第17話・タケイルの逆襲。


「ゲンゾー兄貴。小屋がありますぜ」

 手下が声を潜めて言った。皆、腰を落として身を低くしている。


「よし、二人でそっと行って、人がいるかどうか見てこい」

 短筒を握ってゲンゾーが言うと、手慣れた動きで左右から二人が小屋に向かう。

残ったもう一人は、短弓に矢をつがえて周囲を警戒しながら待機している。

 小屋に向かった二人は、横の壁と戸の下で蹲って物音を聞いていたが、誰もいないと手振りで示すと一人が用心しながら戸を開けて中を見る。


「いない様ですね」残った手下が言う。

「うむ、廻りを探そう。用心しろよ」

 小屋の横・裏を警戒しながら探すが誰もいない。


「裏に逃げたって事は、ありませんね」

「無いとは思うが、念の為二人は裏へ下ってみろ。誰もいなかったら、あいつらも呼んで上がって来い」

 二人が裏に降りてゆく。一人が先行して、もう一人は少し遅れて油断無く弓を構えて降りている。

 その姿は上からは丸見えだ。下からも見えるのに違いない。


「気をつけろよ。二人になったところを、奴に狙われるかも知れない」

 残った二人は、裏の断崖を背にして油断無く周囲を警戒した。

「裏にいた者を連れて上がって来ます」

 振り向いたゲンゾーの目に、今下りた者が裏で待機していた者を連れて上がって来るのが見えた。と言う事は、標的は裏には降りていないという事だ。


(・・奴はどこだ)

 ゲンゾーは、島の地形を頭の中で思い描きながら考えた。すぐに裏に下りていた者が上がって来た。これで総勢は八名になった。

「俺たちが上がって来た道の他に、表に降りる道があるはずだ。二手に分かれて道を探すのだ」

 ゲンゾーの指示に男達は三人ずつで右と左に別れて道を探した。ゲンゾーともう一人は、その場所に留まって油断なく短筒と弓を構えていた。


「兄貴、台地の端に下に降りる道がありますぜ」

 小屋のある台地の東を探していた手下が言った。その声に、反対の岩場を探していた奴が振り返ってこちらを見た。他の二人がいない・・・

「どうした?」

 歩み寄って聞くと、

「その灌木の当たりを探していたのだが・・」

 その時、灌木が割れて男が顔を出した。


「兄貴、この先に広場がありますぜ」

 男について入ると、灌木に隠れた狭い広場に小屋が建っていた。

「中は誰もいません」

 先行した男が言った。

 小屋は、粗末ながら十分に暮らせる広さはあり、傍には清水を貯めていた。

「奴はここに住んでいたのか・」


「兄貴、細い道があります」

 広場の反対側を探っていた男が囁く。見ると細い道が上に続いている。

 皆、剣を抜いて背を曲げて音を立てない様に、慎重に道を辿る。

 道はすぐに行き止まりとなり、丸い空間がぽっかりと空いていた。地面は固く踏み固められている。


「おう、島が一望だ」

 背を伸ばした手下が、感嘆した様に言う。

 なるほど、ここからはほぼ島の全周が見えた。北に浮かぶ親船も見える。

「奴が、ここから見ていたとしたら、何処に逃げた・・」

 裏の洞窟にある船と、表の入り江にある船は、障害物があってここからは見えない。

「裏には逃げていないな?」

 裏で見張っていた手下に聞く。

「へい、裏の見える範囲には人は降りていません。登ってくる時に見ましたが、人が隠れて移動できる場所では無いですぜ」

「儂らは、表の真ん中から来た。逃げるとしたら左右しかない。お前らは、ここから入り江の方に下って探せ」

「へい」


 ゲンゾーは、台地から東に下っていた。

先行する二人が剣を抜いて慎重に降りて、その後に短筒を握ったゲンゾー、そして矢をつがえた手下が続いた。

 道は急で、ジグザグにゆっくり降りる。岩や背の高い灌木の中を降りるために何処でも待ち伏せを出来る場所だ。

 彼らは、待ち伏せを警戒して緊張したままゆっくりと降りた。

 だが、誰もいなかった。彼らは海岸まで下りた。そこから、海岸沿いに表も入り江へと探して行く。


(一体どこに隠れたのだ・・)

 厄介な事になったと思った。腕の立つ剣客が隠れて待ち伏せしているのだ。

 このあたりの海岸は大きな岩がゴロゴロしており、いちいち岩の裏を確かめながら進むのは骨が折れた。

 それが終わると、今度は入り江までの一面の砂浜だ。

 ほっとした。

 だが、砂浜の奥は一様に背の高い草木が林立する場所で、そこを確かめながら進まなくてはならなかった。


「まったく、お頭はなんでこんな面倒くさい仕事を引き受けたのだ・・」

 自分が引き受けるときはぼろい仕事だと喜んだ事を忘れて、ゲンゾーは呟いた。


 彼らは相当時間を掛けて慎重に捜索して、入り江に戻ったがそこには誰もいなかった。

「船に残ったシマニン兄貴は、何処へいったのだ・・」

 船に残っている筈の兄貴たちがいない。

 上で二手に分かれた奴らが、探ってくる筈の尾根を見上げた。そこは確かに岩だらけで、急斜面だが距離は短い。もうとっくに到着していておかしくない。

 俺たちは、探る所が多くてかなりの時間を取ったのだ。


「ひょっとしたら奴らが襲われて、その物音を聞いたシマニンの兄貴らが応援に駆け付けたのでは無えですか?」

「そう考えるのが、理に合うか・・・・」

 だが、ゲンゾーにはまだ、引っかかるものがあった。

「だとしたら、何故短筒の音がしない・・」


 その時、

「ズバーン」と森の奥で短筒の音がした。

「よし、急げ!」

 ゲンゾーらは、森の中に走り込んだ。

 三番目に走っていたゲンゾーは、矢鳴りの音を聞いたと思って後を振り向いた。だが、後を走っていた筈の弓を持った手下の姿が見えない。


(どこ行った?)

 と思って前を向いたゲンゾーのこめかみに、矢が刺さってもんどり打って、派手な音を立てながら倒れた。

その音や気配で、先行していた手下二人が振り向いて足を止めた。

すると、木の影から弓を構えた少年がゆっくりと出て来た。事態を悟った二人は、手に持っていた抜き身の剣を放り出して手を上げた。


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