第5話・浜辺の闘い。


タケイルを襲って来た刺客をガランゲが倒して、翌朝まで山屋敷の木に縛り付けておいた。

その夜半、山屋敷から十兵衛の家にイシコロゲが駆け付けて来て、男が逃げたと告げた。男を縛っていた綱が刃物で断ち切られていたと言う。

(しまった。仲間がいたか・・・)

 十兵衛は、ほぞを噛んだ。

 刺客の成否を見届ける役目の者がいることは、十分に考えられたのだ。

長年の平和な暮らしで、注意力が鈍っていたと、その夜は剣を離さずに、不安な気持ちで朝を迎えた。

明け方、十兵衛の屋敷に駆け込んだ者により、不安は的中する事になった。駆け込んできたのは、シュラとソラの父親で十兵衛が文字を教えたソトミだった。


「妻と子らが浚われた! 返して欲しくければ、タケイルを連れて来いと。先生、お願げえだ。助けてくれ!」

 ソトミは一気に言って、土間に伏した。

 賊は、昨日タケイルと一緒にいた子供らを覚えていて、人質に取ったのだ。

 十兵衛は歯ぎしりした。

「解った。必ず助けよう。この事を山屋敷にすぐに伝えてくれ」

 賊は最低でも二人だ。人質を取られては身動き出来ない。そこで、別に動けるガランゲに応援を求めたのだ。

(何としても、人質を助けなければ・・)


 賊が指定した海辺に行くと、波打ち際に小舟を浮かべ、その前に後ろ手に縛られた人質の三人と、その縄を持つ敏捷そうな小柄な男がいた。

(奴が、密偵だな)

 小柄な男が刺客を雇い、結果を見届けに来た密偵だろう。

 その前に、二人の悪面をした浪人者が二人。そして、昨日山屋敷から逃げ出した刺客がいた。

 大勢の村人が、その賊どもを遠巻きにして半円に囲み、不安げに見守っている。

密偵の横に並ぶ村人の中に、ガランゲが目立たぬ様にいる事を見た十兵衛は、タケイルと共に賊に向かって歩みよった。



 約十間の間を開けて立ち止まると、相手の腕を確かめる。改めて構えを見ると、確かに刺客は中々の使い手のようだ。体も大きく力も強そうだ。

それを気当ての一撃で倒すとは、ガランゲの婆様は大したものだ。と思った。

ガランゲが剣の達人だという噂は聞いていた。現に、武術大会の常連の女剣士二人を指導しているのだ。只者ではないが、噂以上の手練れだろう。味方としては心強い。

 二人の浪人も、荒んだ生き方をしてきたと見えて、こういう場は慣れた様子で油断は出来ないと見た。

 それに引き替え、後ろの密偵は、敏捷そうだが腕はさほどでも無い。タケイルでも充分闘えるだろう。

 タケイルが闘うところを、刺客らは見ていないとすれば、背の低い子供のタケイルなどに注意を払わないだろう。だとすればそれが、こちらの付け目だ、我らが有利に事を運べるだろう。

「まず、子供らを離せ」

と十兵衛が言うと、それを聞いてしばらく睨み付けていた刺客が、

「良いだろう。離してやれ」

 後ろの密偵に命じる。

 離された子供らが、村人の方に駆け出して、ソトミが喜びの顔で迎えに出る。


「子供を離した。こんどは、タケイルを寄越せ」

 十兵衛がタケイルに無言で合図すると、ゆっくりとタケイルが賊の方向に、歩いて向かう。そして、すぐに立ち止まる。

「どうした、もっと来い」

 苛立った刺客が言う。

人質を救う手立てを、タケイルとは充分に打ち合わせをして来たのだ。

「人質と交換だ。残りの人質を前に出せ」

復讐の炎が宿った目で、刺客が十兵衛を睨んでいる。昨日、口を割らせるために、痛い思いをさせたのだ。その事を思い出していると見える。

 タケイルには剣を持たせていない。持たせてもどうせ取り上げられる。しかし、兜割と言う短い鉄の棒を、太股の裏に隠している。その小さな兜割なら、まだ非力なタケイルでも使えて、剣にも対抗出来る。

