Genocide Lady ~殲滅令嬢~

ふかしぎ 那由他

MENソーレ外伝 Genocide Lady ~殲滅令嬢~


 ここは、ドラゴニア大陸の南東部最端にあるフォトン王国の王都第一級区内の王立セトゥカミ貴族学院。

 その校舎内のメインダンスホールの大ロビーに於いて、婚約者たる王太子ケルビンから根も葉もない罪を開示され、それに対し断罪を受け、たった今婚約破棄を言い渡された令嬢がいた。


 「セルシー、いいや、レオミュール・フォン・デム・ボルツマン=ファーレンハイト辺境伯が息女、セルシネス・フォン・ボルツマン=ランキン女男爵。

 貴殿は我婚約者でありながら平民特待生のレーマー嬢への数々の嫌がらせの行為、断じて許すわけにはいかぬ。

 よって王太子の婚約者足る者の有るまじき行為の責任を婚約破棄として断罪し、この学院の在籍も抹消の上、今後一切、王都への立ち入り禁止と処す。

 早急に屋敷へ戻り、身支度を整えた後にファーレンハイト領内の自領へ帰領せよ。尚、王都へ滞在許容時間は日の出までとし、それ以降に残留していたとすれば、フォトン王国王太子ケルビンの名において斬首刑にて償わなければならぬと肝に銘じ、早々にこの場から立ち去るがよい」


 パールホワイトの王太子専用礼服と、上級貴族以上である証の同色のマントを繽繙ひんぱんし、断罪相手の令嬢に冷たい視線を送り、鬱陶しいそうに金髪を掻き揚げるフォトン王国王太子ケルビン。


 『あぁ、我慢することなく人生を謳歌出来るのですね。逐一、殿下の行動は報告がありましたから、いつこの言葉を私に言われるのか毎日毎日お待ちしておりましたの。やっと、やっと言って下さいました。

 目先の物事しか考えられない視野の狭い可哀想な方でしたが、正直「王太子婚約者」の仮面を外す事が出来るのでございますね。とは云え、レーマーさんの殿方に取り入る手腕には脱帽です。関心は致しますが、女性としては落第です。貴族社会は子供であっても「お痛」には厳しい沙汰が下されるのをわかってらっしゃらない。

 ましてや特待生といえども身分は平民。マーレーさんにたぶらかされた王太子とそのお付き貴族令息様達に彼女を救う事は小枝でドラゴンに挑むようなもの。墓標にお花くらいはお供えさせて頂きましょう。

 それでは、今生の別れのご挨拶をして私の領地へ帰還すると致しましょう』


 「そうでございますか、残念なご判断、とても悲しゅうございます。私を貶めたマーレーさんと、残念至極な殿下達にアドバイスを申し上げます」


 そんな王太子の言動に吐きたい溜息を隠し、セルシネスは今まで我慢してきた枷を外す。

 腰まで伸びた黒髪は、ロビーに設置されている照明でキラキラと瞬きを見せ。淑女とはこの人を云うと学院内で羨望の眼差しを向けられるのは日常で、ワインレッドのロングドレスは立体感に溢れており、細やかな刺繍とそのデザインは他のご令嬢達の衣服と一線を敷く超一流デザイナーの物だと分かる逸品だ。


 「何がアドバ…」


 「お黙りなさい、人の話しは最後までお聞きなさいませ」


 「……」


 目線で相手を威圧、そのまま言葉を続ける。


 「一つ、貴族令嬢を無実の罪で裁いた責任は重大である事。

 二つ、一方的な婚約破棄に対しても殿下の責は重いと言えます。

 三つ、ボルツマン家に喧嘩を売った代償は例え陛下であっても貴方様方に温情は与えられないとお思い下さいまし」


 「セルシネス嬢、我らを愚弄する気か!」


 「いいえ、愚弄しているのは貴方がたではなくて? マーレーさん一人だけの証言で此の様な愚行を働くのですから呆れこそすれ、愚弄するなど疲れる事は致しませんし、宰相のご子息とは思えない頭の悪さに溜息が出てしまいます」


 ここで一度引っ込めた溜息を盛大に吐く。


 「セルシネス、お前は自分の言っている事が分かっているのか? 王太子殿下に対して非礼だろう、不敬罪に問われたいのか!」


 セルシネスの反論にたじろぎながらも、王太子の共としての矜持を『ご学友』達は知らしめたいのだろう。怒気を含んだ低い声で威圧した。


 「非礼とは異なことを申しますね、近衛隊隊長の嫡男たる貴方が一方的な発言を信じ、禄に調査もせず、その上、無爵の貴方が女男爵である私に対して言葉遣い、態度が間違っているのをご理解していまして?」


 「ぐっ」


 「殿下を諫め、より正しい行動取るべく進言するのが、ボルト様、オーム様、ウィリアム様、トムソン様達の側近の役割ではないのでしょうか?」


 「「……」」


 セルシネスは、食って掛かる王太子の『ご学友』の立場である令息達を叱咤する。


 「幼少の頃からのお付き合いでしたが、ここまで色欲に染まってしまっていては冷静な判断も出来ないのでしょうね。残念で儘なりません」


 「言わせておけば、女の分際で生意気な」


 仲間内で一番沸点の低いボルトがセルシネスへ手を伸ばす。


 「私に触らないで頂けますでしょうか?」


 身長百九十センチとガタイの良い近衛団長の息子ボルトがセルシネスへ肉薄するが、彼女はサラリとその振り下ろされた拳を躱し、人中、廉線喉ぼとけ水月みぞおちを拳の三連打で打つと、呻きを漏らしつつボルトはガクリとその場に崩れ落ちる。


 「貴方如きが王国の武神と言われるボルツマン家の者に勝てると思っておりましたの? 力量さも分からないとは、御父上に折檻されてしまいますわよ? 

 身体強化魔術すら掛けていない女子に伸される程、弱かったとは思いませんでしたね、おほほ」


 思わず笑みを零すセルシネス。


 『この機会に、ボルツマン家の娘としての「けじめ」は着けておきましょう』


 そう結論が出た彼女の微笑は、満面の笑みに変わる。


 滑るような足取りでボルトの前に進みより、驚く顔、顎めがけて渾身の掌打をち上げると、彼は仰向けに倒れピクリとも動かない。


 「あら、今ので簡単に気絶してしまうのですか? 男として情けないですね。ふふふ」


 白目を剥いているボルトを一瞥して、驚愕で佇んでしまっている宰相の息子ウィリアムと内務大臣の息子トムソン、軍務大臣の息子オームへ向き直り、ウィリアムの肋骨へと肘打ちを放つ。折った感触とボキッと鳴った音を聞きながら体を回しトムソンの鼻へ裏拳を叩き込むと彼は鼻血を吹いて蹲る。

 オームは既に戦意喪失状態だが、セルシネスは構わずに足払いをして、床に転げた彼の腹に、容赦のない両膝を見舞うと、グフとカエルが潰された時の様な声と共に、ゴロゴロと赤いカーペットの床をのた打ち回った。


 「さて、男のくせに大した実力を持たない方たちは「沈みました」残すは殿下お一人です。ふふ」


 「セ、セルシー、其方そなたこんな事をして只で済むと思っておるのか?」


 「ええ、思っておりますとも。『淑女たる者、受けた屈辱は百倍にして返すのがボルツマン家の教え』で御座いますの。陛下も王妃もこの場の出来事は、既に魔術具で見ておいでです。おほほ」


 おほほの余韻が残る、王太子の視界に写る彼女の姿がぶれた次の瞬間。セルシネスの拳、蹴り、およそ三十秒間で百発を全身に受けノックアウトされる《元》婚約者の凛々しい顔は、無残にも血に染まり腫れあがっていた。


 「さて」


 息一つ乱さないセルシネスは膝をガクガクと震わせたマーレーの前まで淑女然と歩みを進めると、ひぃと小さな悲鳴を上げた今回の中心人物を冷ややかな瞳で言葉を投げる。

 「あら、マーレーさんは私がお仕置きしなくても、国王陛下がご断罪して頂けますので、それまで心待ちにしておいで下さいませ」


 笑顔のセルシネスだが、勿論、目は笑っていない。


 「えっ?」


 「先ほども申し上げましたが、ボルツマン家に仇成す者は上位貴族であっても掠り傷では済みません。ましてや平民の貴女がどの様な裁きを受けるかはご想像に容易いかと?」


 セルシネスの冷淡な声音は冷気を含んでいるのではないか? と思ってしまっていたマーレーは、震える膝を叩いて居住まいを正し、自身の正当性を示す為にセルシネスへ反論する。


