第18話 ご神体と燻製!

「うまいぞ。これ」

 御者さんが漬物に舌鼓を打っていると、他の憲兵もこぞって漬物に目を輝かせる。

 みんなが食べ始めると、すぐになくなってしまう。

「うまい。もっとツケモノを~!」

 そう言ってゾンビみたいに漬物を欲しがる憲兵。

「つっけもの。つっけもの」

 なんかの祭りみたいに声をあげて漬物の周りをはしゃいで盆踊りをしている。

 なんだこれ。

 わしは103歳にして、漬物というご神体に感謝をささげているのを初めてみた。というか、ご神体なのじゃろうか。わしは分からずに頭を抱えてしまう。

「ツケモノは他にないのか!?」

「ええっと。じゃあ、わしのとっておき沢庵たくあんはどうじゃ?」

 わしは懐から沢庵を取り出すとナイフで切ってひとりひとりに差しだす。

「なんだ? この黄色い食べ物……」

「食えるのか?」

「さぁ……?」

 異色の食べ物に戸惑い空気が広がる。

「食べてみるじゃ」

 そう言って、わしは一口かじる。

 それを見た憲兵たちは自分たちもゴクリと喉を鳴らし口にする。

 パリパリといった食感と、塩気が口の中に広がっている。

「う、うまい!!」

 憲兵のひとりがそのうまさにおののく。

「たっくあん。たっくあん!」

 先ほどのようにご神体になる沢庵。

「沢庵もご神体になるのじゃ……」

 昔はものにも神が宿るとされていたが、これもご神体になるなのじゃ。

「ご神体といえば、これから向かうエイベル村には魚のご神体がいるとか」

「魚の……?」

「なんでも食べると永遠の命を手にするとかで、かなり怪しい噂ですが」

 魚で、永遠の命と言えば人魚のことかえ?

「不思議な伝承もあるのじゃな」

「ええ。ホントに不思議なものです。あなたのような方とお会いできるとは」

「ほへ。わし?」

「ええそうです」

 言葉をつむぐのをためらうがやがて口を開く。

「噂では前世の記憶を持っているとか」

「普通じゃないかえ?」

「ええ。普通は忘れてしまうものです。神の力によって」

 神。

 セクメトのことじゃな。

「それはどうやって確かめたのじゃ?」

「それは分かりません。ただ伝承として言い伝えられているという話です」

「そんな嘘みたいな話があるかえ?」

「さあ。でも、現実です」

 面白いことを言うやつじゃな。

「名前を何と言う?」

「失礼しました。ヒースと言います」

 昨日からやけに絡んでくるのはヒースと言ったか。まあよい。


※※※


 次の日の朝。目的地である、エイベル村にたどり着く。

「ここにアリサがいるのじゃな。はやく会いたいのう」

 戦場ではあまり話もできなかったが、このわしを気にとめておいてくれるなんて、ありがたやー。

「よく来たな。ここがエイベル村だ」

 門番をしていた男が声をかけてくれる。

「ここの名産はなんぞい?」

「よく来たな。ここがエイベル村だ」

 同じことを繰り返す門番。なんのためにいるんじゃ?

「名産ならブドウがありますよ。ルナ様」

「うむ。そうかのう」

 いつの間にか呼びになっているのには気にしてはいけまい。

「ブドウ酒も有名ですよ。ルナ様」

 ヒースが敬語でしゃべるのに違和感を覚えつつ、こくりと頷く。

「なるほどなー」

 土産にブドウ酒でも買ってかえるかのう。

「それにここには〝あまの水〟の産地でもあるんですよ」

「天の水。なんじゃそりゃ」

「性転換できる水です。飲むと男なら女に、女なら男に変わる不思議な水です」

「なるほど。面白そうじゃ」

 村の中に入ると湖畔が見えてくる。その手前に家屋がつらなっており、湖畔にはいくつもの木造の漁船がとめてあり、漁業が盛んなことを明白に伝えている。漁業用の網やウキが乱雑に置いてある。

「よく来たわね。アリサよ。久しぶり」

「おお。元気しとったか?」

「元気も元気! ルナさんは?」

「元気じゃろうて。しかし、この土地の名産はブドウなのかえ?」

 辺り一面にブドウ畑が広がっている。

「そうなのよ。でもブドウだけじゃないよ。魚も有名なのよ」

 そう言ってとってきたばかりの魚を見せびらかすアリサ。

「ほう。生きが良いのう」

 まだピチピチを跳ねる魚を見て、呟く。

「あまり驚かないんだね。でもルナさんのいた街でも魚は有名だったけ」

「そうじゃ。有名すぎてこんなものを作ったわい」

 わしは背嚢から干し魚を取り出し見せびらかす。

「え。これ食べられるの?」

「もちのろんじゃ。火であぶればおいしいこと間違いなしじゃ」

「へぇ~。面白いことを考えるのね」

「どうじゃ。わしのノウハウを学びたいかえ?」

「そうね。学んだら、こちらでもおいしい魚が食べられるかもしれないわね」

「そうと決まれば早いところ教えるかのう」

 わしはるんるん気分でアリサにノウハウを教えるのじゃった。といっても塩をふり、天日干しにするだけなのじゃが。

「あー。このへんじゃ無理かものう」

「どうして? 日光が少ないから?」

「それもあるが湖畔により、湿度が高すぎるのじゃ。これじゃカラカラにならずに腐ってしまうのう」

 湿度を考えるのを忘れておったわい。あぶないところじゃった。

「えー。ショックなのよ」

「その代わりに、部屋の中で燻製にするのじゃ」

 アイデアがひらめいたように、ポンッと手のひらを叩くわし。

「燻製? なにそれおいしいのよ?」

「うまいぞい。わしが前にいたところじゃ、うまさ百倍といったところか」

「えー。なにそれ」

 クスクスと笑うアリサ。

「まずはチップになる木材を集めるのじゃ」

 幸いにも森の中にある湖畔、その一カ所に集落がある形なので、周りには樹木がたくさん生えている。家屋も木材建築だ。

 樹木を切り落とすと、そのチップに火をつけ、煙で魚をいぶす。上には魚をつるすための棒、下にはチップをいれる空間と、中段には油を受け止めるお皿を用意する。

「これであと数時間から一日おいておくのじゃ」

「これでおいしくできるのかしら?」

 疑問を浮かべるアリサに対してわしは大丈夫と頷く。

「しかし、まあ。来ていきなり仕事をするとは思わなかったぞい」

「ごめんなさい。でも、仕事をし始めたのはルナさんですよ」

「そうだったかえ?」

 ハハハと笑うわしら。

「アリサさん。おれらのこと忘れてません?」

 ヒースが悲しげに目を伏せる。

「ああ。そういえばいたかのう」

「ひどいっすよ!」

 一緒にのってきた憲兵のひとりが叫ぶ。

 存在感が薄いのでしょうがない。

 しかし、憲兵を派遣しているということは近々戦闘がある、ということだろうか。

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