第15話・無人島での修業。


タケイルは登る太陽を見つめていた。


季節は、暑い夏もやっと終わり嵐が訪れる九月になっていた。海を渡って来た荒々しい突風が怒号のような音を出しながらタケイルの長身を絶え間なく揺さぶっていた。


ここはザルタ湾から北西に僅か一里の海上にある弓島だ。タケイルがいるのは、弓島の中では一番高く見晴らしが良い所だ。

弓島は名の通り弓の弦を引いたような三日月の形をした島だ。その大きさは元々のザルタ湾の大きさと同じだと言う。

今の大きさはザルタ湾の方が二回りも小さいが、それは弓島が抜けた後、浸食で崩れて土砂で埋まり浜になった為だと伝えられている。

太古の昔にザルタ湾の内部がここに移動して島になったと言う伝説で、その真偽のほどは解っていない。


弓島は無人であるが、昔は集落がありそれなりの人々が暮らしていた。今もその痕跡があらゆる所にまだ残っている。

無人島になったのは、五十年ほど前に来た海賊に全員が殺略されてからと言う悲しい歴史をもっていた。



海の国の武術大会は十八才から出場できる。

十兵衛の元で一緒に修行を積むシュラも、昨年は初出場でアランゲハ・イシコロゲと共に三回戦に残り大いに注目された。

三回戦に残ると言う事は、この国のトップテンに近い技量を持っていると言うことだ。だが彼らはそういう驕りの態度は一切なく常に控えめだった。

その理由は自分がまだまだ未熟な事を、身に染みて知っているからだ。その三人が同時に打ち掛かっても、タケイルや十兵衛には勝てないのだ。皆の腕前は格段に上がっていたが、タケイルはさらにその上を行っていた。


十八才になったタケイルも今年は出場可能であるが、それは父に止められた。

「儂を越えなければ、試合に勝利しても仕方が無いだろう」

目の前の父に勝てないのに、試合に出て勝利して喜ぶのも空しい事だとタケイルも理解している。

タケイルは父の背を越えて、六尺(180cm)の体躯の持ち主となっていた。剣の腕も父との稽古で三本に一本は打ち込めるまでに成長していたが、まだその差は愕然としてあった。



 十兵衛は、もうすぐタケイルが自分を越える事を知っていた。

奥義の「逆風の剣」を伝授する時がきたのだ。それには常に風に晒されている場所が必要だ。だがよそ者の十兵衛には心当たりがなかった。


「どこか強い風の吹き抜ける所で、静かに修行出来る場所は無いか?」

とガランゲに相談した。彼女ならそんな場所を知っていると思ったのだ。

 ガランゲは少し考えると、

「弓島が良い。あそこは遮るものが無く、常に強い風が吹く。秋の嵐の時期には尚更じゃ。島には水もあれば小屋も残っていよう」

 と実際に、その島で暮らした過去を懐かしむかの表情で教えたのだ。


この婆様は、一体どんな暮らしをしてきたのだ、と十兵衛は思う。

剣術家であり呪術師であり、占いや予知能力も優れている。色んな国の事に精通していて、その知識量は膨大だ。まったく謎だらけの婆様である。

 以前マンス山に修行に行った時はそこの総支配人に、

「この子供らは、将来この国を救う者達じゃから大切にしろ」

 と書き送ったと言う。それは未来の予言だ。実現するかどうかかなり怪しいことである。

それを、かの修行地の者たちは信じて疑っていなかった。その後でタケイルやシュラが再び修行に行った時も、実に大切にされたという。

 なにより、タケイルを最初に見た時、その生い立ち・素質と運命を予言したかの言葉を言ったと聞いた。


(恐るべき婆様である)



「風に向かえ」と父に言われた。

 タケイルは、海から吹き上がって来る風と対峙していた。

 時折、空気を乱して突風が来る。それを音で、風の色で、気配で捕らえるのだ。


「ピュウー」

 と音がした時、下段の手槍を振り上げた。だが、既に突風は吹き過ぎていて、穂先は空しく空を切った。


(遅い。音では遅い、気配で感じるのだ・・)

 再び手槍を下段に降ろして、半眼のまま彼方を見つめる。

 そういうときのタケイルは、微動もせずに気配も絶ち自然と同化して、ただ断崖に立つ岩となっていた。

これは、山修行の成果だ。


「逆風の剣は、型では無い。心なのだ。絶え間なく吹き付ける風を切り分けるのも、流れを見極め切り割るのは一瞬のことなのじゃ。時たま吹く突風を捕らえるのも、一瞬。同じ事じゃ、機をとらえるのだ」