 「な、な、なんでよ。私、そこまで酷いことなんてしてない。いいじゃない見目麗しい殿方にちやほやされたって、罰は当たらないわ」


 一番の原因の彼女、特待生マーレー。

 亜麻色のショートボブは、さぞや男子学院性の視線を集めてしまう可愛らしさは致し方ない事と分かっているセルシネスだが、元凶に現実を教え、悲惨な最期を提示して心を折らなければ気が済まないと、彼女の一族の気質がそうさせるのだろう。

 然るに、次の言葉が止めとなる。


 「盗人猛々しいとは貴女の事を言うのですよ、マーレーさん。

 ハーレムを作れる事が出来るのは、『身分』若しくは『肩書』と『権力』に『財力』の『三拍子』を備えた男女が実現可能と云うだけ。それでも複数人を囲えば、いさかいをどの様にして収めるか、本人とハーレム要因達との贔屓にしない愛情バランスを保つのは非常に大変だと聞きます。

 しかし、どれも手に入れていない十六歳の学生如きが婚約者のいる貴族子弟を誑かした時の責任をどう取らされるのか……貴族の不興を買った場合の結果は、城下に住む5歳の平民でも理解している事ですよ?

 ここ学院で王侯貴族は国民を守るべき存在と学んでいるのでしょうが、貴族令嬢の婚約者をたぶらかし、尚且つ、私の場合は皆の前で婚約者の口から破棄を言い渡された。

 この場合、面子に泥を塗られた各貴族家の者達はどの様な行動をとるのでしょうか? 

 マーレーさん、貴方は冗談だったと笑って許して貰える境界線を超えてしまいました。そんな「許されない行いをした者、貴族の面子に泥を塗りつけた者」に王侯貴族の憤怒を治める方法は……言わずもがな。で御座います」


 「……ああああ」


 それは自分の死をもって、と気づいて泣き崩れるマーレーに哀れみなど掛けずに、颯爽とした足取りでロビーを後にするセルシネス。






 「カク、シン」


 「「はっ、ここに」」


 ホールの出口で待機していたのであろう、ボルツマン家の紋章が施された腕章をしている護衛の二人が傅く。


 「帰ります」


 「「御意」」


 両者へ眼も向けずに、颯爽と歩きだす彼女に応えるや否や、彼らは我姫セルシネスの前後を守り、馬車へと誘うのであった。





 馬車乗り場へ着くと、御者に声を掛け、スケのエスコートで馬車へ乗り込んだセルシネスは、二人座ったのを確認した後に彼らへ視線を向け、眼で報告を促した。


 「姫様、ご指示の通り彼らの蛮行は魔術具水晶板にて映像を、お館様は勿論、国王陛下、宰相閣下へ中継いたしておりました」


 「つつがなく、事は進んでおります」


 「そう、お父様は何と?」


 「『よくやった』と仰せでした」


 「お館様の口癖は『あの莫迦王子、早くやらかさないかな』でしたので、陛下ってのご希望だった姫様の嫁入りは、ご破算。奥方様は大変ご立腹であらせられ、領軍の準備を」


 「もう、堅苦しいのは公の場だけっていっていたでしょう? ほら、普段通りにして頂戴」


 先程の興奮が残っているのか、些かプリプリした様子でカクとスケに切り替えろと促すセルシネス。


 「わかりやした」


 「おう」


 どうも肩っ苦しいのはにがてでさぁとカク、シンはニカと笑う。


 「それで、お母様は本当に出兵の準備をしたの?」


 「まぁ、そこは執事長のルーメン殿とメイド長のステラ殿がコキッっと」


 「あら、いつものヤツね。ふふふ」


 「お館様は姫さんが小僧たちを伸していく姿に『それでこそ我が娘だ』と秘蔵のワインを飲みながら「観戦」しておりやした」


 セルシネスは実家でのやり取りを想像してしまい、とても楽しそうに口元を隠して笑う姿は、先ほどの三下り半劇の事など気にした様子もなく、只、目を細めて、これからの事に思いを馳せるのであった。





 * 


 場面は一時間ほど遡る。


 セルシネスがダンスホールに向かう頃、ファーレンハイト領の領都の領城では侍従達が矢継ぎ早に主人の命に動いていた。


 「影達からの報告では、そろそろと云う事だが、早くアレを持ってこさせよ」


 「お館様、今ウェーバーが持ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」


 「まぁ、旦那様、セルシーの一大事にワインなど飲んでいる場合ではありませんよ?」


 娘が屈辱を受けると分かっていて、それを肴に好物のワイン。それも取って置きを口にしたいと笑顔の父親、レオミュールに執事長は準備中だと云う横で、母親のドリーナはプリプリと怒っている。


 「気が気じゃないのは分かるが、偏屈陛下の我儘に自分の娘がその呪縛から解かれるのだ。めでたい事ではないかな?」


 「いいえ、私はあの子が傷つくような事があれば、即座に武力にて報復を致します。もう、これはボルツマン家へ敵対行為です。

 そう、開戦の用意をしなければなりませんね。ええ、騎兵隊千騎で一気に王都を制圧いたしましょう。それが得策です。『兵は神速を貴ぶ』と兵法にもあります。ルーメンさん、ファラドさんに至急挙兵の準備を告げてきなさい」


 「奥方様、それは些か気が早いと申し上げます」


 「あら、では何かしら? セルシーが屈辱を受けると分かっていて、指をくわえて見ていろとでも言うのかしら?」


 「そうではありません、奥方様。姫様もボルツマン家、ファーレンハイトの秘宝と言われた非凡な才の持ち主。悪ガ…おっと、殿下達は十分な仕置きを姫様から受けますので、どうぞご安心してお待ちください」


 「いけません、それはいけません。十六年前、あの子が生まれた時に私は神に誓ったのです。もしセルシーが悲しい目に遭ったら私は何を於いても駆けつけ、敵に鉄拳を見舞い、木っ端微塵に叩き潰すと。

 そう、神へ「敵に鉄拳をお見舞い木っ端みじんに叩き潰す」と誓ったのです」

 ふんすと鼻息にはしたないと思うレオミュールだが、彼も彼で娘が生まれた当時を思い出し、鼻の穴が開いている事に気づいていない。


 「ドリーナ様、必要な事なので二回仰せられるのは解りますが、温かく見守るのも親の務めと具申致します」


 その三人のやり取りに、メイド長のステラが思わずツッコミを入れてくる。


 「まぁ、ステラまでその様な事を言うのですか? およよ。子供の頃、山にイノシシを狩りに行った仲なのに冷たい事いうのですね」


 「ドリーナ様、山へ狩りに行ったのは大鹿で御座いますよ」


 「あら、そうでしたか?」


 「ええ、イノシシを狩りに行ったのは姫様とで御座います」


 「思い出したわ、あの子が6歳の時にどうしてもと言うものですから、旦那様に内緒で行ったのでしたわ」


 「そうです、あの後、こっぴどく怒られて朝までやけ酒……げふんげふん、姫様とドリーナ様を励ました事、昨日の事の様に思い出せます」


 「なんて、誤魔化されません。出兵です、開戦です。駄王太子に正義の鉄槌を下すのです」


 心中で舌打ちをするステラとフンスと淑女に有るまじき鼻息を吐くドリーナ。その暴走しかけているドリーナの背後にルーメンが気づかれずに移動すると、レオミュールはアイコンタクトで執事長へGOヤっちゃってサインを出す。


 「奥方様、失礼をば」


 コキュッ


 「っ!」


 崩れ落ちるドリーナの身体をステラが抱きかかえ、足早に寝室へと連れて行く。


 「まったく……この子芝居を何回見させられるのやら」


 溜息と共にウェーバーが持ってきた百一年モノのビンテージワインの香りを嗜むレオミュールは、カクから送られてきた映像にこれから起こるであろう娘の立ち回りに期待を滲ませた眼差しで、魔術具水晶板の淡く光る表面に見入るのだった。




 *


同時刻

王城-王の執務室


 一方、王城では国王であるクーロン3世が第一王妃ベクレーネと第二王妃、第三王妃達と共にボルツマン家から届けられた調査書に目を通し、その内容に冷や汗を掻きながら光始めた魔術具水晶板を凝視していた。


 「ケルビンよ、迂闊な言動はせんでくれよ」


 「陛下……ボルツマン家の報告書で御座います。『間違いは無い』のでしょう」


 「そ、そうなのだが……ボルツマン家のセルシネス嬢はファーレンハイトの秘宝とも呼ばれ文武両道、才色兼備、人格者と領民に敬われておる。

 その非凡な者が我王家に輿入れすれば王国はより一層の栄華を手に入れたも同然なのだぞ?

