第17話 破壊の帝王ルナ!
「ルークスとアリサから連絡があったけど、どちらにいくの?」
ミアが訊ねてくる。
わしはその声に頷いてみせる。
「わしはアリサと出会いにいくぞい」
「分かったの。今からむこうにいくの」
「分かっておる。わし一人でもいけるのじゃ」
西の国にあると言われているアリサの土地。そこにはわしの知らない料理や素材がある。これも日本食のため。できれば米があるといいのじゃが……。
表に待っている
幌馬車は荷物と一緒に客を運ぶのが仕事だ。北方での戦闘のさいにも利用された。一緒に物資も輸送するので、客がいなくても儲かるシステムになっている。
何日もかかるので、食糧と水を持っていかなくてはいけない。
「干した魚でももっていくかのう」
「それだけで大丈夫? 干し肉は持っていかない?」
「それも持っていくのう」
母は心配そうに干し肉を手渡す。
「それでいいんだな。友を大事にするんだぞ」
父が真っ直ぐな瞳で言う。
「分かっておる。アリサはいい人じゃ。わしの助けになってくれた恩人でもある」
「なら、なおさらだな」
父が笑みを向けて、幌馬車は走り出す。
「醤油とみりん、漬物は任せたのじゃー」
「ああ。大丈夫だ!」
母の代わりに父が応える。
大丈夫じゃ、すべてのノウハウは教えてあるはずじゃ。
「こんなおちびちゃんが、一緒で大丈夫かよ」
隣に座っていた憲兵がゲラゲラと笑う。それにつられて正面とその隣に座っていた憲兵もニタニタと笑う。
「言っておれ」
わしは気にもとめずに前を向く。
二時間も走ると太陽が天辺に昇る。
昼休みだ。馬も休めないとこれ以上は走れなくなる。
馬を止め、原っぱで休憩をとる。みんな狭い幌馬車に乗り込むよりも、外で昼飯にするのが好きみたいじゃ。
まあ、むさ苦しい幌の中よりも外の開放的な方が食も進むというもの。
わしはひとり、漬物とパンにかじりつく。
「なんだ。珍しいものを食べているじゃないか。新鮮な野菜かぁ?」
憲兵のひとり。先ほど、からかってきた奴じゃ。わしはあいいった手合いは好かん。
「漬物じゃ。うまいぞ」
「ツケモノ? 聞いたことがない料理だな。何の手も加えたようすがないがな」
キュウリと白菜の漬物を見て、そう呟く憲兵。
「いいから。そんな奴放っておいて飯にしようぜ!」
他の憲兵が叫ぶ。
「それもそうだな」
納得した憲兵は去っていく。
わしはひとり、パンをかじる。保存のためか、固めにできたパンは水分を奪っていく。ひょうたんに入った水がなければとても食べられたものではない。
食事を終え、十分な休憩をとると、再び幌馬車は走り出す。
幌の中では男臭い汗のにおいが漂う。ケアをしておらんのか、と怒ったところでこの時代には関係ないじゃろう。
走らせること五時間。
日も落ちよう頃合いに、御者が異変に気づき、馬車を止める。
「どうした?」
「い、いえ。馬がいなないております。空気がピリピリします」
モンスターの泣き声が辺りに響き渡る。動物ではない。自分の居場所を知らせるような行動をとるのは動物ではなく、モンスターのすること。
「なるほどのう」
「なにがなるほどだ。ただの小娘になにがわかる!」
「痴れ者よう」
「し、しれ……?」
いきなりの暴言に言葉を失う憲兵。
わしはいち早く幌を降り、周囲の気配を巡らせる。
がさっと茂みが揺れる。そこめがけて、石を投擲する。
獣の声が響く。
「やはりモンスターじゃな」
こちらに飛びかかってくるモンスター。わしは身体を丸めて一撃をかわす。
「お、おい。あれはワイルド・ウルフじゃないか?」
憲兵のひとりが顔をしかめる。
ワイルド・ウルフ。
頭に一本の角を生やした狼。その体躯は通常の狼の二回りは大きい。
赤い双眸がギラギラと輝く。
ぐるるるぅ……と鳴くワイルド・ウルフ。
「憲兵どの。こいつはやっつけて良いのじゃな?」
「い、いや。小娘には無理だ。今、おれらが討伐してやる。待っていろ」
声を震わせてそう叫ぶ憲兵。他の憲兵も足がガクガクと震えて、とてもじゃないが、戦えるような気がしない。
「わしがいく」
手に石をつかみ、ワイルド・ウルフめがけて突進していく。
鋭利な角が斬りかかるが、素手で角を抑え込むと、その胴体を石で殴りつける。
そのまま、横倒しになったワイルド・ウルフ。その身体に飛びかかり、横っ腹に石を叩き込む。
何度も叩いているうちに石が砕け、モンスターの腹が砕ける。
と、モンスターが黒い霧となり、消えていく。
モンスターと動物の違いは遺体を消すか、残すか。モンスターは死体を残さずに消えていく。動物は遺体を残すので食肉などに重宝される。
「や、やったのか?」
「それはフラグじゃい」
「し、しかしひとりの少女がこんなに強いなんて……」
驚きで言葉を失う憲兵。
「いや、おれが間違っていた。この少女は強い」
手のひらを返すようにしゃべる憲兵たち。
幌馬車に乗り込むと御者が感謝し、憲兵たちが尊敬の眼差しを向けてくる。
この時代、この世界。力のある者が尊敬されるのだ。モンスターも、魔物、魔族も、すべては力で解決してきた。だから力が必要とされるのだ。
夕方になり、山に入る前に幌馬車を止める。
「今日はここまでじゃ。明日の朝にはまた出発するからのう」
御者がそう言うと、憲兵たちは枯れ木を集め出す。
「わしは火をおこしをするのじゃ」
火打ち石と打ちがねを持ち出し、枯れ草に火をつける。その上に枯れ木を重ねていく。
わしは日干しにした魚と干し肉、それにフライパンで水を沸騰させる。
葉っぱでくるんだ漬物を取り出し、夕食にする。
「ほれ。御者さんも」
わしはスープに干し肉を放り込み、ぐつぐつと煮る。その間にふやかしたパンと漬物をふるまう。
「これでも料理店を営んでおるんじゃ。よくしてくれよう」
「ルナさんのお店ですか……?」
「そうじゃ。日本食を提供しておる」
「あの有名な!」
御者さんが目を丸くすると、憲兵が声色を変える。
「そんなに有名なのですか?」
「そうだ。なんでも帝国初の国営レストランとやらで話題性は高いぞ」
さすが御者さん。
「そして、その店主こそ、〝破壊の帝王ルナ〟様じゃ」
え。いつの間に、そんなあだ名がついていたのかのう。
「強盗をなぎ払い、戦果では二重字勲章をかさらったと言われる、あの……?」
目を細め、感嘆のため息をもらす憲兵たち。
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