 父は、風を相手に何度かやって見せた後でそう言った。型や遅速では無く、機の見極めと考え方・精神力なのだと。

会得するためには、風と対峙して、おのれと向き合うしかないのだ。

タケイルは、朝晩の風の強い時間にこの断崖に立ち、機を捕らえる稽古を飽くことも無く続けていた。



弓島にアクロスの船で渡った親子は、高台にあった集落跡の小屋を修繕して棲家として、修行を始めた。

 その修行の日々は、山修行とほとんど変わらず、朝夕の対峙が太陽で無く、海を渡ってくる風だったのが違うぐらいであった。


 修行は、相変わらず無言の内に、淡々と進んだ。

時には、十兵衛に替わってシュラが来た。村の子供達に読み書きを教えるのは、十兵衛とシュラの二人交代でする様になっていた。

ソラやシクラも時々来て、剣での稽古相手になってくれた。漁師になったアクロスは、週に一度は新鮮な食べ物を運んできて、その時は稽古相手をしてくれた。

朝晩の風と対峙する以外は、島を駆け巡り、剣・槍・弓・手裏剣などの稽古をした。組み討ちの出来る稽古相手がいれば、タケイルとしても助かるのだ。


大勢で行っても修行の邪魔にならないと知ったガランゲが、イシコロゲ、アランゲハを連れてきた。ソラも当然の様についてきた。

ガランゲは、来るとすぐにタケイルらの傍の小屋を修繕して棲家として、翌日には弟子達に少し離れた場所の草刈りを命じた。

そこは、ここに住んで居た者の墓地だという。


「島の霊が喜ぼう」

 と言うガランゲの命に、山の様に覆い被さった草を刈り取り、水と花を捧げた。タケイルも作業を手伝って、終わった後は手を合わせて島を修行の場とする許しを請うた。

 するとガランゲが言った様に、皆の心に涼しい風が吹き抜けた。島で亡くなった人々の霊が喜んだのであろう。


「このままここで冬を迎える事になろう。ここは、風が強いで雪はあまり積もらぬが寒い。この造作では冬を乗り越えられぬ」

 とガランゲがアクロスに頼んで材木を運んで貰って、小屋を厳しい冬に耐えられる様に造作した。また、水が凍らぬ様に室内に瓶を運び入れて、薪も集めて積み上げた。ガランゲの指示で皆が動き、住む環境が格段に改善された。


 ある日には、

「貝を捕りに行くぞ」

 ガランゲの命で、浜を回った所にある岩礁で水練の達者なアランゲハとソラが潜って、大きな貝を捕ってきた。

「島で修行するには、島で取れた物を食うのも大切な事じゃ」

 と言うガランゲの言葉に従って、その夜は貝を焼いて食べた。驚くほど旨かった。


またある日には、

「再三で済まぬが、また草刈りをしてくれぬか」

 と言って、タケイルが朝夕修行をしている脇から、細い踏み跡を辿った所の草木を刈るように命じた。そこの繁殖している雑木を刈り取ると、狭く平な地形が現れた。

「ついでじゃ、もう一カ所頼む」

  その脇から少し上がると、足下が平になっている地形に出た。そこも狭く、半時間も刈り取れば、見事に平らな地形が現れた。

そこからは島の全周が見渡せた。この島の一番高い所なのである。


「おお、久し振りじゃな。ここに立つのは」

 ガランゲが珍しく感嘆の声を上げた。

 作業をした皆は、ガランゲがこの島の事を熟知しているとは思っていたが、ここまで知っているとは正直に驚いた。

 細い踏み跡は草木に覆われていて、言われてみなければ絶対に気付かないほどのものだったのだ。


「ガランゲさん。何でこんなにこの島の事を詳しく知っているの?」

 皆がなぜか聞くのを遠慮していた事を、奔放なソラは聞いた。

 子供たちは、ガランゲや十兵衛の事をさん付けで呼ぶのだ。


「なに、簡単じゃ。儂はこの島で生まれて、ソラの歳ぐらいまでここで住んでいたのじゃよ」

 皆は、あっけにとられた。

初めて聞く話だった。ガランゲの過去の事を聞くのは初めてだったのだ。


「この島は五〇年ぐらい前に海賊が来て全滅した。と聞いています」

「そうじゃ。その生き残りが儂じゃ。生き残ったのは、儂一人なのじゃ・・・」

「ガランゲ様だけが・・」と、思わず呟いたイシコロゲ。

そのあとは、さすがのソラでも聞けなかった。おそらく悲惨な話になるだろうと思い、怖かったのだ。


「タケイル、あそこなら四方からの風を受ける事ができる。使うが良い」

「ガランゲさん、あそこは島の見張り場所だったのですか?」


「そうじゃ。見張り場所でもあり、島で一番高い場所。即ち島に神が降りる場所でもあったのじゃ」

「神が降りる場所・・」


 翌日、余った材料で見張り所の下の平地に、雨風を凌ぐだけの小さな小屋を建てた。

なんと一番高い場所のここにも、岩から浸みてくる水があり貯めると生活するのだけの用は足りたのだ。

ここにガランゲは好んで住み、三週間も滞在して、昼間は魚や貝を捕ってタケイルに食わせアランゲハらに呪術を教えたりした。

その表情には、満ち足りた優しさが感じられた。


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