 それをケルビンの奴め、少し出来の良いだけの平民如きにうつつを抜かしおってからに」

 

「陛下も『若気の至りは致し方のない事』と言っていたではありませんか。私達の息子を信じ、最悪の選択をしない様、神に祈るしか御座いませぬ」


 「ふむ……祈る、それしかあるまいよ」


 「陛下、ベクレーネ様の仰せの通り、私達は祈ることで吉報を待ちましょう」


 「そうで御座いますよ、陛下。万事事が済めば、久々に4人で……なんて、きゃっ」


 第三王妃は他の王妃に比べまだ若く、年齢は19歳。色々と興味が尽きないお年頃でもあるのだろう、事或る毎に「いたそう・・・・」とする癖がある…が、第一王妃も第二王妃も満更まんざらでもない様で、艶めかしい視線を国王へ送っている。


 一大事を前に興奮するのは王家の性癖なのだろうか。あの子にして此の親ありと云える。しかし、こんな王族が治める国でもドラゴニア大陸内で一番の海軍を持つと言えばフォトン王国と諸外国もその航行能力には一目を置いていた。

 只、その8割がボルツマン家の海軍の戦果なのは、王国内のトップシークレットである。


 そんなピンク色の雰囲気で王太子達が選んだ最悪の結果、国王と王妃達はその場に泣き崩れ、息子の愚かさに嘆き、これからやって来るであろう面倒事に酷い眩暈を覚え、四人して寝込む事になる。





 *


 王太子ら、今回の騒動の主犯一同が捕縛されて一夜が明けた。



 『これくらいでボルツマン家が矛を収めてくれはせんだろう。謀反は無いと言い切れはするが、得策とも言える何かが無ければ余が国王である限り、ボルツマン家の許しは無いであろう。……もう、やだ。ボルツマン家…怖い』


 朝方、ベッドで目覚めた国王はケルビンを王太子から外し、次男のグラスゴーをと覚悟を決め、さらなる謝罪案を模索していた。




 同時刻、王妃ベクレーネもベッドの中でボルツマン家への対策を考えていた。


 『宝物庫から、レジェンダリーアイテムを幾つか見繕って……だめだわ、ボルツマン家の方が王家よりレジェンダリーアイテムは持っていた筈。

 だとしたら……第二王妃の姫と第三王妃には姫が二人おりましたわね……これではセルシネス嬢への謝罪にはなりませんね……辺境爵とは云え、兵力、財力は王家よりも上。国境でありながらレオミュール殿の御子息達は有能で、ファーレンハイト内の男爵領の経済は順調。二人の弟の男爵領も然り……打つ手無いですね。

 ……もう、やだ。ボルツマン家…怖い』


 国王と第一王妃が初めてシンクロした日で、この日より、一層仲睦まじくなっていくのは別の話し。


 第二王妃は一週間寝込み、第三王妃は……高いびきをかいて、翌日にはしっかりと朝食を摂り、専属の従者百名と共にファーレンハイト領のボルツマン家へ向けて馬車を出していた。


 「私の土下座で少しでも留飲を下げて頂けるかしら。一応、手見上げには私の故郷から輿入れの時に持参した『ヤマト国産のカタナ』もありますから。あとは結果を受け止めるのみね」


 座して待つのは苦手だと言い、即座に行動へと移す第三王妃は、ボルツマン家でどの様な事になるのか。


 結果は三か月後に分かる。


 そう、王都からファーレンハイト領都までの行程は凡そ三か月。フォトン王国でファーレンハイト領に行くならば、飛龍を使わないと過酷な旅になる常識を第三王妃は忘れていた。


 「私が輿入れした時は半年もかかったのだもの。……あの苦しさに比べれば、半分の日数なんて余裕ですわ」





 *




 一週間後、第三王妃の暴走を知った第二王妃が飛龍便で駆け付けた時に見た光景は、ギャン泣きしている第三王妃の姿だった。


 そんな第三王妃を優しく抱きしめながら、よしよしと背中をさすり、慰める第二王妃。


 「一言、相談して欲しかったわ」


 「お姉さま、ヒック。お倒れに、ヒック、なっておりましヒック、たから、私、その分ヒック、も頑張ろうと……王ヒック、家の為に、頑張ろうと……うぅぅ」

 思った以上に心労を伴う旅程にショックを受けている第三王妃。


 「……お姉さま、ファーレンハイト領遠い……もう、やだ。ボルツマン家へ行くの……怖い」


 小汚くボロボロになった第三王妃を此の儘ボルツマン家へ向かわせるのは今の自分では無理と判断し、一度王都へ戻ってから陛下達と一緒に良策を考えましょう助言するだけでイッパイイッパイな第二王妃は、未だ泣き止まない妹の肩を抱き、行き当たりばったりな行動をする者の典型的な結果と一緒に笑われるのを覚悟し、頷く第三王妃は陛下と第一王妃が待つ王都へ、とんぼ返りするのであった。






 *



 宰相執務室。


 場所と時間はまた戻って宰相の執務室。皆がセルシネスに伸された後である。


 「ああ、莫迦息子。何て事をしでかしたのだ。この様な所業…廃嫡だけで事は済まぬのだぞ……レオミュールの機嫌を取るのはビンテージワインで済むが、問題は奥方のドリーナ殿だ。

 ………嗚呼、情けない……侯爵であるこの私が唯一恐れるのは、王でもなく、公爵でもない、ファーレンハイト辺境爵のボルツマン家。あそこの一族は全員が悪鬼羅刹の集団、レオミュールは軍神と言われる程の武人。ドリーナ殿のはかりごとは予測不可能。その二人だけで攻めてきた場合でも、こちらの被害は甚大必死。

 ……兵数は両軍共大差ないが、個々の戦力はけた違いと来ている…………あ、死んだな私。ならば一層の事自らの命で。

 ……いいや、それは逃げだ。いかんいかん、冷静にならなければ………ふぅ」


 大きく深呼吸をして今回の処罰を先に考え始めたヘクター。


 平民、あるいはそれに準ずる者、爵位を持たない貴族子弟等が爵位持ちへの暴言、暴行を犯した場合、国法では『死罪、若しくはインフラ工事や鉱山作業者としての重労働』と謳われており、今回、王太子以外の男子とマーレーがそれに値する違法行為を宰相は目にしたのである。


 「この映像は陛下とボルツマン家の当主を始めとする全員が見ている。弁明も言い逃れも出来ない状況をどうすれば良いよ云うのだ。

 くっ……あの莫迦息子。あの場でセルシネス嬢に屠られていれば良いものを……だめだ、また思考が悪い方へ流されようとしている………ふぅ」


 彼の目の前には国王と同じく、ボルツマン家から提出された「報告書」が置かれている。それを睨め付けても先方が納得する案が浮かばない。


 苛立たし気に頭を掻きむしる姿は、影で冷静沈着が服を着ていると噂される彼ではなく、息子の犯行をどの様に落としどころを見つけるか苦悩する狼狽した父親であった。


 考えれば考える程、暗雲立ち込める未来しか見えず、宰相のヘクター・フォン・ジーベル=ネーパ侯爵はまだ幼い次男のシーベルトへ期待し、現実逃避をするしかなかったのである。


 すると執務室のドアを力強くノックする音が響いた。


 「誰だ」


 「近衛隊副隊長ワットです」


 「……入れ」


 嫌な予感がしたヘクターだが、タイミング的に『来たか』と思い、入室を許す。


 「失礼します。閣下、緊急事態にて慌ただしくしたこと、謝罪いたします」


 「良い、して緊急事態とは」


 薄々分かってはいたが、聞かなければ話は進まないと思い、背筋を伸ばした近衛兵に対して発言を許可する旨を伝える。


 「只今、近衛隊隊長のアボガドロ閣下と、内務大臣モル閣下及び軍務大臣のジュール閣下が自らお命を絶とうとしており、近衛隊と騎士団を総動員し、一時身柄を拘束させて頂いたので、宰相閣下のご判断を仰ぎたいと訪室致しました」


