第12話・密偵ツトムンの最後。


 夜が白み始めた頃、十兵衛らの泊まっている小屋を遠巻きに取り囲む一団があった。

 密偵・ツトムンと、彼が雇った白渡力也を頭とする刺客団六名である。

 ツトムンが指令を受けたのは、タケイルという十五才になる子供の抹殺だった。

子供一人ならツトムンだけで十分であるが、傍に親代わりの凄腕の剣客がついていて、今まで送り込んだ刺客は一人も戻って来ないと聞いた。

 ツトムンは剣客といえども始末した事が何度もある。飛び道具か毒薬を使うのだ。今回もそうするところが、妙に嫌な感じがした。

 なにより、子供一人やるにしては、離れた国の事とは言え謝礼が大き過ぎるのだ。

今までの密偵が、一切の連絡を絶ったと言うのも訝しい。

密偵は雇った刺客が失敗したのをみれば、それなりの対策をして新たな刺客を雇って実行する筈なのだ。

又は、最初から失敗する事を考慮して、敵の弱点や技を探るためにわざと力の及ばぬ刺客を雇い、一部始終を離れて見ていると言う事もやる。つまり密偵がそう簡単にやられるはずがないのだ。


 不審に思ったツトムンは、凄腕の剣客の相手をする剣客集団を雇うことにした。地の国の大前国で自然離心流と言う妖しげな道場を開いている白渡に話を持っていったのだ。

白渡は道場を開いていると言っても、その実体は、強請・たかりから、盗賊などをして生活していると言って良い。金を持っている旅人と見れば、人気の無い所までつけていって、殺して金を奪うと言う悪鬼羅刹の最低の男だ。

その道場にしても、前の道場主を殺して居座ったに違いないのだ。ツトムンはこれまでも何度か後ろめたい仕事を、白渡に依頼した事があり腐れ縁があった。


「何、凄腕の剣客とな。それは、こちらも人数を揃えないといかん」

 と、五名もの同行者を加えた大金を謝礼として要求した。

 彼らの考えは、海の国へ遊山がてらに仲間を誘って行こうと言う算段なのは見えている。

「それでは、予算が足りぬ。剣客の足止めして子供を殺せば良いだけの簡単な事だ」

 と、ツトムンが散々に値切って最後は渋々頷いた、と言う格好にした。


奴らは、すぐに要求した金が出ると解ればもっともっと、と要求してくるのは目に見えているのだ。

 だが、ツトムンは内心ほくそ笑んだ。

実は、彼らの要求額の倍以上はもらっているのだ。それだけ払っても、諸手に泡で、半分以上はツトムンが手にする事が出来るのだ。

 だがそんな事を、決して彼らに気付かれてはならない。彼らの要求してきた金額の四分の一ほどを前金として支払い、後は僅かな金を残して隠している。

残金は事が成就してから、依頼主に報告してから貰うと言ってある。

 そうしないと全額持っていると知れば、間違い無く殺されて奪われるだろう。実際に来る道中では、酒も飲まずに節約している振りをしていたのに、ツトムンの荷物は彼らに密かに調べられたのだ。


しかし、ツトムンが、帰りの渡航費用ぎりぎりしかもって無いと知ると、持ち金に手をつけなかった。

今、僅かな銭を奪うよりは、ひと仕事をして大きな金を得る方が良いに決まっている。もし、ツトムンが残金を持っていたなら、今頃は海の底に沈んでいただろう。

油断も隙もありゃあしない。そう言う危ない奴らだ。

勿論いざという時の金は、解らない所に隠して携行している。

(仕事が上手く運べば、奴らに毒を盛るってのもありだな・・)

 ツトムンも彼らに劣らぬ悪人なのである。



海の国に到着して、ザルタ湾南部のデルリ村でタケイルの消息を探索すると、南東部にあるマンス山へ山修行に行ったと判明した。

抹殺するのは、地元の町中よりは旅先の山中の方が好都合だ。

よし好機だ、と勢いこんで来てみれば、その修行地には紹介が無ければ入れぬとのことだ。そこで、入り口を見張って数日待って、修行を終えた者を待ち受けて話を聞いても「そんな者たちはいなかった」と言う。

(どうしたものか・・)

 ツトムンは苛立つ気持ちを抑えて考えた。こういう時は、白渡らは役に立たない。近くのクリスの町で酒を飲んでプラプラしているだけだ。

 熟考した揚句どうにも手が思いつかず、町外れの神社を訪ねて聞いた。すると、ここらの神社の紹介でも入れると解った。

 そこで早速、金を出すと神主はホイホイと武者修行二名分の紹介書を書いてくれた。勿論、あとで殺して渡した金以上の物を奪ったのは、言うまでもない。若い神主の内儀の味もなかなかのものだった。


 手に入れた紹介書で、二人を送り込んで内情を探らせた。

だが、やはり子供らは彼らが入った修行地にはいなかったが、山内は広く貸し切り修行地が複数あると言って来た。

 そこで、そやつらの手引きで密かに侵入して調べると海西と呼ばれている地区に標的らしき者達を発見した。

 彼らは、青年二名・子供四名に、剣客が一人だった。


(間違い無い。その中のひょろりとした背の高い子供がタケイルだろう)

