01.金色で真っ白い女子高生
気持ちのいい風が吹くと同時にその風は花粉症の季節がやってきたことを我々に告げる。そんな季節が四月。最も希望に満ちている季節である。ここから希望は段々と消しゴムのように摩り減っていく。その中で消しカスを丸めてみたり新しい消しゴムを手に入れたり消しゴムをなくしたりする。希望を持っているうちはなんだってできるのさ。
「じゃあ、そろそろ行くぞー」
着慣れないブレザーに体が馴染まない。ましてやネクタイは縛られている気がして落ち着けない。だが軽い分学ランと比べてマシに思える。まあ、すぐに慣れるからどうでもいいのだけれど。
「もう行くんですか」
反射的に言葉が出る。
「なんだそれ。病室でチンタラ生活してるからそんな言葉が出てくるんだ。もう八時半だ。本当はすでに朝のホームルームが始まっている時間なのに遅れてしまっている」
書類を机に置き保健室を出て階段を上る。白羅義先生のピンとしすぎた背中を前になんだか自分が情けなく感じてきてしまう。そう、今情けないほどに緊張しているのだ。
「顔が引きつってるぞ。緊張に弱いタイプだったのか?」
白羅義先生はそのビー玉のようなキレイな目をこちらへ向けている。
「いや、誰でも緊張しますよ。入学式から学校に来れてなくて二週目でやっと初対面ですよ。なんならずっと病院にいてもよかった……」
「そんなこと言うな。確かに魅上、君は接しにくいオーラが出ているが溶け込めるさ、きっと」
そう言う白羅義先生の表情はとても悪い笑顔だったような気がしたのは気のせいだったのだろうか。
「それじゃ、行くよ」
白羅義先生が勢いよく開けた扉の中の数十の視線が一斉に彼女へと向けられる。
「おはよー。今日から入学式から休んでいた魅上が登校できるようになった。それじゃあ魅上、いいぞ」
一歩を踏み出す。それと同時にクラス全員の視線が俺へと向けられた。だが俺は視線のことなどこれっぽっちも気にしていない。気になっているのは小指だ。
視線を動かしながら自己紹介を簡潔に済ませる。皆、明るい色をしている。黄色や紺色、赤色、元気いっぱいな糸に具合が悪くなりそうだ。
「それじゃあ、君の席はあそこだ。座っていいぞ」
窓側、とは反対の壁側の席。席に着いて白羅義先生の話をボォーッと聞き流していたらチャイムが教室を包み込んだ。
残念なことに二週間学校に来てない奴に話しかける勇気を持つ奴はそうそういない。これが転校生や女優にでもなれそうな美少女ならば話は別なのだが残念ながら根本的に違いすぎる。
後ろ、横、前、隙もなく楽し気な話声が聞こえてくる。周りを見よう。いかにも陽キャな奴らは一人を中心にして周りに集まり、眼鏡をかけた大人しそうな奴らでもすでにニヤニヤとした顔で仲間同士で盛り上がっていやがる。やはり小指と小指を結ぶ糸はまだ明るいのが多いようだ。最低でも黄色には染まっている。さすがに二週間でいじめが起こったり喧嘩をしたりしている様子はぱっと見ないようだ。
「はぁ……」
分からない程度のため息をしてリュックの中から教科書とスマホを取り出す。やることがあったから動いたわけではない。不思議なことにやることがない時でも人というのはやることがあるようなふりをするのだ。
後ろの席から話し声が止み、話していた人たちがはけていく音が聞こえる。
たまに、一年に数回、予感が当たることがあるだろう。今日はその予感が当たる日、直感的に俺の体が言っていたのかもしれない。
「
突然後ろから俺の名前を呼ぶ声がしたんだ。それも女の声。恐る恐る後ろを振り返ることにした。
「あ、ああ」
長い金髪の前髪の真ん中を上げた女。あげられた前髪は可愛らしくゴムでとめられている。そして彼女が後ろで楽しそうに話をしていた声の主であることもわかった。
「よかったー。魅上君の名前、覚えやすくて見たら忘れないなぁって思ってたんだよね。私、後ろの席の
彼女はノートに自分の名前をささっと書き、一片の濁りもない笑顔を見せていた。コミュ力最強のあらゆる男に勘違いさせる系女子、俺以外なら間違いなくそう思っていただろう。
「真っ白だ……」
「えっ?」
小指を結んでいる糸が真っ白なのだ。こんなの初めて見た。
「明夜音、トイレいこー」
さっきまで一緒に話していたとみられる女だ。
「え、あ、うん」
笑顔で返した後、明夜音は何とも言えない表情でこちらをチラッと見て席を立ってしまった。
やべぇ。初っ端からやらかしてしまった。
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