糸 ”それ”が見えたら、始まり。
くわばらクワバラ
プロローグ
毎日が楽しい。明日が来るのが楽しみでしょうがない。そんな風に思える奴はどれくらいいるのだろうか。もしかしたら指に収まるんじゃないか?
けれど指から外された人間でも楽しみなことはある。例えば新しく何かが始まる時。新品のノートの使い始めとか、買ってきたゲームソフトをゲーム機に入れる瞬間とか。それから夢にまで見た高校生活が始まる時。
そこには未知がある。知らないほうが楽しめる、そんなもんなんじゃないかとこんな歳ながら思うわけだ。それを数式みたいにズラズラと証明することはできないのだが。それと……
「あ、意識が戻りました! 先生呼んできてください」
薄っすらと目を開けると横で何人かの看護師が慌ただしく部屋を出入りしている。
「……ここ……は……」
自分でも驚くくらいのか細い声。それでも俺の声は横の看護師には届いていたようだ。
「良かった、目が覚めて。もう三日意識がない状態でしたよ」
病院か……。ん? なんで病院? 体を動かそうとすると全身に激痛が走る。
「あ、まだ動かないでくださいね。もう少しで先生が来ますから」
看護師はそう言って作業を続けている。先に言ってほしかった。まあいいけど。……ん? なんだ、看護師の小指に糸が結んである。その糸は病室の外に見える他の看護師と繋がっている。色は……黄色よりも濃く橙色よりは薄い。
「ああ、どうもどうも。目が覚めたようだね、
扉が開き白髪の髭を生やした白衣のおじさんが近づいてくる。糸は一本じゃない。気がつけば横の看護師の指にもう一本、糸が結ばれている。色はさっきよりも橙に近い。けれど外の看護師と白衣のおじさんを繋ぐ糸は黄色に近い緑。
「ん? ぼぉーっとするかな? 目覚めたばかりだから仕方がないが、具合の悪い場合は近くの看護師に言ってくれれば対応するから心配はいらないよ。順調にいけば一週間程度で退院できると思うから頑張っていきましょう。なにか心配なことはあるかな?」
心配なこと、というか俺はなぜ病院にいる? 事故ったのか?
「めちゃめちゃに体痛むんすけど……。俺の体は本当に無事なんですか?」
「うん。心配する必要はないよ。すぐに入院前の生活ができるようになると思うからね」
おじさんは笑顔を見せる。
「ほかにはなにかあるかな?」
「特にないです」
「わかりました。見えてると思うけど荷物は横の籠に入ってますから。ではしばらく安静にしておいてください」
そう言うと横にいた看護師と一緒に外へ出ていき病室の扉は閉められた。
誰も小指を結ぶ糸は見えてなさそうだった。あの糸の正体が気になってしょうがない。
カーテンの隙間から外の明かりが入り込む。昼か。本来なら高校生活を満喫している時間。でもない。地元から離れた高校に来たから知り合いもいない。そして二週間近く学校にいけてないってボッチ確定じゃんか。そもそもか。
はぁ、と一息つき籠の中のリュックからスマホを取り出す。なんとなく調べたくなった。さっきの糸。なんなんだあれは。まだ完全には意識が戻っていないのか、なにかしらの後遺症が残ってしまったのか。俺がおかしくなったのか、周りがおかしくなったのか。
「運命の赤い糸……ではないよな、あれ」
調べても全くダメだ。そもそも赤い糸でもない。突然糸が見えるようになるなんて話都市伝説でも聞いたことがない。参ったな。
「失礼するよ」
扉が開きそこに立っていたのはセットしているのか寝ぐせなのかよくわからない髪がボサボサな男とストレートの長い髪の顔が整った女。
「こんにちは、魅上朝、君。突然で悪いな。私は君の担任の
まだ言葉を交わしてもないのに、白羅義呼明という名前の印象そのままの女性なんだということは分かった。見た目は若くてキレイなのにどこか貫禄を感じる。
「ええぇっと、体は大丈夫そうですけど……」
白羅義先生はベッドの横にある丸椅子に腰を掛ける。
「「体は」? ほかにどこか問題が?」
「い、いや、そういう意味で言ったわけじゃないです……」
「そうか」
そう言うと太ももに乗せたカバンの中から小動物が入っているのではないかと思わせるほど膨らんだA4サイズの封筒を取り出して布団の上へ置く。
「これがクラスで配っているものだ。言わなくても大丈夫だろうが重要な書類もあるから見ないで捨てるなんてことはするなよ」
そのとき、小指を結ぶ糸がもう一人の髪ボサボサな男教師に繋がっているのに気がつく。男は探偵であるかのように病室のあらゆる箇所を見て回っているが確かに糸は見える。
「赤色に近い……」
「ん? どうした?」
「あ、いや、なんでも……」
さっきよりも色が濃い。色の濃さはなにを示している?
“プルルルル!”
突然部屋が大きな音に包まれる。
「あ、すいません」
髪ボサボサ男が手に持っていたのはナースコール。ボタンは点滅している。
「どうしましたか?」
走って部屋に入る看護師。それを見て手に持っているナースコールを見せる男。やはりその指にもあの糸が結ばれている。
「間違えちゃいました、すいません」
あはははと笑いながら謝る男に少し不機嫌そうな顔をする看護師。するとどうだろう。看護師と男の指を結ぶ糸の色が黄色から少しだけ緑色に近づいたのだ。
いい関係であれば赤色に近づいて、関係が悪くなると青色に近づく、そういうことか。じゃあなんだ、これは人間関係を表す糸ってことか……。
「なにやってるんですか、高田先生。ほんっと、あなたは常識ないですね」
高田先生と呼ばれた男は白羅義先生の隣の丸イスを持ち上げ反対に設置して座る。
「なに言ってるんすか。俺からしてみればあなたっスよ、常識がないのは。白羅義先生。俺はあと一年、二年もすれば四十っス。それなのについ最近教師になった新米のあなたが、学年主任の俺によくそんな強い口を叩けますね。そう思いますよね、魅上さんも」
なんか言い合っているが二人の糸の色は変わらない。なんか相性良さそうだからなこの人ら。
「ぼけぇっとしないでくださいよ。魅上さん、俺は一学年をまとめる学年主任として来てるんっス。無視してると評価下げますよォ」
「高田先生! いい加減にしてください……」
あはははと笑う高田先生に呆れている白羅義先生。
「すまんな。いつもこんなな感じだから高田先生は。高田先生も学年長として魅上に言うことはないんですか」
高田先生は頭をボサボサとして考えるそぶりを見せる。
「んーん。まずは入学おめでとうございます。にしても不幸っすね、入学式の日から学校に来れてないなんて。(それと担任が白羅義先生だなんて)。出遅れていろいろ不安だと思いますけど頑張っていきましょう。一年間よろしくお願いしますよ」
小声で何か聞こえたが聞こえていないことにしておく。
「あー、はい……。こちらこそよろしくお願いします……」
「長居されても疲れると思うんですぐ帰りますよ。白羅義先生は他に言うことはありますか」
「とりあえずはさっき言ったことだけ気をつけてくれれば大丈夫。他のことは、それは君が無事学校に来れるようになってからだ。それじゃあ、私たちは帰るよ」
そう言って白羅義先生はそそくさと、高田先生は笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。
「なんでだ、よくわからんが楽しい未来が見えない……」
人間関係の糸。それが見えるだけで俺の学校生活は百八十度変化するのだった。
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