 『……やはりか。悪い予感程よく当たるとは誰が言ったのか…』


 眉間を指で挟み溜息一つ吐く。


 「あい分かった、こちらへお連れするのは可能か?」


 「はっ、可能ではありますが、少々お時間を頂きたいと申し上げます」


 「彼らは私が説得しよう、お連れしろ」


 「はっ、了解であります。では、失礼致します」





 近衛隊が退室してから待つこと小一時間。


 王城の各執務室は万が一に備えて頑丈に作られていて室内操作の魔法具で室外音を拾ったり、反対に遮断したりする機能が備わっている。

 今回の子供達の騒動に悲観し、責任を取る形で自害しようとしたのは事情を知る者ならそれも仕方のない事だと思うが、ヘクターは違った考えを持つ。


 「莫迦め! 自分達だけ死んで逃げようだなんて、させるわけがないだろう。今回は陛下さえ巻き込まれた大騒動なのだぞ。国のトップが一丸となってボルツマン家へ対応しなければならぬのだ、誰一人として逃がしはせん。それが陛下であってもだ」


 本音と建て前を同時に吐露する程、自分が軽いパニック状態にある事すら…廊下に響き渡る無駄な抵抗をする「逃亡者」を静かにまつ宰相のヘクターは貧乏揺すりをしているのも気付かずに平静を装っていた。


 「逃がしはせんぞ、逃がしはせん! ふははははは」


 宰相もショックの余り、これから連れてこられる三人の残念さが伝播でんぱしてしまったのか、長年に渡っての同僚だからこそ似てしまうのか、言動が可笑しくなって来ていた。



 三十分後


 コンコン


 「入れ!」


 「失礼します。お三方、お連れいたしました」


 「うむ、ご苦労。お連れしろ」


 「はっ」


 「離せ、ええい、離さぬか」


 「モル閣下、それは出来ません。宰相閣下がお待ちです」


 「儂は死なねばならぬのじゃ、全ての責任は親足る儂が、儂が」


 「アボガドロ隊長、宰相閣下がお待ちしております」


 「……」


 「ささ、ジュール閣下、お入りください」


 「近衛隊隊長、内務卿、並びに軍務卿。早急に入室されよ!」


 普段大声等出さない宰相の怒号に、びくりと反応した三人は言われるが儘に嫌々入ってきた。

 皆が皆、激しく揉み合ったのか衣服が乱れていて、取り押さえられた状況を物語っている。



 「あっ! ジュール閣下が逃げたぞ、捕まえろ!」


 最後に入室しようとした軍務大臣が近衛兵の隙を突いて逃亡を試みた様だが、直ぐ様に羽交い絞めにされ執務室に連れ込まれる。


 「ぬぉ、隙を付けると思うたのだが、失敗したか。無念」


 そのやり取りに、デスクから立ち上がったヘクターは、イライラした面持ちでジュールに向け魔法を放つ。


 「パラライズ」


 「くっ、アババババババ」


 「さ、宰相閣下?」


 「良い、其方たちも大分殴られたであろう。後は私に任せ、退出せよ」


 「しか……りょ、了解しました」


 反論しようと試みた近衛隊へ『お前も喰らいたいのか?』を目線で忠告すると、敬礼して素直に部屋から出て行った。



 「まぁ、なんだ。ジュールをそこに座らせてはくれまいか」


 「……分かった」


 観念したのか、それとも救いの一手に一縷の望みを掛けているのか近衛隊隊長と内務大臣はヘクターの指示に素直に従い、ピクピクと全身痙攣している軍務卿を左右から抱えて、テーブルの椅子に座らせた。


 「さて…と、学院の騒動は貴公らも見られたのは私も承知している」


 「「……」」


 「キュゥ」


 「……ウエイク」


 「ひゃう」


 「起きたか、ジュール卿」


 「あっ……すまぬ、取り乱した」


 流石に気絶していては話が進まないと覚醒魔法で起こす。


 「回りくどい言い方はせん、ハッキリと言わせて頂く…………貴公等、死んで詫びる? 抜かすなよ、逃げたかったの間違いではないのか?」


 「「「っ!」」」


 「ふん、まぁいい。私もソレは考えたが、陛下と三人の王妃。王族四人に擦り付けたとて、どうなる事か。少し落ち着いて考えれば判るであろう?」


 「すまぬ」


 「申し訳ない」


 「もうひわきゃにゃい」


 「……ジュール卿、しびれが取れるまで頷くだけていい」


 コクリ

 ジュール卿の舌は痺れている。


 「まずは、私の案からだが……レオミュール卿にはビンテージワイン数樽を贈れば何とかなると思う」


 コクリ

 ジュール卿の舌は、まだ痺れている。


 「問題は奥方だ」


 「「「……」」」


 「末っ子のセルシネス嬢を家族の中で一番い可愛がっているのは、彼女。ドリーナ殿だ!」


 「うむ、四年に一度開かれる王都の夜会では、娘自慢しかせんかったのを覚えておる」


 「然り、儂なんぞ姿絵を見せびらかしおったわい。家内が褒めちぎり、それを貰いたいと申し出たが『減るので差し上げられません』と抜かしおった時は、内心ぶっ殺そうかと思ったが、レオミュールが傍におって表情から心読まれん様するのに冷や汗を掻きながら耐えたものじゃい」


 コクリ


 ドリーナの猫可愛っぷりは有名である様で、フォトン王国の貴族社会では周知の沙汰と云える。が、ジュール卿の舌は、まだまだ痺れが取れていない様だ。


 「そこで、貴公等の奥方達にも意見を求めたい。我々だけでは女性の趣味趣向、ドリーナ殿の好みは解らぬ」


 「うむ」


 「然り」


 コクリ

 ジュール卿の舌は、まだ少しだけ痺れている(ふりをしている)。もうどうとでもしてくれと云うオーラを漂わせながら。






 数時間後。


 あと半時もすれば朝日が地平線から顔を出す頃になって、ようやく、具体案が纏まった。


 「それでは、セルシネス嬢とドリーナ殿へ謝罪の意を込めたドレスと、そのデザイナーの四年間の派遣でよろしいか?」


 「ええ、セルシネス嬢様の為にと言えば、吊り上がったまなじりも下がると思いますわ」


 「親子おそろいのドレス等、お気に召すでしょう」


 「アクセサリーも忘れてはいけませんよ?」


 「奥方様方、助かった、礼を言わせて欲しい。最大の感謝をここに」


 各卿の奥方達は見目麗しく、壮年を超えたとはとても思えない美しさを保っていて「フォトン美女七衆」と庶民にも人気が高い。


 余談だが、三王妃、近衛隊隊長婦人、軍務大臣婦人、内務大臣婦人、宰相婦人が先述の七人だ。ドリーナは別枠の美貌で美女帝と皆が認識しているが、ドリーナ曰く『女性の容姿に優劣を付けるなど、貴婦人たちの美への努力の冒涜』とまなじりを上げ、その場で口を開いた男性達に鉄拳制裁したのも有名で、多くの貴婦人達がドリーナを崇拝レベルで慕っていた。


 「いいえ、私達の愚息の致したことへの責任ですもの」


 「そうですわ、此方こそ感謝致します、宰相閣下」


 コクリ

 ジュール卿の奥方は寡黙な方である。



 「では、皆揃って、三日以内にファーレンハイト領へ赴くとの事で宜しいか?」

 

