03.金髪女子高生の本心が読めない
高校生の春、それは「青春」。古い自分を変えることができるが中途半端にそいつを生かしておくことは危険だ。放置していればそいつは毒となり新しい自分を侵し始める。昔の自分にとどめを刺すことができなければ「青春」という文字は崩れ落ちる。
俺はとどめを刺す、そんな覚悟は持ち合わせてはいない。ならばどうする。変わらなければいいだけさ。無理に自分が変わる必要なんてない。これまで通り、誰とも関わりなく高校生としての必要最低限の会話だけをして生活していればいい。そのはずだ。だが現実は理屈通りにいかないことのほうが多いらしい。
「魅上みかみくんは中学のとき部活とかやってたの?」
「いや別に。望来もうらいは?」
「私も生徒会やってたから部活は入ってなかったなー。けど部活もやってみたかったんだよね。魅上くんは高校で部活どこかに入る予定とかってある?」
「ない。協調性が皆無だから部活なんてできる気がしない」
開けた扉から吹く春風に揺られる望来の長い金色の髪は心地のいい香りを辺りに漂わせる。心配だ、今の俺、気持ち悪い顔していないか?
「そんなことないよ。だって部活って言っても野球とかサッカーみたいに連携が大切なのだけじゃないじゃん? 文科系の部活は特に」
「技術面とかそういうのじゃなくてもだ。部活での人間関係とかうまくやれる気が全くしない。まあ、望来は人付き合いうまそうだし、人間関係の悩み人よりはなさそうだよな」
様子見だ。王手とは程遠いほんの少し、人間関係について聞こう。持っているモップを動かす手を止めることなくさりげなく話を振る。
「うーん、確かにこんな感じだから悩むことは少ないけど……人並にはあると思うけどなぁ。人付き合いで悩むってよりは勉強で悩む方が多かったかなー」
会話の流れが変わることはない。ごく自然な返し。これじゃあ何もわからない。今の言葉を文章化し隅から隅まで不自然なところはないか、いやそれだけではダメだ。今のところの表情が少しでも変化していなかったか? どこか不自然な動きをしているところがあればそれを見つけ糸が真っ白い理由を突き止めることができるはず。それだけではないもっと……。
「魅上くんどうしたの、難しい顔してるけど……。 なんか悩みでもあるの? 話してくれてもいいよ」
おい、なんで俺が心配されてるんだよ。
「いや、別にそういうのはない……。そもそも人と関わらないから悩みの種ができることもない。それでいったらむしろ望来のほうがありそうだけどな。教室でも男女問わずいろんな人と話をしていたし学級委員になれば人との関わりも増えるだろ? ほら、悩みの種だらけだ」
ピタッと望来のモップを持つ手が止まった。図星か?
「魅上くんって意外と人のこと見てるんだね。あんまり他人には興味ないって感じだと思ってたけど優しいっていうかなんていうか素直に優しいところもあるんだなぁーって」
「いや、そんなことないと思うが……」
「それに、悩みなさそうとか悩みありそうとかすぐ変わったこと言うし、もしかして私のことからかってる?」
意地の悪そうな笑顔を見せる彼女に思わず視線をそらしてしまったがここで言葉のキャッチボールを終わらせるわけにはいかない。
「からかってはいない。ただ、望来ってなんか普通の人と違う感じするんだよな。明るいけど、なんかなんていうんだろうな。とにかく変わってるんだ」
「ほんとー! 変わってるって初めて言われたけど特別みたいでいいね! あ、もしかして私が変わってることと今日の朝言ってた「真っ白だ」っていうことが何か関係あるの?」
「それは……特には……」
それには触れるな。「お前は普通の人とは違う糸の色をしている」なんて難易度鬼超えて裏みたいなことはできない。たぶん望来の優しさを考慮すれば深くは追及されないと思うがこれから教室に入るたびに冷たい視線を向けられることは間違いない。
「あ、こんばんわー。ちゃんと掃除してるみたいで良かったっスよ」
まるで俺を助けるかのようにアリーナの入り口から髪がボサボサな男が笑顔でやってくる。
「あ、学年長。こんばんわー」
「あれ、望来さん、魅上さんの手伝いっスか?」
「ま、まあ、学級副委員長として手伝ってるって感じです……」
「こんばんわ。高田先生がなんでここに?」
高田先生は俺と望来、両方のモップの頂点に手を置く。
「いやー、白羅義先生が急用で帰っちゃったんで俺が点検をお願いされたって訳っスよ。それにもうすぐで下校時間です。時間ギリギリまで学校にいるってまじめすぎますよ。高校生はもっと遊んだり校則を破ったりしないと」
白羅義先生が帰ったことはガッツポーズ演出だが、高田先生とは白羅義先生を通して話をしたほうがいい気がする。この人を学年長にした時点で学校にクレーム入れられると思う。
「じゃあ、学年長にふさわしくないお言葉に甘えて帰ります」
「あ、そうだ、ちょっと待ってください、魅上さん。望来さん、この前の部活の件、とりあえず魅上さんにもお願いしたらどうスか?」
望来は下を向いて何も言わない。
「何の話ですか?」
「望来さんが部活を新しく作りたいって……」
「私の口から言いますよ!」
こんなにも仲がよさそうな望来と高田先生だがやはり小指の糸は真っ白。望来明夜音、彼女はどこまでが本心なんだ。
「けど早めに帰ってくださいよ。下校時間過ぎても学校にいたら白羅義先生に言いますからね?」
「それだけは勘弁してほしいんですけど……」
「嘘、嘘っスよ。あははは」と楽し気に笑う高田先生の背中が小さくなっていく。
「時間も時間だし、さっき言ってたことは帰りながらでもいいか?」
「う、うん」
「そもそも望来の家ってどっち方向だ?」
「私、一人暮らしでアパート住みなんだー。あっちのえーっと、名前なんだっけ。ヴィラなんちゃらみたいな……」
まさか。このまさかはそこらへんの不確定まさかとは違う。確信のまさかだ。
「もしかしてヴィラセレナか?」
「ああ、そうそう、ヴィラセレナ。ってなんで知ってるの?」
「ん、ああ、俺もそこだから」
この空気感は初めて味わった。
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