り江から一旦出ないと、撃てない道理じゃ。海賊船が入り江を出て腹を見せた時は、撃ってくるだろう。その時は、頑丈な物陰に隠れるのじゃ。小屋などではいかんぞ。一発で破壊される。」
ガランゲが細かい注意をする。
「よし、では降りて配置を決めよう」
小屋に戻って武器を持ち、入り江に降りて上陸を牽制する作戦を立てて、配置についた。
海賊船は、岩礁を調べながらゆっくりと時間を掛けて、入り江に入って来た。
もうすっかり、朝は明けている。
弓島の入り江は、アクロスの漁師船ぐらいの大きさなら、五・六隻は係留出来るが、大きい海賊船ならば真っ直ぐには入れるが、狭い入り江の中で転回はできない。
通常は、小舟を降ろしての上陸となるが、海賊船は既に搭載していた二船の小舟を降ろしてしまっていたのだ。
入り江の狭い水路を、岩礁を避けて帆の横桁を断崖すれすれに見事に入って来た海賊船。さすがに見惚れる様に操船が巧みだ。
海賊船は着岸・停船して、投げられた綱を伝って男が上陸しようとした。
その時、
「ズドン、ズドン」
と短筒の音がして、二本の帆柱の上で見張っていた男が撃たれた。
「敵だー、見張りがやられたぞ」
「待ち伏せだー」
海賊船の甲板上は、蟻の巣を突いた様な騒ぎになったが、たちまちの内に、用意していた弓や火縄を構えて敵を探す。
「あの石垣からだ!」
「よし、牽制している間に上陸するのだ」
ピューピューと石垣の辺りに矢が飛び、「ズドン」と言う火縄の音も、散発に混じった海賊船の牽制が始まった。
「今だ、いけー」
綱に飛び移った二人が、軽快に降りようとした。ところが、
「ズドン、ズドン」
と短筒の音が響いて、綱の男が落ちる。
「後にもいるぞー」
海賊が一斉に後を振り向く、だが、後は直角の断崖。上から船内は丸見えなのだ。
海賊達は、蜘蛛の子を散らした様に物陰に隠れた。
その海賊船目がけて、アクロスが岩陰から、手のひら程の大きさの石をドンドン投げ落とす。真上からの攻撃だ。石と言えども破壊力がある。石が直撃した甲板は、高い不気味な音を立てて海賊を恐れさせた。
その石攻撃の合間に、ガランゲが狙いを定めて短筒を撃つ。海賊達は船の影に隠れて岩の上を伺おうとすれば、入り江の奥から銃撃された。
海賊船の甲板上は、こうなってはどうしようも無かった。
まるっきり身動き出来ないのだ。
「だめだ、撤退しろー、後退だ」
「まて、それじゃあ約束が違う。相手は小勢だ。なんとかならないか」
食い下がる男がいた。
「どうにもならない。ひとまず後退だ」
船長と思える者の命令で、船は櫂が出されてゆっくりと後退した。その時に海賊船から小舟に鈎を投げて、昨日の海賊が乗ってきた船を抜け目なく引いていった。
入り江の岩根を離れると、海賊船は横になってとまった。
「逃げるのじゃ、大砲の用意をしているぞ」
断崖の上でガランゲが言い、船から死角になる岩陰に隠れた。
その時に、右側の海から急接近してくる黒い船が見えた。
「来たぞ、軍船だ」
アクロスは思わず叫んだ。
移動して、東の岬の方向を覗き見ると、
「向こうからも来る。海賊船め、挟み撃ちだぞ」
嬉しそうにアクロスが、怒鳴る。
恐らく軍船は、どこからか見張っていて、海賊船が入り江に入ったのを確認してから、全速力で来たのだろう。
軍船がこれだけ近づいても、入り江のすぐ出口にいる海賊船からは、岸壁が邪魔して見えないだろう。おまけに帆柱にいた見張りがやられているのだ。
「どーーん、どーん、どん、どーん」
と直下から大音量が連続して、砲弾がタケイル達のいた石垣の当たりに飛んできた。一つは石垣に直撃して石が割れて散乱した。
「ひゃー、おったまげた」
その音と当たったときの振動に岩が砕ける迫力ある光景を見て、アクロスが思わず叫んだ。
「うむ、砲手はなかなかの者じゃな、一発で当てよった」
ガランゲは妙な所に感心していた。
海賊船は、大砲を撃つのと同時に、引いてきた小舟に縄梯子を垂らして、乗り込もうとしていた。
小舟なら、待ち伏せしている入り江に着けなくても、砂浜にでもつけられるのだ。
「さすがに、なかなか機敏な動きじゃな。だが、そんなことをしていていいのかな」
ガランゲのお告げの通り、小舟に乗り込もうとしていた海賊たちの動きがピタッと止まった。軍船の接近にようやく気付いたのだ。慌てて縄梯子を引き返し、帆柱に人が上がって帆が張られ始めた。
「もう遅いわ」
ガランゲが冷たい宣告をした。
すでに全帆が風を受けて全速で接近している軍船に対して、停船状態から、これから帆を張ろうとしている海賊船が逃げ切れる訳は無い。
西から来る軍船から逃げようと、ゆっくりと東の岬に向いて動き出した海賊船は、すぐに進路を南に変えた。東からも軍船が来ているに気付いたのであろう。
「そっちへ行くと、ザルタ湾じゃ。哀れな・・」
西から来た軍船は、もう海賊船の横に並んで航走している。
「ドーン、ドン」
それでも、大砲の準備が出来ていたとみえて、海賊船が並んだ軍船に攻撃した。瞬差を置いて、
「ド・ド、ド、ド、ドーン」
と軍船が五門の砲を撃った。
その撃った軍船から木っ端が、飛び散ったのが見えた。
(海賊の大砲が、当たった様だな・・)
だが、海賊船の被害は、その比では無かった。
木っ端が盛大に粉々になって飛び散って、船は潰れた様になりすぐに傾き横倒しになった。
「アクロス、七つの海に名前を知られた程のサーズが、何故こうも簡単に滅んだか解るか」
突然、ガランゲが言い出した。
「そ・それは・・、相手がタケイルだったからだ。タケイルは、予想も出来ない大きな・なにかを持っている」
小さい頃から一緒に遊び、タケイルの事を熟知しているアクロスが言う。
「それは、そうじゃが根本は違う。サーズは相手の事を余り調べもせずに、たかが若造一人と侮ったのじゃ。それが直接の原因じゃ。アクロス、お前にも同じ様な事がこの先に起ころう。その時に、決して相手を侮ってはならぬ。手弱い相手に見えても、徹底的に調べるのじゃ。この事、忘れるでないぞ」
珍しく、ガランゲから訓示と予言を受けて目を白黒させたアクロスだが、ガランゲの予知は決して外れたことがない、という言葉を思い出した。
「はい、心に刻みつけときます」
答えたアクロスは、ガランゲが何故か寂しそうにしているのに気がついた。
「終わったわい。戻ろうか」
入り江の岩の上で見ていたタケイルたちと、目があった。
七つの海に名を轟かした大海賊・サーズは、こうしてタケイル達の働きにより壊滅した。
尚、島に捕らわれた者の証言から、船長・サーズとこの仕事を依頼してきた密偵の死体が確認された。
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