 「はい」


 「ええ」


 コクリ

 ジュール卿の奥方は昨晩の息子のやらかした出来事に絶叫し、喉がつぶれてしまったと後に聞いた。不憫である。



 こうして、夜通し練られた謝罪案は、ボルツマン家が受け入れるかどうか。


 そう、彼らはレオミュールとドリーナの事だけしか念頭になく。セルシネスの兄達、伯父達の存在を忘れていた。



 三日後



 皆が、その事に気が付くのは、出発前の飛龍乗り場であった。


 「不味い、セルシネス嬢の兄達、叔父達への分を忘れているぞ!」


 「「「「「「あああああああああああああああああああああああ」」」」」」



 出発は二日遅れたと云う。


 「救いなのは、先触れに余裕の日数を書いた事か……」


 フォトン王国宰相のヘクターは雲一つない青空を見上げ、誰に云うでもなく、そうつぶやいたのだった。






 *





 「姫、左舷前方に獲物発見」


 「は~い。では、行きますよぉ、スケ。カ~ク~、そっちに一人逃げたので、よろしくして頂戴」


 「おうさ」


 「了解でさぁ」


 ヘクターが空を見上げていた頃、セルシネスと云うと。ファーレンハイト領ランキン女男爵…自治領内にて、盗賊討伐に明け暮れていた。



 「少しの間、領地を留守にするとアブラムシ並みに増えるって、どう思う。スケ、カク」


 「姫、ご令嬢が『アブラムシ』と言葉にするのも、どうかと思うぜ?」


 「あらら、これはいけませんね。おほほ」


 「あっしは、こっちの砕けた感じの姫が一番でさぁ」


 「あら、褒めても晩御飯のおかずが一品増えるくらいですよ。ふふふ。……と、冗談はこれくらいにして。どう見てもライゼン人ですね。この方たち」


 本日のセルシネス嬢の装いは、白のブラウスにダークグリーンのパンツにロングブーツ。腰には業物のレイピアをいている。

 言わずもがな、衣服は勿論、身に着けている物すべてに魔術付与がされている。自領に滞在中のお決まりの格好である。


 カク、スケも似たような服装で、カクはショートソードにスリングショット。スケは、ロングソード。

 ただ、今回の討伐お掃除は、手練れの居ない盗賊相手だったので、身体強化魔術を掛け、無手のみの格闘で一掃したのである。


 そんな彼女らの足元には、先ほど三人にフルボッコされた汚い身なりの男達、三十五人が呻き声を洩らし、転がっている。


 「向こうさんの圧政がひどくなってるって噂でさぁ」


 「そうなの?」


 「一応、影達にも乗り込んで情報集めてもらってんぜ」


 「流石、スケ。手際が良い事」


 「お館様の中央領都の周辺や、若様達の領内、村々の近辺も不穏な輩が増えてるって言ってやした」


 「ん~、セヴン隊とシルヴィー隊の出動が必要になりそうな感じね」


 おとがいに人差し指を当て、少し考えるセルシネス。


 「姫、既に集合をかけてまさぁ。明後日には館に着く手筈になっておりやす」


 「うん、良き良き。護送隊に連絡して、お家へ帰りましょう」


 「へい、合点」


 「おう」


 会話が終わると、持ってきた荷物の中からロープを出し捕縛した盗賊達三十五人を縛った後、一か所にポイポイと放り投げ、護送隊が到着するまでには時間がある為、三人は簡単な携帯食を食べながら雑談する事にした。


 「この『ヤマト国』から頂いたランドヨットと云う乗り物は非常に便利で良いですね。領内の移動が随分楽になりました」


 うめき声を洩らす盗賊達を無視して、オリーブドラブ色の三輪車に視線を向けたセルシネス。この乗り物は最近輸入した移動魔法具で、帆船の様に風を受け疾走。無風時にはオーバーブローと云う送風装置から噴き出た風の推進力で早馬より早い速度をだす。

 しかし、燃料となる石はヤマト国の技術で作られているために、石はエネルギー補充が出来るのだが、これも専用の装置が必要になる。


 一か月前にヤマト国からの「企業」と言われる商人と技術者達がファーレンハイト領でランドヨット製造工場建設と、その専用補充装置の業務を開始。

 どこよりも先んじて交通手段の躍進を約束されたレオミュールとドリーナは宣伝と有効活用を兼ねて、領地連絡用と子供達へ必要数を与えたのだった。


 2年後には商人や庶民にもレンタル開始になるお触れも出しているので、ランドヨットを見た領民からは領事館支所に予約可能なのかの問い合わせが尽きない状況でもあり、担当者を増員して、これに当たっていると云う。


 「本当だぜ、ここまでの技術力を持つ国と国交を開いたのは、あの国王様にしちゃぁ上出来ってもんだな」


 ポンポンと自分専用のランドヨットを叩くスケことスケランザは、内心、馬に変わる乗り物に驚嘆していた。


 「あっしの見立てじゃぁ、おそらく『ヤマト国』の技術力は大陸一。いやぁ、スイード一かもしれねぇですが、遠方の国ってのが安心出来る。隣国とかぁ掌を反された日にゃぁオチオチ寝てもいらんねぇでさぁ」


 そんなスケの心情を解っているかの様に、その未知なる技術力の高さを『脅威』と認識しているカクことカークジェイが流線型のボディーを目でなぞっている。


 「そうかしら? 三年前にいらっしゃった使節団の代表の方との会談は色々と有意義でしたわね。

 国の理念から思想、構想。全国民に対しての十分すぎる保証等も飛びぬけた考えでした。大半が、現状のフォトン王国では無理な政策ばかりでしたのだけれど、子、孫の時代は現実可能な、本当に本当に面白いお話でした」


 「未だに、それって姫の立場で出来る話じゃねぇと思うんですがねぇ」


 「ほれ、カク。そん時は嫌々させられてた「王太子婚約者」って立場だっただろ? あの莫迦王子と話をするよりも姫の方が有意義と相手さんも解っていたんだと思うぜ?」


 やれやれと両肩をすぼめるカクに対して、主の魅力だと言わんばかりのスケはニカッと歯を見せて笑っている。


 「そこは同意なんですがね……言っちゃぁなんですが、『莫迦王子』の婚約者ってだけで話してもいいって内容じゃねぇと」


 「良いではないですか。あの会談を切っ掛けに、ランドヨットを始め、色々な魔法具をファーレンハイト領の優先購入権を得たのですから。

 不満があるのなら、カクのランドヨットは没収しても構わないですね? お父様の中央領都への連絡便が増えるのは喜ばしいことですから」

 少しムッとしたセルシネスは文句を言うカクに対して、少しだけ意地悪な言葉を投げる。


 「あ、そうじゃねぇですって、姫」


 「ふふふ、冗談よ、冗談……と護送隊到着の様ですね」


 「へい、誘導行ってきまさぁ」


 「おう、俺は姫さんと残っておく」


 「姫の護衛、任せた」


 「任された」


 立ち上がり敬礼をするカクに、ここは任せろとスケの返礼。


 「今日、最後の仕事です。励みなさい」


 セルシネスも主人としての言葉を二人に与える。


 流石はボルツマン家の手の者と再認識するセルシネスの瞳には、カクの背中が見る見る内にゴマ粒くらい小ささになる脚力に笑みをおくっている。


 「カクは相変わらず、早いですね」


 「姫、アイツにはランドヨット必要ねぇって、ランドヨットの移動速度より早いと思うのは気のせいか?」


 「スケ、それは言わぬが花ですよ」


 「花って云うより、アイツの場合……すまん、食事中だったな」


 「ふふふ、明日迄領内のゴミ掃除。明後日はセヴンとシルヴィーには捜索と掃除を指示して、久々の孤児院へ顔を足しましょうか」


 「おう、ガキ達の喜ぶ顔が目に浮かぶぜ」


 「ではいつもよりも腕によりをかけてご馳走を作りましょう。ふふふ、皆の幸せの笑みが、私にも元気と活力を与えてくれるでしょうね。

 まさに、子供は宝。ファーレンハイト領では空腹で無く子供は誰一人として出してはいけません。幼い命は健やかに育つ権利を子供たちは持っています。

 私は領主として、その義務を全うしなければなりません。そう、民が幸せであれば、領が豊かになるのも当然と私は「マサキ」様との会談で確信を得ました。ですから………」




 『ああ、今回も暫く戻ってこなさそうだぜ。くくくっ、はて、今日は何分かな?』


 熱弁を語るセルシネスの言葉は歌姫が歌うラプソディー。スケは美声に耳を傾け、終演まで己の主を見守るのだった。



 二十分後『今回は短かったな』と苦笑いを浮かべながら草原の先に目を向け、セルシネスへ向き直り一つ頷くと、満面の笑みを湛えたセルシネスは、土煙を上げ此方へやって来る集団を迎え入れる為に立ち上がった。