 彼らは何日かに一度、主神殿の辺りに食料調達に来る事が解った。

それを待ち伏せして見ると、どうも青年二人は女の様だった。だが、腕は立つ。身ごなしから解った。

剣客に腕の立つ女剣客が二人。その女剣客二人は予定外の者達だ。手強い敵が増えて、白渡がまたごねだすと思ってツトムンは憂鬱になった。

 だが、白渡らは、

「女だと。それもかなり若い。これは楽しみが出来たわい。打ち据えて楽しませて貰おう。良い味だったら情婦にしてくれるわい」

 と、却って喜んだ。

単純な考えの者たちだ。ここに来て、白渡らが大勢で来たのが役に立ったのだ。

 計画は決まった。

 まず、剣客を押し包んで倒して標的の子供を殺る。そして、女剣客を打ち倒して慰み者にする。

 簡単な事だ。

他の子供は放っておけば良い。手向かえば殺す。顔を見られても、ここは他国だ。とっとと地の国に戻れば関係無い。


 決行の朝が来た。

未明の内に小屋を取り囲むと、すぐに辺りが白み始めて来た。これで、逃がす心配は無くなった。

 二人が剣客をおびき出す為に、小屋に近寄る。だが、様子がおかしい。


「誰もいない。もぬけのからだ」

(なんだって・・)

 一体どうしたというのだ。

昨夜は全員いることを確認したのだ。

 付近を探すと木立の先に子供の姿が見えた。

「いたぞ。標的だ」

 すぐに全員で追う。


標的・タケイルと思えるひょろりとした長身の子供の姿は、木々の陰に見え隠れしながら逃げていた。所詮は子供の足だ、次第に追いついてきた。

(もう、少し・・)

 ツトムンが思ったその時、少年が逃げるのを止めて振り向いた。傍に、背の高い青年がいた。


「追い詰めたぞ」

 追って来た一同は、足を止めて広がって、獲物の逃げ場を塞ごうとする。

「後にもいるぞ!」

 振り返ると、後にも青年風の女剣客と子供が一人いて、こちらを見ていた。剣客の男はいない。


 ツトムンは違和感を感じた。

(何故、護衛役の剣客がいないのだ・・)

「後の女も逃がすな、あとのお楽しみだ!」

 誰かが言うと、背後にも二人が向かった。

(逃がすなって・・、囲まれているのは我々ではないか・・)

 さらにツトムンは、嫌な予感に見舞われた。


「まずは、標的を片付けろ」

 白渡の声に、背後にいた連中も前に向かおうとした。ところが、すかさず迫ってきた後の二人に牽制され動けなかった。

 子供と女と解っていても、その挙動は侮り難い様子だったのだ。


「ええい、子供相手に何を手間取っている・・」

「ぎゃあー、うわあー」

 叱咤する白渡の声は、配下の二人の悲鳴に替わった。後から接近してくる子供らに向かった二人が瞬時に切り倒されたのだ。

「な・なにー」

 ツトムンは、全身に冷水を浴びたように戦慄した。


非道の悪人の勘が事態を正確に悟ったのだ。

(相手は皆、恐るべき手練れだ。我々は誘い出されたのだ・・)

「ぐわあー、うむむ」

 同時に前からも標的の子供と女剣客の二人が迫って来て、応戦しようとした配下の者らが一閃もする事無く切り倒された。

 残った白渡達はその光景に声も出ない。

 あっと言う間に仲間四人が倒されて三人になり、子供ら四人に囲まれた。


「刺客は逃さぬ」

「くたばれ!」

 標的のタケイルが発した声に反応した白渡らが切り込んだ。猛然と攻めるが難なく倒された。同じ人数では全く相手にならないのだ。


(報酬がやたらに大きい意味を、もっと考えるべきだった・・)

 そう悔やんでツトムンは猛然と走って逃げた。

(刺客はまた探せば良い。今度は、飛び道具を主にしよう)

 ツトムンは剣の腕はいまいちだが、「脱兎のツトムン」と呼ばれる程逃げ足には自信があった。

自分だけなら軽く逃げ切れると信じて疑わなかった。しかし子供らに、すぐに追い抜かれ再び囲まれた。

(・・・・)

 信じられなかったが、脱兎の逃げ足が全く通じない。子供らは全員が恐るべき俊敏さを持っていたのだ。

観念したツトムンは、剣を抜いて向かっていった。


 十兵衛は、少し離れた所で成り行きを見ていた。傍には監視から戻ったシクラとソラがいる。

 刺客らの始末はあっという間に終わった。


「十兵衛さん、近づいてくる一団があります」

 シクラが告げる。

 すっかり明るくなった森の中に灰色の装束を着た一団が現れ、一人の男が進んできた。

「我らは、山の者です。刺客の始末はおまかせあれ」

 彼らは、イリキを頭とする山の密偵の一団だった。


「手間をお掛けするが、宜しく頼む」

 十兵衛は答えながら山修行を終わるときが来た。と思っていた。

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