2

幼いアイリスに長旅を強いるのは良くないと判断し、界廊はそれぞれ馬と飛竜を主に使って進むことになった。この方が断然早いからである。

界廊には相変わらず時折襲ってくる魔物もいた。

魔物の数が少しだけ前よりも増えたような気がするが、流石に細かい数までは分からない。

戦うことが苦手なリアムと戦闘が出来ないアイリスを守りながら進んで行く。

王子一行はとある世界の入口に辿り着くと、そこで一泊することにした。

「セパサーラ……」

王子が入口に書いてある名前を呟くように口にする。

噂ではここは異世界でも珍しい海の中の世界らしい。人魚という種族が住んでいる事でも有名だ。


いつも通り、扉にそれぞれが異世界通行手形を翳す。

「なんだこれ!?」

王子たちが驚く。無理もない。

扉が重たい音を響かせてゆっくりと開くと、そこには上から下までびっしりと水面が詰まっていた。扉が境界になって、その先が水槽の水のように途切れている。しかし、硝子などは無い。

試しに王子が水に指先だけ触れてみる。ちゃぷ、と音がして冷たい感覚がある。たしかに水の中のようだ。

「これは……入れるのですかね?」

流石に旅慣れているアレクも疑問が拭えないようだ。

「とにかく入ってみようぜ! 息止めて行けば何とかなるかも!」

「あっ、待て!」

ラシャドの制止の声も聞かず、王子はさっさと息を止めると扉の中の水へと入っていった。慌てて他の者も続く。

さすがに馬と竜は連れて行けないので、界廊に置いていくことになった。

水の中は透明度が高いが、暗くて前がよく見えない。手探りで泳いで行くと、奥に扉があるように見えた。

「……!」

ロクサスは息を止めながら急いで奥の扉を開けた。すると、そこには今までと全く違う、とても鮮やかで明るい世界が待っていた。

「……!!」

海には様々な場所に光が灯り、美しいサンゴ礁で出来た家のような物が沢山あった。そこを大少様々、色とりどりの魚たちが、数は少ないが泳いでいる。

上半身が人間、下半身が魚の人魚らしき者もいた。

続くラシャド達も驚いている。しかし、陸に続く様な場所はない。上を見ても海面すら見えない。このままでは息が続かなくなってしまうと焦ったその時、前方から女性が歩いてきた。

その女性はたしかに人間なのに、ここが海の中ではないように普通に歩いていた。多少水の影響は受けるのか、動きは鈍い。

「アンタ達何やってるの?」

女性が声をかけてきた。

「ひゃべっ……!」

彼女が水中にも関わらず普通に喋っているのを見て驚いたロクサスは、思わず空気を逃がしてしまう。焦ってまた息を止めた。

「? 変なの。あら! アレクじゃない! 久しぶりね!」

そう言うと女性はアレクの方へ走っていく。アレクも驚いて声を出したいらしいが、ここは陸地ではないのだ。何とかこらえる。

「……あー、そうか、何も知らないのね。あのね、この世界では水の中でも普通に呼吸できるわよ。ついでに、ゆっくりだけど歩いたり走ったりもできる。だから息止めても泳いでも、そんなに意味はないわよ」

「そんな馬鹿な事がある訳……! あれ?」

彼女の言葉に反対したアレクが一番に声を出した。本当に息が出来ている。

「皆さん、大丈夫です! 息が出来ます!」

「ぷはっ!!」

アレクの声を皮切りに、そこにいた全員が息を吐いた。

「本当だ……! すげぇ!! アレク、今度こそ知り合いか?」

ロクサスは驚きながらも確認を忘れない。アレクもその言葉に頷き返した。

「はい。彼女はエリス。俺の知り合いです」

「知り合いって冷たいじゃない。幼なじみでしょー!」

頬を膨らませて怒る彼女はどこか幼くも見えた。

「初めまして、私エリス。旅の占い師やってるの」

彼女は小さく頭を下げる。

長い黄緑色の髪を一部両側で三つ編みにして、赤い玉で止めている。青色のスカートにピンクの布を付けて、それをベルトで止め、上には寒さ対策なのか綿の付いた紫色の上着を羽織っていた。