 *



 フォトン王国の人口おおよそ八億人。


 王領人口より二千万人少ない、ファーレンハイト領総人口は三億二千八百二十一万人、内ランキン女男爵領内総人口、約二千万人。

 ライゼン帝国との国境領地にここまでの人口がいるのは、ボルツマン家の治世の賜物だと他領の貴族達はやっかむ言葉を吐くのが、本日か三日間の行程で開催される貴族総会会議前の挨拶であった。


 「色々と探りを入れている貴族もいるみたいだが、とても真似が出来るやり方ではないと聞いたよ」


 「税率も他領より低い、いいや、低すぎる。隣領では民が流れてしまうと領門を閉じた領主もいたのだが、難民化した領民に武装蜂起され治安が悪化したとも聞いたぞ」


 「中には貴族の誇りも捨て、ボルツマン家に師事した子爵もいたそうな」


 「我が領もその煽りを喰らいましてな………」


 自分の治世は決して悪くないとボルツマン家の噂話で憂さを晴らした貴族達だったが、王太子の婚約破棄騒動を聞き、ボルツマン家の動向が注目される中、宰相のヘクターから、今回、罪を犯した者達への処罰の報告がされた瞬間、会議に出席した全員の喉が『ゴクリ』と会場に響き渡ったと云う。


 そして、国王と王妃達の謝罪、宰相、近衛隊隊長、内務大臣、軍務大臣の謝罪は何とか受け入れられたが、問題は山積みで会議日程七日の延長を余儀なくされた。


 最終的に王太子ケルビ並びに四人の廃嫡、ラティグ聖王国へ神官の傍使えとして出家。

 マーレー嬢は奴隷落ちし、フォトン王国内にあるラティグ教会修道院の下女として一生を修道に捧げると云う献身刑。この後、各自の判決書がボルツマン家の承認を得て執行される。


 本来、斬首刑にされてる筈だったマーレー嬢だったが、セルシネス本人が『命を以って償うのは意味がない、一生涯誰かの為になる方が有意義です』と死刑を否定し、生かすことで一生を賭して償わせるが吉と和解案が通ったのでる。


 こうして短期間で決着を見せた一連の騒動は決着したのだが、セルシネスを嫁に、または婿養子をと争奪戦が始まるのは必然と云えた。





 *



 王侯貴族の皆が恐れるボルツマン家とは?


 武力、知力共に高く、フォトン王国に於いては『ボルツマン家と矛を交える事とは。魔族にこん棒で殴り掛かる様なもの』と言われる位で、統治に於いても常識外過ぎてボルツマン家の能力があるからこそ可能な経済力をも賄える大商会も経営している一族なのだ。


 『中央の政は王族に、我らボルツマン家は外敵を蹴散らす事が役目』と家訓に助けられているのが現状で、悪意に対して徹底的に捻り潰す苛烈な性格に、誰が好き好んで波風を立たせようか。


 そして五代前の国王の統治時代に公爵家二家を筆頭に伯爵家、子爵家総勢十三家が秘密裏に中央議会を牛耳ろうと他の貴族の一族の命を盾にしようとしていた王族反意勢力の『この反意、国王陛下の存在を否定するものなり』と証拠提出と同時に三日でこれらの貴族当主全員及び加担していた一族全てを殲滅した事が一番の原因である。しかも動員した人材はボルツマン家一族のみで短期解決したのだ。



 そこまでの力を保有しておきながら、『ボルツマン家はライゼン帝国との国境線を守る』と今も尚辺境の地でフォトン王国国防の先陣を担っている最も適した一族と云える。

 その効果は「ボルツマン家=勧善懲悪の一族、何人もその逆鱗に触れることなかれ」と当時の国王は各貴族達に釘を刺した。

 しかし、何時の時代もその逆鱗に触れる王侯貴族は多少なりともいた為に『触れることなかれアンタッチャブル』と再認識されていくのである。



 そして、当代の王太子とそのお付きである貴族子弟が「禁を犯した」のだ。議会が揺れるのも致し方のない事となったのだった。




 *




 ランキン女男爵領主館執務室。


 「姫、またお茶会の誘いとお見合いの申し込みの手紙が、わんさかと来てやす」


 「お茶会には「当面、心の休養が必要なので」とお断りの書簡を。お見合いに関しては、お父様とお母様に丸投げして下さい。

 お父様のことだもの『鍛錬』と云って完膚なきまでに叩きのめすか、お母様に心を折られて、暫くの間使いものにならないと思いますが……申し込みが減らないのは困ったものですね」


 「お館様が『俺を倒さないと娘と会うのは許さん』なんて言ったら、あの手この手を使って来るだろうしな。

 修練って謳い文句に、希望を掛けて集まったボンクラ共を一掃出来るってもんだ。それに、姫が一族に入る事の方が魅力なんだろうよ。己の息子を犠牲にしてまでもってな」


 「お貴族様のボンボンじゃぁ、鍛錬開始から一時間も持ちゃしねぇ。あっしらとの他領の力量差を見せつけるつー一石二鳥でやすからね。

 新平共の憂さ晴らしには持って来いって、お館様は大喜びでさぁ」


 「それと姫、宝石等の贈り物は、どうするよ?」


 「いつもの通りに、売却して孤児院の運営費と農地開発、宅地造成のお給料に回してちょうだい」


 「心得た」


 テキパキと政務をこなし、明日に控えた「ランキン傭兵冒険者組合」の発足会合の議案に目を通す彼女は、我が世の春と云わんばかり、新しい取り組みを喜々として積極的、精力的に動き始めていた。


 婚約の呪縛から解き放たれたとは云え、全てが順風満帆では無かった。


 領地運営予算も潤沢ではなく、孤児院やインフラの保守費用等、現状、換金出来るシロモノが繋ぎ止めているに過ぎない。これらの資金をどこから捻出するか、それが今回の傭兵冒険者組合の設立を呼び水として幾つかの案を現実化しなければならない。

 しかし、その案もセルシネスの趣味が形立った物で不安よりも希望にあふれているのは、その所為でもあった。


 「本当に、他国との会談は非常に有益でした。ましてや技術大国と云える国ならば猶更ですね。ふふふ」


 三年前の会談で得た情報は彼女の…行く行くはフォトン王国の発展に多大な影響を、さらなる繁栄を国民の笑顔が増える日々がやって来る未来を、このランキン領から始める事が出来る栄誉をセルシネスは苦難の先に見える希望に武者震いが止まらなかった。


 いつもの様に「向こう側」へ行きかけた時、執務室のドアがノックされる。


コンコンコン


 「はい、いらっしゃったのですか?」


 三回のノックは来訪者が到着した時の合図。


 「はい、お館様がご到着されるとのことです」


 執事の言葉に屋敷の使用人全てに門内集合の指示を出して、自身も執務室を後にする彼女の足取りは軽かった。


 ランキン女男爵家の家人全員に迎えられたレオミュール・フォン・デム・ボルツマン=ファーレンハイトは馬車から降りると、娘が笑顔で待っていた事に破顔し両手を広げて一歩前で踏み出し、愛娘をそのかいないだく。


 「お父様」


 「おお、私の宝者ほうじゃよ、息災であったか?」


 「ええ、お父様。私は何時でもこの通り、溌剌はつらつです」


 「良き良き、それでは其方そなたの『傭兵冒険者組合』について話をしようか」


 「はい、お父様」


再会の抱擁ハグを終え、本題を切り出すレオミュール。


 父の出された腕に、そっと手を乗せて領事館へ歩を進める父と娘。


 「お父様、お茶を嗜みながら最終段階に入った傭兵冒険者組合の話しを致しましょう」


 「うむ、良きぞ」




 *





 それから一か月間後。本日は「傭兵冒険者組合」の創立及び団結式である。


 総勢五千人余名が集結した大集会場で、組合長などの三役の演説、職員の任命書の授与、ボルツマン家領主の挨拶と式はつつがなく進行し、残すところは設立者であるセルシネス・フォン・ボルツマン=ランキン女男爵の表明演説。


 野外舞台の中央で組合職員の制服に身を包んだ勇姿は、蒼天から降り注ぐ太陽の下で一段と輝いて見えている。


 「始まります。今、ここランキン領からフォトン王国は、より一層の殷賑いんしんへと導かれるのです。

 あなた方が手に入れ様としている物が奢侈しゃしと云われようが、手に入れて下さい。その道は容易くない事は承知かと思いますが、それでもその資格を、力を貴方たちは持っています。

