第16話・海賊襲来。
ある日の早朝。
いつもの様に風に対峙していたタケイルは、白み始めた海上に帆船が停泊しているのを認めた。その時は島にいるのはタケイル一人であった。
海の国とは反対側の大海原の海上に浮かんだ帆船は、薄汚れ荒んだ雰囲気を漂わせて普通の船では無かった。
船から小舟が二艘降ろされた。そのうちの一つは真っ直ぐこちらに向かってくる。乗っているのは四人の男たち、彼らは漁師でも無ければ交易船の商人でも無いようだ。
(・・・・・何者だ?)
彼らには不審なものを感じる。男たちの一人が黒い筒状の物を持っている。
(火縄だ・・)
猟師の持っている火縄銃を見せて貰った事もあるし、さらに短い短筒という物の威力を見せて貰った事ある。短筒の持ち主はガランゲである。
ガランゲが片手で打った短筒の鉛玉は、大きな音を出して二十間の距離から木に食い込んだ。鉛玉が飛んで行くところは見えなかった。
「長い火縄銃は、五十間以上の距離から人を一発で殺す事が出来る。熟練すると、全力で走る獣にも当たる様になる。これに狙われたら、とにかく体を隠すことだ」
と、火縄を相手にするときの注意を教えてくれた。
帆船から降ろされたうちの一艇の小舟は、裏の船隠しに向かっているようだった。
島の裏側一帯は断崖で船は着けられぬが、洞窟があってその一カ所だけは船を入れることが出来る。
海上からの見た目には解らないので船隠しと呼ばれているが、近くの漁師たちならば皆知っている場所だ。
船隠しからは、小屋の所までジグザグの登り道がついている。
もう一艇は、島を回り込んでいる。表の入り江に着けようとしているのだろう。こちらの船にはもっと大勢の人が乗り込んでいる。
二つの船は、明らかに島にいる者を挟み撃ちにしようとしていた。
(恐らくは、刺客・・)
タケイルの勘がそう感じて身を隠した。
遠眼鏡と呼ばれる、遠くを見る機械を船乗りは持っていると聞いているのだ。
素早く小屋へ移動して、食料と武器を持って見張り所下の小屋に運んだ。
避けなければならないのは、大勢で囲まれて飛び道具を使われることだ。この小屋ならしばらくは見つからないが、標的が居ないとなれば虱潰しに調べられていずれは見つかるだろう。
(・・・一人ずつ倒してゆくしかない)
山の修行で散々やったことだ。相手は飛び道具を持っているものの、気配を消して移動する事も、気配を感じる事も出来ないだろう。それを最大限に利用するのだ。
竹筒に水を入れて携帯食を持った。
携帯食は飯を炊いて味噌と混ぜてから乾燥させた最も簡単な物だ。水を掛けるか或いは、口に含んで柔らかくして食うものだ。山修行で作って使用した。それ以来いつも作り置いて備えている。
武器は短剣を背に負った。手槍は見つからないように隠した。
裏の船隠しに入った船を灌木の間から覗き見る。人はまだ上がって来ない。島の裏側一面は岩と背の低い灌木で見晴らしが良く人がいればすぐに解る。
(・・恐らく裏の奴らは、逃げられないように見張っているだけだ)
タケイルは、表の入り江に向けて移動した。
この場所から断崖を伝って、何とか入り江に行ける事は調べてある。
道は無い。常に逃走口を調べておく事も剣士の基本のうちなのだ。
(まずは、奴らが刺客かどうか確かめなければならない・・)
単に海賊が、島の様子を確かめに来たのに過ぎないのかも知れない。だが、そうであっても排除しなければならない。
裏側と違って島の表側は、草木が高く生え盛り身を隠す所に不自由しない。入り江を上がった所の集落跡は、うっそうとした森の様になっている。
タケイルは、まだ薄暗い森の中を木々の間に身を移しながら、入り江に接近した。
近づくにつれて、男たちの話し声が聞こえてくる。ちょうど入り江に船を着けたところのようだった。
「ゲンゾー、三人連れて行け。ここから順番に上の大地まで探すのだ。油断するなよ、相手は相当腕が立つらしい」
「へっへ、兄貴。腕が立つと言ってもまだガキだ。それに現われりゃこいつで、ズドンと一発だぜ」
やはり、こいつらは間違い無く雇われた刺客だ。そして火縄銃か短筒を持っている。船に残った者も、うしろの船隠しに来た者も持っているだろう。
(さて、どうするか・・)
親船には、まだ相当の人数が残っている筈だ。
上陸した奴らが残っているところに、さらに仲間を呼ばれたらまずい。
船には、大砲と呼ばれる強力な武器が積まれているだろう。今四人が上陸した。船に残っている者は少ない。
(よし、船に残っている者を先に片付けて船を奪う)
決断したタケイルは、右に迂回して船を上から狙える位置に移動した。そこからは眼下に入り江が見える。船に残った二人が見えた。
一人は櫂を漕ぐ位置に座って、もう一人は油断無く当たりを見回している。こいつが頭分だろう。恐らく短筒を持っている。
「兄貴、何だか静かだ。奴はいますかね」
「聞き込んだ話では、今は一人で修行中だと。と言う事は必ず居る筈だ。奴には帰る船が無いからな」
「剣客ってのは分らねえ人種だ、こんな所で修行して何が面白いので・・」
「全くだな」
船の上で交わす話が、岩肌を伝ってはっきりと聞こえてくる。
「そんな若造を大金払ってでも殺したいってのは、どんな奴なんで?」
「それは解らねえな。ともかく俺たちは、そいつを始末するのが仕事だ」
「早いとこ終わって、酒でも飲みたいやねえ。刺客なんて、海賊らしくねえ仕事だで」
「まあ、すぐに終わるさ。短筒を持った八人もの野郎が向かっているのだ」
奴らは、船を襲って人を殺し積み荷を奪う海賊だ。攻撃するのに遠慮する必要は無かった。
タケイルは、立ち上がりざま石を投げた。
礫(つぶて)と言うには大きめの、拳ぐらいの大きさの石だ。とにかく声を上げて上陸した仲間に気付かせてはならない。
続けざま二つずつ、計四つ投げた。
「ぐううう―」
三間の距離でしかも下方の的だ。礫撃ちに熟練したタケイルには、外すはずが無い位置だった。
石は狙い通り海賊の頭に当たり、二人は鈍い悲鳴を出すと倒れ伏した。
タケイルはすかさず船に飛び降りると、武器を奪い二人の体を海に落とした。
兄貴分の方からは、やはり短筒と玉薬が出て来た。武器と櫂を隠して一旦森の中に戻ると思案した。
こちらから上がった四人が、集落跡を探して上がるだろう。集落跡は、必要最小限しか草刈りしていないので、何処に住んでいたかはすぐに解る筈だ。もう、小屋を探し当てているかも知れない。
(小屋が無人だと知ったら、奴らは、どうするだろう?)
おそらく後ろの鮒隠しにいる者を呼び寄せて、小屋に少人数を残して虱潰しに探して降りるだろう。
とすると、見張り場所とその下の広場は見つかる。もちろんそこにも俺はいない。
(すると奴らは東と西に別れて下るだろう)
一方は、タケイルの降りてきた険しい尾根を下るかも知れない。
(よし、まずは尾根を降りて来る者を迎撃しよう)
策は決まった。少しずつ人数を減らすのだ。待ち伏せ出来る場所の当てもある。タケイルは、すぐさま来た尾根をカモシカの様に駆け上がっていった。
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