短いと言え鉄の棒だ。まともに当れば、剣も折れる強力な武器だ。タケイルは、それがあればあの密偵と充分に渡り合える筈だ。


長い無言の対峙に、焦れた浪人どもが、そろりと刺客の側まで出てくる。

 十兵衛の視界の片隅に、ガランゲが何気なく密偵に近づくのが見えた。

 刺客らは、人質を全員は渡すつもりがない事を十兵衛は見抜いていた。事が終わった後で無事脱出するまでは、手元に留めておくだろうと、だが、それではこちらが不利になる。

 何とかタケイルと交換に、人質を全員救っておきたい。


「人質を前に出せ」

刺客がしびれを切らして言い放ち、密偵が人質を前に出して数歩・歩かせた。後手に縛った縄は、長く伸ばされその端を密偵が持っている。

「同時に歩かせろ」

 十兵衛の要求に頷いた刺客が、密偵に顎をしゃくって合図する。

 同時に歩いたタケイルとシュラの母親・シトミが入れ違う位置で停止した。


「タケイル、ごめんね」

 シトミがタケイルに話し掛ける。

「大丈夫です。縄が離れたら走って戻るのです」

 さすがに顔が強張ったタケイルが、小さな声でかえした。

「もっと、来い」

「縄を離せ」

 刺客と十兵衛が言い合い、タケイルが進むと縄が離された。

「走れ、シトミ!」

 シトミが十兵衛のその声を聞き、数歩走ったがその体が止まった。

密偵が放した縄に飛びついて再び掴んだのだ。

「小僧を捕まえたぞ!」

 前にでた浪人が、タケイルの腕を掴んだ。


 その時、

「はっ」

 と短い気合が聞こえて、密偵の体が飛ばされ横に転がった。

 目立たぬ様に側まで寄っていたガランゲの気当てが、横手から密偵を襲ったのだ。

 再び縄が放されたシトミの体がよろめいて、走ると十兵衛に感謝の顔を見せながら脇を駆け抜けていった。


「許さぬ」

 手槍を構える十兵衛

「ガキは奴に渡せ。まずこいつを始末するのだ」

 刺客に命じられた浪人は、タケイルを後ろの密偵に渡す。密偵はタケイルの首に剣を当てて、横のガランゲを警戒しながら後ろに引っぱって行く

 浪人が左右から十兵衛をはさみ、正面の刺客が剛剣を抜いて油断なく構える。


「手向かいしたら、子供を殺すぞ」

 と、後ろから密偵が言う。

「出来るものなら、やってみろ」

 十兵衛には、タケイルに余裕があるのを見てとっていた。

「なにい!」

 十兵衛の言葉を聞いて、密偵がタケイルに剣を刺そうとした。


その時、密偵の頭を飛んで来たガランゲの杖が襲った。

「ぎゃあー」

大きな悲鳴がした。密偵の放った悲鳴だ。

ガランゲの投げた杖が当たり、つんのめる剣を持った密偵の右手をタケイルが取り出した兜割で叩いたのだ。

刺客と浪人が振り向いて見たのは、剣を取り落とし、右腕を抱いて蹲る密偵の姿だ。

タケイルの兜割に打たれた指の骨は、砕けているだろう。


「何をやっている。役立たずめ!」

 その状況を見て、刺客が吐き捨てた。

「まずはこいつだ。昨日の恨みを晴らしてくれるわ! やれー」

 左右の浪人が、十兵衛に向かって同時に仕掛けてきた。



 タケイルは父の闘いを見ていた。

 それは、一瞬の事だった。

左右から同時に浪人が襲いかかった。それを父は、まだ間合いには遠いにも関わらずに、下段から手槍を左右に振り上げた。

 すると、下から突風が吹き上がり、浪人を左右に吹き飛ばした。同時に踏み込んだ父が、刺客の首筋を跳ね切ると、腰の短剣を投げ撃った。

「ぐええー」

 短剣は、蹲った密偵の首を刺し貫いていた。吹き飛ばされただけに見えた浪人も、既に息絶えていた。

タケイルがはじめて見る父の技だった。

後にあれは「逆風の剣」という剣の奥義だと知る事になる。

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