エリスに倣って泳ぐのを止め、サンゴの上に降り立つと、彼らは一通り自己紹介をした。

やはりロクサスが王子なのだということを伝えると驚かれる。

「えっ!? 王子様!? 全然見えない! あ、悪い意味じゃなくてね? 気さくっていうか、話しかけやすい感じ!」

エリスが言うと、アレクが注意する。

「おい、殿下に向かってその言葉使いはなんだ! 敬語を使えよ!」

これにはロクサスが答える。

「いや、俺としては口調はそのままの方がありがたいな。エリス、宜しく」

「あら! 話の分かる王子様ね! 宜しくね、ロクサス!」

アレクが頭を抱えていると、アイリスが心配そうに見上げてきた。

「アレクお兄ちゃん、どこか痛いの?」

「あー、うん……頭が痛いというか、痛くはないんだけど困ったというか」

そんなやり取りを見てササンが笑っている。

「アイリスちゃんは優しいねぇ。エリスちゃんはちょっと変わってる感じがする」

ロクサスがエリスに尋ねる。

「ところで、この辺りでアレクにそっくりな奴見なかったか? 人を探してるんだ」

「いいえ、見てないわ。アーサーさんのことじゃないわよね?」

ロクサスが初めて聞く名前に反応した。

「アーサー? いや、俺たちの探してるやつもアレクって名前らしいんだ」

「? 不思議な話ね。アーサーさんはアレクのお兄さんよ。聞いてないの?」

皆の視線がアレクに集まる。

「ああ、えっと、話す機会がなかったので話してませんでしたが、アーサーは俺の十個上の兄です」

「お前兄ちゃんいたんだな! いいなー、年上の兄弟!」

純粋に羨ましがるロクサスに、アレクは照れるように言った。

「ええ、俺にはとても勿体ないくらいの素晴らしい兄で、憧れなんです」

「アレクはアーサーさんに憧れて騎士を目指してるくらいなのよ」

エリスが付け加える。

「それは会ってみたいなぁ!」

ロクサスの羨望の眼差しにアレクは恐縮していた。

「ところで、エリスはなんでこの世界に居るんだ?」

するとエリスはうーん、と一つ考えてから、色とりどりの石を出して水に浮かべた。

「えっとね、私、さっきも言ったけど占い師やってるの。で、何だか最近やたら魔物が活発じゃない? それの原因を調べて回ってたら、ここに着いたの」

「それが占いの石なのか?」

「そうよ」

ロクサスが珍しそうに見ている。

「石を使った占いは各所にあるからな」

ラシャドが言う。

「それにしても、この世界は海で結構有名なのに下調べも無しに来たの? ここは水中でも酸素濃度が高いから呼吸ができるとか、その辺のこと」

エリスのもっともな意見にアレクが噛み付く。

「仕方ないだろ、急だったんだ……っくしゅん!」

「大丈夫アレク? やっぱり寒いわよね。ここ、本来はもっと暖かい海なのよ」

鼻をすするアレクに代わってロクサスが聞いた。

「本来は?」

「ええ、なんか異常気象らしくて海の一部が凍ってる場所もあるんですって。防寒した方がいいわよ」

言われて見れば確かに水が冷たい。長くこのままだと風邪を引いてしまいそうだ。

「とにかく宿を取ろう。アイリスも疲れてる筈だし、暖まる場所が欲しい」

ロクサスのこの意見に、皆頷いた。

「それなら、この先に私が泊まってる宿があるわ。水の中でも燃える不思議な炎の暖炉があるから暖まるのにもいいわよ。ついてきて」

そう言うとエリスは振り返ってサンゴ礁の階段を上っていく。

一行はそれについていった。


宿屋に着くと、それぞれが部屋をとった。大人数ではあったが、今はこの寒さで閑古鳥が鳴いているらしく、部屋は充分あった。

「まずは聞き込みだな。原因を突き止めないとどうしようもない」

ラシャドの提案にロクサス達は頷いた。

「あとは防寒着、何か買った方が良さそうですね」

そう言ったのはアレクだ。アレクはしきりに薄着のアイリスを心配し、少しでも温まるように、とアイリスに自分のマントを羽織らせていた。

「それじゃあ早速行くか。アイリスはここで待っててくれ」

ロクサスが言うと、アイリスはふるふると首を横に振った。

「わたしも行く」

これにはアレクが驚く。

「今からもっと寒くなる場所にも行かなきゃならないかもしれないんだよ。君はここに残った方が……」

しかし、アイリスは今度はアレクのマントを羽織ったまま、彼の袖にしがみついていた。どうやら離れたくないらしい。

「アレクくん、隅に置けないね〜」

ササンがからかう。アレクは困ったようにしながらも、アイリスを連れていってもいいか皆に聞いた。

「すみません、どうしても行きたいみたいです。防寒着も買うなら本人もいた方がいいということで、連れて行ってあげられないでしょうか?」

「俺は構わないぞ!」

ロクサスがニカッと笑って答えると、

「ありがとうございます、ロクサス殿下」

アレクはそれに丁重に感謝を述べた。


一行は宿屋の主人に服屋の場所を聞くと、まずは防寒着を全員分買った。

次は聞き込みだ。

「この地図によると、西に沿って回るのが一番効率がいいですね」

リアムは地図を見るとすぐに答えをだした。

「なるほど、分かった」

ロクサス達はリアムの言う通りに、この店から西に向かって歩き出す。

先程よりも少し寒い気がした。


彼らは一つ一つ家を訪ねた。

ノックして出てくるのは殆どが人魚で、一部は魚そのものだったが、言語は通じるようであった。

とある女の人魚が言った。

「一週間くらい前から急に寒くなったのよ。ここは本来海の中でも恒星が見えるから暖かいのだけど、最近はずっとそれも見えなくて……。特にここから南側が特に寒くて、一部が凍ってるらしいの」

とある魚もこう証言する。

「先週辺りから寒くなって困ってるんだ。皆入り江の方から寒さが来てる気がするって言ってるよ。あと、最近は寒い所に住む獰猛な人達も来てるから、あまり家から出たくないんだ」

王子達は魚達に礼を言うと、これまでの聞き込みをまとめた。

「皆さん、南側の入り江の方角が特に寒いと言ってましたね」

リアムは途中の店で買った水中でも書き込みできる紙とペンで内容をまとめている。

それを見ながらエリスが呟く。

「その入り江は、確か神様のいる所よ」

「ってことは、鳥神の言う通りって事になるのか?」

「鳥神?」

エリスがロクサスに尋ねる。

「ああ、こいつ……リアムの世界で俺たちは鳥神と会ったんだ。そして今、色んな世界で異変が起きていること、そしてそれらの世界で神を助けて欲しいと言われたんだ」

それを聞いたササンが何か閃いたようだ。

「そういえば、エリスちゃんも占いでここに来たんだよね? もしかして何か関係あるのかな?」

「そう考えるのが妥当ですね。もしかしたら魔物の増加にも関わっているかもしれません」

リアムがさらに付け加える。

「とにかく、入り江の方へ行ってみよう。空振りでもこの世界の神なら何か知っているかもしれない」

ロクサスの提案に全員が賛成する。一行は入り江へ向かって歩き出した。

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