4

いよいよ洞窟の奥地まで進んでいく。

だんだんと岩が両端に迫ってきて、視界が狭くなっていった。

岩場の奥に辿り着く。が、そこには何もいなかった。

「あれ、ここじゃないのか?」

ロクサスが疑問を投げかける。

「おかしいわね、ここで合ってる筈よ」

エリスも不思議そうに答える。

「また銅像とかになってるのかな、神様」

ロクサスがキョロキョロと辺りを見回していると、真下から大きく響くような声が聞こえた。

「こっちだ、下だ」

王子たちがびっくりして海底を覗き込むと、そこには巨大な鯨が一頭、半分氷付けで発見された。

「鯨!?」

「しかも半分凍って……!」

王子が驚くように言うと、リアムも続いた。

「とにかく潜ろう。あの鯨が神様かもしれない!」

言うやいなや王子は鯨の元へ潜っていく。

それにリアムやラシャドも続いて、全員が巨大過ぎる鯨の顔のすぐ側まで来た。そこに足場になるような場所はなかった。

鯨は倒れて横になった巨木程の横幅がある。これでは縦はどれくらいあるのか想像もつかない。並大抵の大きさではないが、それの尾ひれ半分の方が氷漬けにされている。

「お察しの通り、私はここセパサーラの神だ」

巨大鯨が語り出す。

「なんで凍ってるんだ?」

「一週間程前……ルミナスと名乗る者たちが現れた。彼らはある願い事を言ってきた……それを断ったら、これだ」

鯨が答える。そこに聞きなれない言葉が混じっていたのを、ロクサスは聞き逃さなかった。

「ルミナス?」

「ああ……なにやら皆白い服を着ていたな。髪の長い男を総領と呼んでいたが……」

白い服と言えば、ロクサスを襲ってきた奴らやアイリスを連れ戻そうとした者に人物像が一致している。

「お兄ちゃんだ……」

アイリスが呟く。

「え!?」

一同が驚く。

「みんなが総領って呼んでるのが、私のお兄ちゃん」

アレクが少女に問う。

「アイリスのお兄さんがこれをやったのか?」

「たぶん、そう」

皆あっけに取られていた。

こんな巨大な鯨の半分をも凍らせるとは、一体どれ程の魔力の持ち主か。想像もつかない。

「私の身体の半分を凍らせた彼の魔力は凄まじいものだ……このままでは私も本来の力の半分も出せない。悪いが、助けては貰えないだろうか?」

巨大鯨の頼みに、ロクサスは頷いた。

「分かった、やってみる」

「だが、こんな大きさではどれ程奥にまで体が続いているのか分からんな。アイリスは大丈夫か?」

ラシャドの疑問に、少女は小さく首を縦にした。

「大丈夫」

一行は鯨に挨拶をすると、彼の頼みを聞くべくその巨体の尾ひれ側に向かって泳いで行った。

「見えてはいるとはいえ、かなり遠いな」

ロクサスが言うと、リアムが答えた。

「ええ、それにどんどん寒くもなってきています」

巨大な氷に近づいて行ってるのだから無理もないとはいえ、辛くもなってくる。

「寒いわね……そうだ、みんな、こっちに集まって!」

するとエリスがなにか思いついたのか、一同を集めた。

集まった所でロクサスが疑問を口にする。

「何するんだ?」

「待ってて、みんな纏めて暖めてあげる! べレシオン・ヘンディ!」

エリスが簡単に呪文を唱えると、柔らかな暖かい水流が一同を包み込んだ。

「暖かい……!」

リアムが驚きながらも安心したように呟く。

「これはね、熱と風の魔法の組み合わせなの。海中だから水流になっちゃうけどね」

「よし、ここで一旦休もう。皆暖まってから再出発だ!」

ロクサスの号令で、皆一旦ここで休むことになった。

「エリスの魔法すごいな」

ロクサスが褒めると、エリスは自慢げに言う。

「もっちろん! 私の魔法はとっても強いのよ! 攻撃だって出来るし、こうして皆を助けることも出来るの!」

「兄上の方が凄いけどな」

そこへすかさずアレクが付け加えた。エリスは頬を膨らませて抗議する。

「それは仕方ないじゃない、私の魔法の先生もアーサーさんなんだから!」

「俺だって兄上に教わってる!」

アレクも少しムキになって答えた。

「そうなのか?」

「ええ、アーサーさんは本当に何でもできる人だから、私やアレクに魔法も教えてくれたの」

「へぇー、ますます会ってみたいな!」

楽しそうに言う王子に、アレクが答える。

「いつかご紹介したいです」

「おう! 楽しみにしてるぜ!」

そんな他愛ないやり取りをしていると、鯨の凍っている方から人影が現れた。よく見ると白い服装をしている。

「!!」

ラシャドがこれに気づいたが、流石にこの人数では隠れる場所がない。すぐに白装束の人達に見つかってしまった。

「何者だ!」

白装束の女がロクサス達に言い放つ。ロクサスが聞き返す。

「もしかして、お前らがルミナスの一員か!?」

「聞いているのはこちらだ! 答えろ!!」

今度はササンが言った。

「おやおや、随分強気なお姉さんだね〜。嫌いじゃないよ、そういうの」

