第4話・刺客が来る。


タケイルは、物心ついたときから剣を持ち、その稽古を日々の日課としていた。

いつもは優しい父の十兵衛だが、稽古に手を抜く事は決して許されなかった。タケイルも稽古は大好きで、稽古が終わってもなかなか木剣を手放さないような子供だった。


タケイル・十才になった今年から、さらに武術の修行は厳しくなって、

朝・明け切らぬ内から、野天の道場に立ち、朝飯前の三時間は大汗を掻いた。

そのあと朝食を取ると、十兵衛の生活の糧の習い事が午前・午後と開かれ、村の大人や子供が通ってくる。午後には、村人らの武術稽古が開かれる。

この午後の時間にタケイルら子供たちは、裏山に入って、山中で遊びながら稽古をする時間だった。

山中は、急斜面や崖があり、木の上や岩陰や洞穴を利用して、遊び、棒を振って稽古することは、子供達の大好きな事だった。

また、山にいる動物や草花の事を知り、薬や毒の利用の仕方など様々な事を、大きな子から小さな子に教える貴重な体験の場だった。

何故か山では、新しいこともすぐに覚えて、時には大人たちから聞いた知恵を披露して、実験して共有した。


タケイルが、いつも一緒に山に入る仲間は、決まっていた。

一つ年上で、大柄の力持ちで、愉快で陽気なアクロス。

同じく一つ年上で、常に冷静沈着な行動をするシュラ。

一つ下で小柄ですばしっこいシクラ。

シュラの妹で三つ下のソラ。の四人だ。

タケイルは、この山の麓で十兵衛と共に住み、アクロスの家は漁師なので町から少し先の湊、シクラは商人で町の中、シュラとソラは農家の子で、西の平野の農村集落に住んでいた。何故か気が合うこの五人は、決して家が近い訳では無いのに、いつも一緒に遊んでいた。

どの子も、十兵衛の家に文字を習いに来てから知り合い、仲良しになったのだ。


実は、山での遊びを教えたのは十兵衛である。最初の内は、十兵衛も一緒に山に入って、遊び方や断崖の進み方、食べられる草木の見分け方などを教え、自然の地形を利用して稽古する事を勧めたのだ。今でもたまに来て、色々なことを教える。子供らが少し大きくなった最近は、時々山の隠れ家に泊まって過ごすことも勧めた。


「野外で暮らすことは、大事な事なのだ。たった一晩で多くの事を学べる可能性がある」

と、子供らの両親を口説いたのも、十兵衛なのだ。子供らの両親は、十兵衛を信頼しており、異を唱えることは無かった。


山から帰ってきてから、夕食前や就寝前のひとときが、タケイルの一人稽古の時間だった。

十兵衛は、剣だけで無く、槍・手槍・弓・手裏剣・忍術・柔術と武芸百般の達人だった。その為に、タケイルには学ぶ事が多すぎて、一人でじっくりと稽古出来るこの夕刻のひとときは、大切な時間だった。


「タケイル様、夕ご飯の時間ですよ」

 家の仕事をしてくれて、今ではすっかり母親代わりのモミジが声を掛けてくる。

「はい、すぐ行きます」

 タケイルは、井戸で汗を流して食卓に行く。

 十兵衛はモミジに、タケイルの事を様付けで呼ばせた。自身は十兵衛さんと呼ばれていて、モミジさんと呼んでいる。

タケイルは、どうして自分だけ様づけで呼ばれるのか、解らなかったが、気が付けばすっかりそう定着していたのだ。

ここに来る大人や子供も、十兵衛のことを「師匠」だの「先生」や「十兵衛どの」と呼んでいたが、遊び仲間の子供らは、モミジの口が移って、師匠である十兵衛を「十兵衛さん」と気安く呼んでいた。


 ある日の夕刻。

いつもの様に、子供らで山に入り遊んだ帰りの事だった。子供らの帰り道の村外れに、異様な雰囲気を発する旅の男の姿があった。

 汚れた灰色のマントは裾が所々切れて、それが風に羽ばたくように翻っている。腰には身の厚い剛剣を無造作に差して、足下は皮の靴と脚絆で固めている。脛・腕・肩は鉄を巻いて、額は大きな鉢金で防御している。

その姿は戦場から帰ってきたような格好だった。その異様な姿も目に付くが、何よりもその顔の表情から、残虐で冷酷な、薄気味悪さが滲み出て、決して目を合わせたくない男であった。


