第11話・マンス山総支配。



 イシコロゲとシュラは、海西エリアから食料調達のために主神殿に向かっていた。

小柄なイシコロゲより、十六才のシュラの方が少し背も高くなっていた。二人は、森の中を跳ぶように駆けて主神殿に向かっている。

二人は時々、交差しては手にした棒で打ち合った。移動中も修行の一環なのだ、道は使わないし常に周りの気配を探ってもいる。

 彼らを監視する者たちの一人が、少し遅れて付いてきていた。二人は、念のために背に短剣を持ってきていた。

監視者の後ろにはアランゲハらがいる筈だが、さすがに彼らは気配を消していて、感じる事が出来ない。



二人は食料を調達してから、監視の目をまいて主神殿へ裏より侵入した。

「誰だな?」

 わざと音を立てると、書見していた総支配のシャムリゴが聞いた。

「ガランゲ様の弟子・イシコロゲ」

 進み出て名乗る。

「おお、其方らか。気配も感じなかったわ。修行の成果が出ている様じゃな」

 シャムリゴが和やかに言う。


「実は、シャムリゴ様、・・・」

 委細を告げると、

「そうであったか。実はの、修行を終えて出た者に、其方らの事を嗅ぎ回る輩がおると報告があった。元より聞かれた者も大した事は知るまいがの。その後、単独で妖しげな者らが二人ほど修行に入って来ておる。今、その者らに密かに監視をつけておる。ちょっと待て」

 シャムリゴが人を呼ぶと、何かを命じた。


 すぐに、別の男が来て、うずくまった。

「奴らの行状は、どうだ?」

 男は、イシコロゲらを驚いた様に見てから、

「はい、とても修行者らしくは有りませぬな。何かを探ってウロウロしており、修行をしている所を見た事が無いと報告がありました。最近は、山に入り姿を見せぬ事が多いらしく・・」

 シャムリゴは、報告を聞いて、じっと考えていたが、

「どうやらそやつらは、偽修行者らしいな。そして、目標は其方らじゃ。きやつらが、手引きして無断で仲間を引き入れたようじゃ。覚えがあろうか?」

「はい、恐らくは刺客の集団です。今までにも何度か来た事があります」

 イシコロゲは、以前の事を正直に告げた。


「ふうむ、刺客は今のところ七名か。しかし、先にお主らに居場所を察知されているようでは、勝負は見えているな。良かろう。無断で入った者や引き入れた者は、ここに居ないも同然じゃ。お主らで始末したら良い」

 シャムリゴは、彼らに山内で刺客を始末する事の許可を与えた。

 イシコロゲらは、その言葉を頂いて、シャムリゴに頭を下げるとすっと消えた。


「イリキ、どうじゃ、あの者らと闘って勝てるか?」

 シャムリゴが、山内を監視する密偵頭に聞いた。

「剣の腕は皆が我らより遥か上です。そして警備している配下の誰にも気付かれずにここに侵入して来た。彼らは、剣達者で気配を消して動ける稀なる忍びの者たちです。我らには、どうやっても到底太刀打ち出来ぬのが道理」

 イリキは正直に告げた。


「はっはっはっは、正直じゃな。彼らは一里も離れた山際にいる刺客の人数まで感じたそうじゃ。ガランゲ様の書状では、この国の英雄になりいずれこの国を助ける者達じゃで、大切にしろ。と書いてあったわ」


「ガランゲ様が・・、では、それは真の事で?」

「そうよ。ガランゲ様の予言が当らぬ事はない。そんな彼らを相手にするのに、たかが数人・数十人では全く足りぬ。かえって刺客の方が気の毒に思えるわ。イリキ、彼らが倒した刺客の処分の手伝いをせよ」

「はっ」

イリキは配下の者を集めて、総支配の言葉を伝えた。



 主神殿から戻ってきたイシコロゲに子細を聞いた十兵衛は、

「そうか、総支配が許可を下されたか、これで手間が無くなったな。・・タケイルらはどうした?」

「武芸修行者に化けた刺客と山麓にいた刺客を探ってくると」

「ふむ、なかなか気が回るな。よし、シクラとソラはタケイルらと接触して交代せよ。武芸者は良い、放って置け。徹夜での見張りとなろう、食い物と水を持って行け」


 十兵衛が、アランゲハとタケイルに替わり、一番若い二人を行かせたのは、二人をまだ刺客との闘いに加わらせたくないからだ。闘える腕は充分にあるが、若い二人にまだ人を殺めさせたくなかった。


「はっ、」

 二人は、手早く準備して風の様に駈け去った。

「ソラはまだ十二才、人殺しにさせたくないものね」

 去って行く二人を見て、十兵衛の心を察したイシコロゲが言った。


 ソラは、突き抜ける晴天の様な明るい気性の少女で、ソラが傍に居るだけで、皆は多いに癒やされていた。そんな明るいソラの顔が、人を殺した苦悩で歪むのを見るのは、まだ早いと皆が感じていた。

 ソラは、皆にとって大事な妹だった。


「ああ、まだ早い。師匠のお心づかい、有り難し」

 ほっとした顔で、ソラの兄のシュラも呟く。

「かといって除け者にも出来ぬ。精々働かせようさ」

 十兵衛が言った。


 性格は明るいソラだったが、気性は男顔負けの激しいところがあり、思った事を口にして、思ったように行動する強さがあった。まさに自由奔放な野良猫だ。臍を曲げられたら往生するのだ。


 間も無くアランゲハとタケイルが戻ってきた。

遠くの気配を感じ取る事が出来る彼らは、近付く仲間を察知して、素早く連絡を取り合うことも出来るのだ。

「偽武芸修行者の二人は、山麓で見張る奴らと合流しました」

 アランゲハから、報告が入る。

「となると、襲撃は近いか」

「と思われますが不明です。夜になれば、シクラらが会話を聞き込んで来ましょう」

 タケイルがニコニコしながら言う。タケイルらも、若い二人に見張らせた意味を分った様だ。


「そうだな、シクラとソラは徹夜かも知れぬな。ところで、襲撃される場所だがな、ここでは後の修行者に迷惑かも知れぬで、・・・・」

 その時の行動を十兵衛が指示する。



 その夜半、寝静まったタケイル達の宿舎に、近づく影があった。足音も立てずに、風の様に近付いて戸の前に立った。

 すると、内側から戸が音も立てずに開いた。

「シクラ、入れ」

 シュラが囁く。


 既にシクラが近付いて来る事を、全員が感じていたのだ。彼らは、近付いて来るのが誰であるかも感じる事が出来るのだ。

例えば、その中で一番腕が立つタケイルなら、一番強く感じるかと言えばそうでは無い。仲間の内で、気配が一番弱いのがタケイルなのだ。

その気配も、仲間に知らせるために、わざと出しているのに過ぎない事も知っている。

人を知るのは、気配の強弱では無く、人それぞれの独特の気があるのだ。それは、そう感じるとしか言い表せない感覚だった。


「奴らは、明朝未明の襲撃を話していました」

 シクラが皆に告げる。

「よし、解った。シクラは帰って、奴らが明日出立した後を離れて付いてきてくれ。良いか、隙があっても決して手出しをしてはならぬ。気付かれたら逃げるのだ。ソラを守ってな」

 十兵衛が告げると、

「承知」

 と言って宿舎を出て、シクラは素早く暗闇の森に消えた。

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