「俺たちはこの鯨の神の氷を溶かしに来た。お前らの仕業なら容赦はしない」

やっとまともに答えたのはラシャドだ。白装束の女は口元を歪めてさらに言う。

「悪いがそれはさせない。我らが総領のご意思でこうしている」

すると女達は詠唱を始めた。どうやら魔法使いのようだ。戦闘は避けられないらしい。

こちらも各自戦闘準備を始める。

リアムはアイリスを庇いながら後ろへ下がって作戦を考える。

奴らは鯨の氷の部分に近づいて欲しくないらしい。それは近づけば突破口があるのかもしれないということだ。ならば倒さねばならない。相手はやはり五人で、これで一組として動いている集団のようだ。この中の一番上は質問をしてきたあの女の人だろう。全員武器は持っていない。ならばそれだけ魔力が強いと判断される。

リアムはそう結論付けると作戦を口にした。

「まずはあの中心の女性の周りを片付けてください!恐らく全員魔法使いです! 彼女たちの魔力は強いと思われます。油断しないように!」

「分かった!」

ロクサスが返事をした瞬間、相手のうちの一人の詠唱が終わり魔法を放ってきた。

「レト・レーズ!」

すると氷の槍がロクサス目がけて伸びてくる。咄嗟に剣を前にして盾にしたが、その剣が凍りついてしまった。

「うわぁ!」

「何やってんだ!」

ラシャドが氷を剣で砕くと、それはバラバラと音を立てて崩れ落ちた。

「助かった!」

「あの氷の槍、厄介そうだな」

二人が相談していると、後ろから声がした。

「魔法なら任せて!」

「俺も手伝います!」

エリスとアレクだ。彼らも詠唱を始める。

「冥府の炎をこの地に呼び寄せよ、全て焼きつくして! ヴァイン・アルト!」

先に詠唱の終わったエリスが炎の渦を作り出し、敵を包囲する。さらにアレクが追い討ちをかける。

「白き雪よ、聖なる白さでかの者を包み込め! ヴァイル・アート!」

すると炎の中に囲まれた敵の中央目がけて吹雪が襲った。

「くっ!」

「ロクサス殿下、今です!」

アレクが叫ぶと、ロクサスも応えた。

「よし、あとは任せろ!」

ロクサスが剣を構えた、その時だった。敵の様子が少し変わった。

「ロクサス……殿下……?」

「紫の髪、琥珀の瞳。間違いない! ロクサスだ! 捕まえろ!」

敵は相手が王子ロクサスであると分かった瞬間、攻撃をやめ、魔法を無理矢理跳ね除けてこちらに向かってきた。

驚いたロクサスが呆気にとられているところを、二人組の白装束の男が彼の両腕を掴みにかかる。

「なんだ!? やめろ!」

抵抗するロクサスに、白装束の奴らは大声を出した。

「お前の身柄、貰い受ける! ついてこい!」

「させるか!」

するとロクサスを捕まえている男の一人をラシャドが斬りつけた。

その隙にロクサスはもう一人の腕を振りほどいてなんとか逃れる。

「なんなんだ!?」

すると、女が一人進み出てロクサスに言った。

「ロクサス……いや、ロクサス殿下。貴方はもう分かっているのではないか? 己が【創造神の器】である事。

私たちは創造神様をこの世に呼び戻したいだけなのだ。彼と話をさせて欲しい。その為に力を貸しては頂けないだろうか」

先程とは違い、願うような言葉だった。

しかし、ロクサスには何のことかさっぱり分からない。

「【創造神の器】? 確かに鳥神にはそう言われたけど、なんの事だかは分からない」

彼は本気だったが、信じては貰えなかった。

「そこまで我々への協力を拒むか。ならば、やはり力ずくで……!」

「切り裂いて! べレシオン・グアード!」

そこへエリスは再び魔法を放った。水中なのに気泡が沢山できて刃となって敵を切りつける。

「ぐあっ!!」

「殿下は何も知りません! 貴方達の思い通りにもなりません! だいたい神様にこんな酷い事をしている人達にどうして協力しなければならないのですか!」

リアムが叫ぶと、白装束の女達は少し戸惑っているようにも見えた。

「確かに……確かにそうかもしれない。しかし、それでも我らの悲願を叶えるためにはもうこうするしかないのだ……」

少しの静寂のあと、再び女が言葉を口にした。

「……ここは引く」

すると、白装束の奴らは姿を消した。

「……なんだったんだ……?」

ロクサスが疑問を口にするが、答えは見つからない。ただ一つ分かったのは、自分は狙われているということだった。

「殿下、ご無事ですか?」

リアムが心配そうにロクサスの顔を覗き込んでくる。

「ああ……。それより、今はこの神様助けないとな!」

それを後ろで見ていたササンとアレクは複雑そうに話していた。

「無理してそうだね」

「ロクサス殿下……大丈夫でしょうか?」

「うーん、何か分かると良いんだけどねぇ」

ロクサスは笑っているように見えたが、なんだか戸惑っているようにも見えていた。

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