男は、先頭で駆け下りてきたソラとシクラ・シュラの前に男が立ち塞がった。子供らは、その男の薄気味悪い表情を見て、立ちすくんだ。


「誰が、タケイルと言う子供だ?」

と、男が不気味な声で聞いて来た。子供達は恐怖に駆られて、男を無言で見つめた。決してこの男に本当の事を教えてはならない、と子供らなりに感じたのだ。


「儂が聞いているのだ。何とか言え」

 ドスのきいた低い声で、男が返事を促す。

「何の用だ。お前は誰だ」

 一番年上のシュラが、ようやく声を出した。

「お前がタケイルか?」

 男は、光る目でシュラをねめ回す。その時、怯えたソラが後から来ているタケイルとアクロスの方を見た。

「あいつらか・」

 ソラの目線を見逃さなかった男が、降りてくるタケイルたちに向けて走った。


「タケイル! 逃げろ!」

 男の圧迫から逃れたシュラが大声で叫ぶ。

降りてきながらシュラらに立ち塞がった男の事を、見ていたタケイルがシュラの声に反応して来た道を走り上がって逃げる。アクロスは男の前に棒を持って立ち塞がる。

「邪魔だ、どけ小僧」

 男は走り寄りながら抜いた剣で、アクロスを切りつける。男の剣はアクロスが受けた棒を切断して左手を切った。アクロスは切られた腕を押さえて転がった。

「アクロス!!」シュラが悲鳴を上げた。

 タケイルはシュラのその声で残ったアクロスの身に何かあったと感じ、振り向いて転がるアクロスを見る。

そこで剣を持って立つ男と眼が合い、再び背を向けて逃げた。

男は、転がったアクロスを見もせずに剣を持ったまま再び坂を走り上がってタケイルを追った。だが、山遊びで鍛えられたタケイルの足は、男にひけを取らずに、間は縮まらない。

 山屋敷に逃げ込んだタケイルを、イシコロゲとアランゲハが剣を抜いて庇う。二人はシュラの叫ぶ声でアクロスを切りつけてタケイルを追う男の姿を山屋敷から見ていたのだ。


「邪魔立てする者は切る。どけ」

 タケイルを追って山屋敷の庭に走り込んで来た男が、二人と対峙するや激しく斬り掛かる。

 しかし、さすがに武術大会の猛者二人だ。男は簡単に突破できずに二人を相手に苦戦している。

 だが、鋭く返した男の剛剣の勢いに剣を弾かれバランスを崩したアランゲハが男に左手を切られた。


「アランゲハ!」

それを見て、心配して叫んだタケイルの声に、

「浅手だ、大事ない」

と、流れる血に怯まず男に向かうアランゲハ。

が、それをきっかけに徐々に二人は押されはじめて、タケイルも棒を持って加勢に加わろうとした。


その時、

「誰じゃ、我が屋敷に入り込んで、闘争に及ぶ者は!」

屋敷の主・ガランゲの問い詰める声がした。

「師匠、この男が子供らを切りつけ、タケイルを追って来ました」

イシコロゲが告げる。

「そなたは何者じゃ!」

「うるせい。くそ婆」

寄ってくるガランゲに、男は容赦の無い振り降ろしの一撃を浴びせた。

その迷いの無い無慈悲な一撃にタケイルは震撼した。しかし、ガランゲは恐れることも無く踏み込んで、杖でその剣を刷り上げると、

「ハッ」

 と短い気合いを出して、手の平を突き出した。

すると、男の体が吹っ飛んで、立ち木に打ち付けられて悶絶した。


「手足を縛って、その木に縛り付けておけ」

 とガランゲは弟子達に言うと、様子を見に上がって来た子供らに近寄り、切りつけられたアクロスの腕に手拭いを巻き、血止めをした。

 タケイルは、初めて見たガランゲの力に、驚愕していた。

「あれは、何という技ですか?」

 ガランゲに聞いた。

「何、あれは気当てじゃ。剣の技とは違う。そなたの父上もあれぐらいは使えよう」

 とタケイルに教えたガランゲは、少し考えるようにすると、

「タケイルは念の為にここに残れ。お前らは帰ってタケイルの父上にこの事を告げよ」

 と、タケイルに残ることを命じて、子供らを帰した。


タケイルの父の猪俣十兵衛が上がって来たのは、それから間もなくの事だった。

猪俣は目でタケイルの無事を確かめると、アランゲハの怪我を気遣い、イシコロゲに頭を下げて感謝の声を掛けて、ガランゲの前に腰を降ろして、丁重に礼を言った。

「猪俣どの、あやつはタケイルを名指しで狙い襲ってきた。何か心当たりがあろうか?」

 ガランゲの問いに、頷いた十兵衛は、

「いささか」

 とだけ言った。


「なら、あやつの始末はお主にまかす。問うてみるか?」

 ガランゲは十兵衛に、捕らえた男の口を割らせるかと聞いたのだ。

「ならば、恐らくは口を割るまいと思いますが・・」

 猪俣は半時間ほど、男の所へ行って口を割らせようとしたようだが、

「やはり、何も話しませぬ。ですが、刺客の依頼先は知れています。明日にでも役人に引き渡したいと思いますが、それまであのまま置いて頂けまいか」

 その請いをガランゲが受け入れて、一旦事態は収まりかけた様にみえたが、そうは行かなかった。


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