黒い髪と黒い糸
プラス×プラスはプラス。わかる。プラス×マイナスはマイナス。うーん、なんとなく。マイナス×マイナスはプラス。わからん。分からないがどこかの立派な頭を持っている学者がうまいこと証明したから教科書にも載っている。ルールは知っているがそのルールができる過程は俺みたいな凡人未満高校生には理解できない。だからその過程は省かれてルールそのものが身に着くようになっている。なぜこんなことを考えているのか、目の前の女の小指の糸が真っ黒なことと関係があるような気がしたのだが冷静になってみれば俺は糸のことをルールの過程もルールすら経験で得た最低限のことしか知らない。
「これで四人そろったね」
「
「ああ。
「……え?」
なぜ糸がこんなにも黒い。ましてや自身に絡まっているのだ。
「って、なんで私が無理やり連れてきたと思ってんの! ちゃんと有佳ちゃんと話して入りたいっていう流れだったからってだけだから」
無理やり連れてこられたから糸がこんなことになっている訳ではないか。そもそもそんなことで黒くなり自分に絡まるなんてことは経験上ない。つまりそれとは別になにかしら人間関係に問題があるということになる。
「じゃあ、これで四人そろったから私はもう一回高田先生のところ行ってくるね。あ、今日部員で集まることはないと思うから帰っても大丈夫だよ」
そう言い走り廊下を走っていく望来の背中をゆっくり見つめている暇はなかった。
「帰る」
「お、おい」
銀麻が振り返ることはない。
「……」
どうすればいいんだよ。なんで初対面で廊下に二人取り残されるんだよ。だがこの黒い糸、この場で余計にストレスを与えるわけにはいかない。
「一色、だっけ。なんで新しい部活に入ろうと思ったんだ?」
「私ですか? ええっと、とくに理由はないんですけど……合いそうな部活がなかったから……」
今からあなたが入ろうとしている部活もたぶん合わないと思いますが……。
「そうか。まあ、部活入んなくちゃいけない空気あるし変な運動部とか入ると疲れるしな」
「そうですよね。魅上さんはなんで入部しようと思ったんですか?」
「え、俺は……なんでだっけな。まあ前向きな理由でないことは確かだな」
「なんですか、それ」
初めて一色の表情が柔らかくなった。少しだけ笑顔が見えたが絡まった黒い糸が姿を変えることはない。
「じゃあ、俺らも帰るか」
「はい……」
さて、どうする。直観的にこの黒い糸を正常に戻さなくてはマズイことが起こることは確実だ。原因がこれまでの蓄積か、爆発的な出来事かは知らないがこうやって嫌でも糸が見えている以上放っておくことはできない。
「最近は結構温かくなってきたな」
「そうですね……」
「授業も意外と難しいな」
「はい……」
「季節の変わり目は風邪とかひきやすいからな」
「はい……」
コミュ障発揮してしまった……。望来は積極的に話しかけてくれるタイプだったからこれまで人と関わってこなかった俺でもなんとかなっていたが一色はおとなしい性格だから難しい。ただ俺の話の振り方が下手すぎるだけなのだが。どうする。こんな続かない会話をしていては一色の糸の色が悪化してしまう可能性が濃厚だ。どう話を振……
「私、電車なので道あっちです。ありがとうございました」
「すまん、俺も今日そっちに用事があるんだった」
「そ、そうなんですか」
「ああ」
このまま帰ることが一番楽な選択肢だったはずだ。だが目に映るその黒い糸がここで帰ってはいけないと訴えている……ような気がした。
「そういえば俺たちの部活って生徒会の相談窓口っていうのをそのまま変える感じだろ? 相談窓口ってどんなことするんだろうな」
「先生から聞いたんですけど生徒が先生じゃなくて生徒に相談するのを希望する場合があるらしいですよ。生徒同士のほうが素直に話せるって……」
「まあ確かに教師に相談しにくいこともあるか。一色はそういう悩みはあったりするのか?」
「……。そうですね……」
「いや、無理に言わなくてもいい。けど、言いたくなったらいつでも言ってくれ。あれだ、部活の部員が悩んでたらこっちもなんか嫌だろ? だから、いつでも言っていいぞ。別に俺が嫌だったら望来とか相談しやすい人にでもいい」
一色は目元から笑顔を見せる。
「魅上さんはやさしい人ですね」
「俺で優しかったら国民の大半が優しいの部類になるぞ。それに優しいと思って接されると俺のひねくれてる部分を出しにくくなる。ゴミだと思って接してくれ」
「全然ひねくれてる部分もだしてもらって大丈夫です。そっちの方がいいかもしれません」
彼女の表情に嘘はない。
「ここまで来てもらってありがとうございました」
「ああ」
「さっきの……言いたくなったら言いますね」
駅へ向かう人に紛れて見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。
糸 ”それ”が見えたら、始まり。 くわばらクワバラ @kuwabarakuwabara
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