 揶揄する人々は、己が成しえぬ悔しさをぶつけているだけの口だけ将軍です。気にせず、邁進して下さい。

 これから始まる半年の厳しい訓練に歯を食いしばり、血反吐を吐く事も少なくはない。只、その先に見える栄光を諦めさえしなければ手に掴む事は約束されています。

 ファーレンハイト領民としての常識、それは他を圧倒する文武。貴方も、貴方も、その力を持って輝きなさい。

 私は約束しましょう。何処に居ても、何をしていてもランキン傭兵冒険者組合の一員である誇りを忘れずにいるのなら、ランキン領が、ファーレンハイト領が皆の背中を守る事を。

 ドラゴニア大陸のあぎとの国と呼ばれるこの地で、傭兵冒険者組合の諸兄、その実力をしましましょう。

 さぁ、右腕を掲げなさい、誓いなさい、声高らかに叫ぶのです。我らが作りゆく未来の為に」


 セルシネスが、演説の終止を告げる拳をスッと挙げた次の瞬間、天地を揺るがす程の歓声。



 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 五千人の雄叫びに辺りの空気は痺れ、大地が揺れる。


 後に、ファーレンハイト領の名物『竜の咆哮ドラグファング』と呼ばれる最初の雄叫びが、ここに誕生する。


 産声にしては猛々しい喚声を背に、セルシネスはステージを降りていく。


 喝采をその身に浴びながら。


 『ランキン! ランキン!』

 『Wow! Wow! Wow! Wow!』


 『ファーレンハイト! ファーレンハイト!』


 『Hey! Hey! Hey! Hey! YO!』


 興奮が冷めないのであろう、傭兵冒険者達は次々に彼女の名を連呼する。

 『セルシネス! セルシネス!』


 『Lady Hi! Lady Yo! Lady Go! YES YES YES!』


 『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ』




 花恥ずかしくしていると、視界の端に合唱を先導している父親の姿が映る。


 その場面を切っ掛けに、ここ最近の嫌な思い出がフラッシュバックした。学院での出来事が、家族を王国をも巻き込んだ騒動が遠い過去の様に思え、自分の中で踏ん切りが付いたのだと実感して、屈託のない笑顔になり、カク、スケが待機している馬車へと歩を進めるその頬は、桃の花の様に薄紅色に染まっていた。




 *





 二年後。


 十八歳になったセルシネスは傭兵冒険者の装いで、右手にはレイピア、左手に発動待機状態の「魔法」を浮かばせて、山賊のアジトである打ち捨てられた砦の門へ目掛け、疾走していた。


 そして攻撃の合図となる『トリプルスター』が夜空に高く放たれる。


 『さぁ、始めましょう、他領での初仕事です。カク、スケ、セヴン、シルヴィー思う存分に稼ぎましょうね』


 『『『『『御意』』』』』


 夜空に浮かぶ合図は『ジェノサイド』の時間。通信でもしているかの様な、阿吽の呼吸で其々それぞれが行動を開始する。


 門扉が破壊された爆音を耳に、飛び起きた盗賊一団は、夜空に浮かぶ「トリプルスター」が視界に入った途端に狼狽える。


 「おいおいおいおい、何でここに殲滅令嬢が来るんだよ」


 「んなこと知るかっ! 早くズラからねぇと俺たちゃしめぇだ」


 「ファーレンハイト領は避けてたのによぉ」


 「兄貴たちは何で慌ててるんすか?」


「おめぇ、先週入ったヤツか……ほれ、上を見てみ。ありゃ俺たち盗賊にとって見たら最後、逃げきれねぇ……待っているのは死だ。

 運が良くて生け捕りで犯罪奴隷落ち。まぁ、ここで死ぬか、死ぬまで働かされるか。どっちにしろ死ぬ運命ってな。

 だから、覚えとけ。『空に輝くトリプルスターは、ランキン傭兵冒険者トップの撃滅宣言。ボルツマン家セルシネス殲滅令嬢のジェノサイド・ダンス』一人残らず狩られる運命ってな」


 「殲滅令嬢……セルシネス……ボルツマン家」


 「あぁ、逃げきれた奴は一人もいねぇ」


 「で、でも、その話しはどこからっすか? 逃げ切った奴が広めたんじゃ?」


「莫迦かおめぇ。逃げきれた奴はいねぇっつったぁろ。ランキン傭兵冒険者達が広めたんだよ。盗賊、人攫い、有象無象の犯罪者へ向けて絶対の捕縛宣言・・・・・・・だ」


 「でもよぉ兄貴ぃ、普通、そうゆーのは領兵の仕事なんじゃ……」


 「おめぇは本当に莫迦だなぁ。今じゃ傭兵冒険者組合が領主から請け負ってるんだよ」


 「そうなんすか?」


 「ちったぁ考えろや! ずっと養う領兵より一時金でカタつきゃぁ安上がりってもんよ」


 「あ、兄貴ぃ。それってもうやべぇって事じゃねぇのかよ?」


 「だから、ファーレンハイト領での強奪仕事は俺ら盗賊にとっちゃぁドラゴンの住処に忍び込むのもおんなじっちゅー訳だからよぉ。こっちの領で強奪仕事してんだろうがよ」


 そこへ攻撃魔法が飛んできて、辺り一面が炎に包まれた。


 「げげ、殲滅令嬢だぁぁ。に、逃げろ、逃げろっ!」


 「お、お助けぇ。ひゃぁ~」


 「に、逃げんじゃねぇ。相手は少人数、多勢に無勢よ。全員で取り囲めば、たかが女の一人や二人、どうったこたぁねぇ、おめぇらやっちまえ~、んでぇ慰み者だぁ。ひゃっはぁぁ」

 パニックから立ち直った六名の男達が手に武器を持ち、一斉にセルシネスへと切りかかる。


 「さぁ、皆さんいらっしゃい。私と楽しいダンスを踊りましょう」


 彼女の動きを例えるなら『雷光』


 レイピアの剣捌きは松明の光を反射して白刃の残像の軌跡を描き、セルシネスが通り過ぎると、次々に空中に舞う血の花弁が床に落ちても花を咲かす。


 「まぁまぁまぁ、盗賊とは云え、ちゃんと連携を取れるのですね。盗賊になるくらいなら私の領に来れば、組合員として、さぞかし稼げましたのに。

 ウチの訓練プログラムは優秀ですので『ぐんそう』さんが一人前に育ててくれます」


 逃げることを諦め、及び腰ながらも武器を構えた盗賊共を一瞥するセルシネス。


 「ただ、一度でも盗賊に身を落とした方は余程の功績が無いと入会は出来ません。ふふふ、一度試験的に『ぐんそう』さんの訓練に参加させました。

 たった半年も我慢できず、自我放棄になって「改心」も儘成りませんでしたが…。所詮、悪漢の道を選んだ方は、何をさせても無下な態度が消えませんでした。

 皆が云うには「性根が腐ってる」と言っていましたね。可能性を自ら放棄するなんて、なんて勿体ない。ですから、そんな勿体ない事をするであれば、有効に領民の為、働ける職場を与えるのも領主の役目。

 さぁ、盗賊の皆さん、楽しい鉱山労働が待っていますよ。大丈夫、おなか一杯ご飯は食べられますし、治療も充実しておりますので憂いは一切ありません。ただ娯楽はありませんので悪しからず」


 切った張ったの戦闘中に見ほれる程のカーテシーに一瞬の静寂、いいや、パキパキと燃え上がる木材の小さな破裂音だけがBGMの様に彼女の美しさ、育ちの良さに、死を背にした盗賊達は酔眼朦朧に陥ったと錯覚する。

 しかし、その隙を見逃す筈等もない殲滅令嬢は一呼吸の内に十名の荒くれ者達の致命傷を避けつつ、切り伏せていく。


 傍目から見れば喚起に震えながら敵を打ち滅ぼしている様に見えるが、彼女を知る者の目には、その瞳は怒りの色を滲ませ、民の平穏を乱す者、許すまじとする感情が鋭い眼光となって盗賊達を射抜く。

