第3話・流れ者の父子。
タケイル達が暮らしているこの国は、大きな大陸の中にある国の一つで、海の国と呼ばれている。
海の国は、西を海に接して長い海岸線を持つ。その海を利用した交易の盛んな国で、国の経済の約半分が交易のもたらす莫大な利益で成り立っている豊かな国である。
交易を行なう大きな湊は、北からソノド、スレダ、ザルタの三湊だ。
そこには内陸部で生産した穀物や輸入してきた材料が集積されて、各地に往来する船や荷車でいつも賑やかだった。
三つの湊の中でも南に位置するザルタ湊が最も大きな湊でそこでもたらせられる富は他を圧倒している。 ザルタ湊の北側に隣接するこの国一番の都市ザルタは、海の国の国府が置かれている王都で、町を一望する高台に純白のザルタ城がその雄姿を輝かせていた。
一方ザルタ湊の南側には、海道(うみみち)と呼ばれる街道がそのまま海岸線と平行して進み、南の国境の町・カマハの方向に延びている。
賑やかな王都を離れて海道を進むと、街道沿いは落ち着きを取り戻して、漁師や商人・農民たちが暮らす小さな集落が並んでいる。
その一番の奥の村が、タケイルたちの暮らすデルリ村である。
デルリ村は、半漁半農の村で、農民は南の田畑一帯を耕し、漁師は湾や外海で取れた海産物を加工して暮らしを立てている。
デルリ村の端、背後のウイス山の中麓に、タケイルと父・猪俣十兵衛の二人が暮らす家があった。 猪俣十兵衛はこの家に引っ越ししてから、村の子供たちや大人に読み書きと算用を、また剣や柔術をも指南して暮らしを立てていた。
猪俣十兵衛は、この村の者では無い。
十年に足らない以前に、幼児を連れてこの村に現われてそのまま居着いてしまった流れ者だ。その幼児がタケイルである。
十兵衛は始め村外れのあばら屋に住み、赤ん坊だったタケイルにもらい乳をしながら、おのれは力仕事を厭わずに働いて育てていた。
当初村人は流れ者の親子をうさんくさい目で見ていたが、その内に陰日向無く真面目に働く十兵衛に好感を持って、何くれなく面倒を見るようになった。
この親子の顔は似ていなかった。
猪俣十兵衛は、平たい顔に剣客らしいずっしりとした腰つきの中背の男である。その子タケイルは、面長の顔に女の子の様な切れ長の眼が深い碧色で、女の子のような稀に見る美しい顔立ちをしていた。だが村人は、あの子は母親似だろうと別に気に留めることは無かった。
ガランゲが聞き知った猪俣十兵衛の噂とは、三年前に村に起こった悲惨な事件の時の事だ。
流れ者の盗賊団が白昼大胆にも村を襲い暴れていた。食料や金目の物を奪い、女を捕まえて陵辱していた。デルリ村は漁師が多い村だ。気の荒い漁師たちは、それぞれに得物を持って盗賊団に対抗した。
しかし盗賊団は戦慣れした雇兵の集団と見えて、漁師の攻撃を巧みにかわして反撃して、数人の漁師が殺されて無残にも見せしめに道に放置された。
そうなると村人は、恐怖におののき為す術も無くただふるえていた。王都の役人に知らせに走ろうにも、村の出口には盗賊の見張りがいてそれが出来なかった。
こうなると、ただの村人には手も足も出ない、盗賊が村に飽きて通り過ぎるのをひたすら待つしかなかったのだ。ここは、王都近くの街道沿いの村だ。そう幾日も盗賊団が居着くわけにはいかないだろう。今すこしの辛抱だと我慢をした。
だがその数日の内に、村にどれほどの被害が出るのかは予想もつかなかった。
そこへ、たまたま通り掛かった流れ者の猪俣十兵衛が、盗賊団と遭遇した。だが彼は凶暴な盗賊団を意にも介していないようだった。
恐ろしげな風貌の盗賊は十二人もいた。
それを猪俣は持っていた杖一本で二人・三人と打ち倒して武器を奪うと、剣も槍も鮮やかに使い戦慣れした盗賊を次々と倒してゆくのを、村人は驚きの目で見つめていた。
そして生き残り縛り上げられた盗賊は、王都から駆けつけた役人に連行され、十兵衛には国から褒美が出たのだ。
その事があってから、それまで日雇いの力仕事をしながら親子二人でひっそりと暮らしていた猪俣家の生活が大きく向上した。
村人は十兵衛に感謝して下にも置かぬもてなしをした。
住む家も広く見晴らしが良い家を村から斡旋された。今の家がそれだ。そこで十兵衛は、村人に読み書きや簡単な算用を教えるようになったのだ。十兵衛は武術だけでは無く、一通り以上の教養を身につけていたのだ。
十兵衛の教え方が良かったのか、学びに来る者は日毎に増えていった。
それだけでは無い。
十兵衛のすご腕が知り渡って、村人の中から剣や体術を学ぶ者も増えて、彼らが持ってくる物で充分・生活がなり立つようになった。十兵衛はもう日雇いの力仕事に出る必要は無くなったのだ。
さらに、その事件の時に亡くなった漁師の妻が家の仕事をしてくれるようになると食事の内容も豊かになった。これにも、タケイルと十兵衛も大いに喜んだ。
実は十兵衛は、食事の支度はあまり得意ではなかったのだ。いや、苦手と言って良かった。
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