第10話・監視する目。
十兵衛は、瞠目していた。
子供達をこの修行に連れてきたのは、大人になる前に山修行をした方が良いと思ったからだ。タケイルは十五才になる。十五才と言えば大人の入り口だ、小さい時から山で遊んだ集太成をするのに丁度良い年である。
ここでの修業は、山中での行動に慣れる事、気配を消して行動すること、鋭敏な野生の勘を身につける事を目標とした。
これらを身につける事によって、将来には危険から彼ら自身を助ける事になる筈だ。
十兵衛自身は、大人になってから修行して大変な苦労したのだ。
十兵衛の予想通りに、彼が長期間掛かって会得した基礎を子供達はあっという間に習得して実践した。
さらに大人の二人がそれにしっかりとついてきたのも驚いた。日頃から子供らと稽古をしていて、時には山中での遊びに同行していた事が実を結んだのであろう。
彼女らはそれまで剣術修行の壁に突き当たっていたのだ。
毎年、武術大会の予選は突破して本戦出場を果たすものの、その結果はぱっとしない。
彼女らの師ガランゲは、
「その壁は、自身で工夫して突破するしか無い」
と言い切り見守っているのだ。だが、子供らともっと稽古する事を勧めたのはガランゲである。
二人は、十兵衛が子供らを連れて忍術修行の山籠もりをすると聞いて、一にも二にも無く参加を願ってきた。彼女らは、直感でこの修行が自分を変えてくれると感じたのだ。
「修行中は、男装をせよ」と十兵衛は命じた。
それを聞いた彼女らは、長年伸ばしてきた自慢の黒髪を何の迷いも無く、その場で落とした。
アランゲハとイシコロゲは、その判断が間違いで無かったと、確かな手応えを感じていた。
目で見えているものだけで無く、感覚を研ぎ澄まして感じる。そして感じるままに動く。
話し好きな彼女らが、一日中、口をきかない事も珍しくなくなった。そしてそれが少しも苦痛では無かった。
口こそきかないが、目つきや手振りで話はしているのだ。それだけで、こんなにも話が出来るとは思ってもいなかった。
動物たちが、無言で統一の取れた行動をする事も今では合点がゆく。
そんな彼らが、自分たちを監視する目がある事を同時に感じた。
こんな事は、ここに来て初めてだった。
それは昼前の時刻で、森の中に集まり円座になって師の十兵衛に次の修行の指示を聞いている時だった。
「気付かない振りをしろ」
素早く十兵衛が告げた。
もとより、監視の目を感じても誰も顔を向けたりはしない、そのまま姿勢で感じ取っているのみだ。
「右手の木の上に、一人」
シュラが小声で言う。
「左手の森にも一人」
イシコロゲが言う、
「遠くのマンス山の麓に、数人の気配」
アランゲハ。
「三人だ」
タケイル。
十兵衛は、またしても瞠目した。
ここでの修行の成果で、十兵衛も察知能力が上がった。
だが、遠くに気配がある事は解るが人数までは解らない。彼らは既にその上を行っているのだ。
「他にはいないか?」
と、聞いてみる。
皆は首を微かに振って、いないと言った。
「ふむ、さっきの修行の話は止めだ。我らを監視する者はこの山の者では無い。恐らくは刺客。丁度良い、実戦稽古だ、全員始末する」
十兵衛が冷酷に宣言した。
皆は黙って頷いた。
刺客を許せば村の人に危害が及ぶ事は、前に起こった事で良く知っている。追放しただけでは彼らはけっして諦めないのだ。
そしてここの山の者は、ガランゲに対して絶対的な信奉を寄せていて、そのガランゲが寄越した我らを、密かに監視などしない。
マンス山修行場の総支配であるシャムリゴは、
「ガランゲ様は、当山始まって以来の稀代の術者です。儂もその不肖の弟子の一人じゃ」
と明言した程である。
「今日、予定していた食料調達はイシコロゲとシュラだったな」
十兵衛の問いに頷く二人。
「密かにシャムリゴ様にお目に掛かって、この事を伝えよ。総支配なら、何らかの事情を把握しているかも知れぬ。また、刺客は、我らの人数を減らすべく離れた二人を襲わぬとも限らぬ。タケイルとアランゲハは、密かに影警護をしろ」
黙って、頷いた四名を確認して、
「さて、残った我らは、いかにも人数がいる様に森で派手に遭遇戦でもしようか」
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