 張り付けた笑顔は、慈悲など存在しない冷徹な断罪者の仮面。と映っていた。





 三十分後、盗賊のアジトの制圧が完了したセルシネス達の前に、シルヴィーに抱えられたマーレー嬢がボロボロの状態で連れてこられた。


 「無事……とはいきませんが、やっと保護出来ましたね。大変遅くなってしまい、申し訳ございません、マーレーさん」


 毛布でくるまれたマーレー嬢の目は虚ろで、攫った盗賊達に何をされたのかを物語るには十分すぎる程に傷だらけだった。


 「……あ」


 「……」


 「…あり」


 「……」


 「あ…りが…と。セル…シ…ネス……さ…ま」


 「もう……ご安心なさい。そして今は何も考えず養生いたしましょうね。マーレーさん……『清らかな眠りを、スリープ』」


 マーレー嬢の弱弱しく震えながら出された手を取り、そして優しく彼女を抱きしめて、スリープの魔術を掛けたセルシネスの瞳は烈火のごとく怒りに煮えたぎっていた。



 本来、修道院から出る事のなかったマーレー嬢は、とある子爵の我儘から元王太子達を篭絡させた美少女を一目でよいから見せろ、四の五の言わずに連れてまいれと修道院に圧力をかけた。

 その結果、移動中に盗賊の襲撃に遭い、彼女だけが連れ去られ、残りは全員殺されたのが三か月前の事だった。


 「セヴンとシルヴィーは、マーレーさんを至急治療院に」


 「はい」


 「あいよっ」


 「エイトは、裾野で待機している傭兵冒険者達に現状の報告と護送の手配。押収した物品の選別員の同行も忘れずに」


 「うん」


 「カクとスケは私と共にここへ残ってアジト内の捜査。と残党がいた場合、これを捕縛」


 「わかりやした」


 「おうさ」


 一番気がかりだったマーレー嬢を思いやる気持ちを一度リセットし、アジトの捜査へ意識を切り替えたセルシネスは松明を手にしたカクを先頭に、奥へと進んでいくのであった。





 *



 ファーレンハイト領の隣領での傭兵冒険者組合の仕事は完了する。


 傭兵冒険者の死者:零人。

 捕縛した盗賊:百七十三人。

 押収品、金額にして三億ダラー(一ダラー=百二十円)

 討伐報酬、一千万ダラー。


 持ち主が判明している品は無事に返還され、傭兵冒険者組合が手にした残金は一億二千万ダラー。


 盗賊達は、鉱山やインフラ整備の労働力として犯罪奴隷の一生を過ごすことになるが、マーレー嬢が被害者と云う事もあって、全員が性器の切落としの刑にされた。


 そして、マーレー嬢は治療院で治療され、身体の傷跡は一切残っていない。そして、これはセルシネス立っての願いで「記憶の改竄」の魔術が施された。

 流行り病で修道院の数名(盗賊に殺された女性達)が天に召され、一命を取り留めたのがマーレー嬢と。


 そして、原因を作った子爵とそれに関わった人間全員が子爵領領城門前で公開斬首処刑。罪名は「第一級の王国法違反」と発表された。



 この事件を機に、傭兵冒険者組合は分割され、傭兵の主な仕事は王国の治安維持。冒険者は、街の清掃から魔物退治、素材収集を主とされたが、戦時に於いては任意での参加となる。

 フォトン王国内に傭兵組合、冒険者組合の支所が数多く設けられたが、ランキン傭兵冒険者組合のみ、従来の研修が行われ、練度は国内最高と一目置かれるのであった。





 *



 そして、一年後。


 セルシネスの十九歳の誕生日の日に『ヤマト国』からドラゴニア冒険者統一会議への招待状が届く。


 開催日は一年後。


 「ふふふ、これはとても嬉しい誕生日プレゼントです、マサキ様。それとチハヤ様、シンシ様にもお逢い出来るのですから、楽しみです……ふふふ、明日から忙しくなりますね。

 領主代行の任命、代行の方への業務の引継ぎ。傭兵冒険者組合の随行員の選別。やる事は山ほどありますが、一か月内に旅支度をして、各国を廻り見聞を広めながら向かうのが良いですね。通過する国々への先触れも出さなければなりませんね。

 ええ、そうしましょう、善は急げです。カク、シン」


 「へい」


 「おう」


 「これを読んで下さい、そして準備を始めますよ」


 「ひゃぁ、こりゃてぇへんだ」


 「……うおっ、ヤマト国へか……たまげたお誘いだな」


 それから、招待状が届いてセルシネスの予測通りの一か月後。彼女は、お供を引き連れてドラゴニア大陸北端の地『ヤマト国』へ向けて旅立つ。


 お供は、スケ、カク、セヴン、シルヴィー、エイトのランキン五人衆とランキン傭兵冒険者組合職員5名が随行し、御者が交代要員を含めた六名と傭兵冒険者ランク『六つ星シックススター』の八名が騎馬で護衛をする。

 それと、影と呼ばれる隠密部隊五十名が斥候と殿の任に就いている。


 「さぁ、いざっヤマト国へ向けて出発です。まずはお兄様の男爵領の港から船に乗り、ラティグ聖王国に。

 そして、カルマン連邦を通り、ゼフリア王国を経て、セイルーン王国を抜け、目的地のヤマト国へと入国する旅程です。

 途中途中の国々に寄りながらの旅は色んな事が待ち受けていると思いますが、ボルツマン家の名に恥じぬよう皆で励みましょう」


 『はっ』


 「旅程には十分な日数を取っていますが、何があるか判りません。それでもフォトン王国の代表としての誇りを以って威風堂々と進み、余裕をもって会議に参加しましょう」


 『はっ』


 セルシネスは旅団員に激を飛ばし、両親へと向き直る。


 「それでは、お父様、お母様、行って参ります」


 「うむ、同中楽しむが良い」


 「食べ物と飲み物には気を付けるのですよ」


 「はい、お父様、お母様」


 『セルシネスに悪い虫が付かぬようにな』


 『勿論でさぁ、お館様』


 『この身に変えても姫をお守り致しますぜ、お館様』


 「旦那様、なにをこそこそと?」


 「おっほん、カクとスケに激励をな、言っておったのだ」


 「……そうゆう事にしておきましょう。ささ、娘の晴れの門出ですよ、ちゃんとして下さいませ、旦那様」


 「お、おう。セルシネスよ」


 「はい、お父様」


 「見聞を広め、良き出会いがあらん事を」


 「有難きお言葉と感謝申し上げます。お土産話、楽しみにしていて下さい」


 「うむ」


 「楽しみにしていますよ」


 「はい、お母様」


 「それでは、行って参ります」


 名残惜しさを振り払い、進行方向へと目を向けるセルシネス。


 彼女の旅の乗り物は、四頭引きの大きな黒塗りの馬車で、フォトン王国の国旗とファーレンハイト爵旗にボルツマン家の家紋旗が風に靡き。

 そして扉には、ランキン女男爵家の紋章が描かれている。そして、その後ろには二台の荷馬車が追随するそこそこの大所帯。


 騎馬は、カクとエイトは左側、スケとセヴンは右側に。

 十二人が乗れる車内には前方のボックスシートにはセルシネス、その横にシルヴィー。後方のボックスシートに組合の随行員五名が座っていて、二台の荷馬車には、傭兵冒険者達が馬にまたがり、護衛をしている。










  終着はヤマト国。


  空高く、雲が一つ流れ。


  その道中に、何があるかはお楽しみ。そこには色んな冒険が待っているのは確かである。


 どんな出会いがあるのか、胸に希望を抱いて車窓から外を伺う美少女は何思う。


 セルシネス・フォン・ボルツマン=ランキン女男爵が向かうは、未知の物語。


 「さぁ、私の未来、待っていて頂戴。何がやってこようとも、善ならば迎い入れ。悪ならば! 殲滅して差し上げましょう。ふふふ」


 セルシネス率いる旅団を見送るかの様に、ワイドピジョンの群れが館の裏林から北へ向かって飛び立つ。


 その群れの羽ばたきを見上げながら頭上に翳した指の隙間から見える瞳には期待に満ちていて、天真爛漫な少女の笑顔に照れた様に朝露に濡れた木の葉が揺れ、蹄鉄の音は街道に心地良く木霊して、それはセルシネスらしいと云える旅路への祝砲の様に聞こえ渡るのだった。

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Genocide Lady ~殲滅令嬢~ ふかしぎ 那由他 @shigi_yaenokotoshiro

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