12

鳥神に乗って移動すると、あっという間だった。街がみるみる近づいてくる。

「おお、懐かしい村よ! 今では街になったか、全く人間の成長は素晴らしいのう!」

嬉しそうな鳥神の声に、街の人々が気づき始め、こちらを指さして皆大きな声を上げている。

あるものは喜びの声をあげ、あるものはひれ伏し、あるものは祈っている。

ロクサスが鳥神の上から街の人々に呼びかける。

「みんな! 鳥神が戻ったぞ!! もう神子に頼らなくてもいいんだ!」

執務室で業務をこなしていたレジーが外の騒ぎを聞きつけ、何事かと部屋を出て窓を見た。すると巨大な赤い鳥がこちらに向かってくるではないか。レジーは慌ててリアムの部屋に行った。

リアムは窓を見て呆然としていた。真っ赤な大きな鳥がこちらに向かって来ている。それも、殿下を連れて。涙に濡れた瞳でポカンと見ていると、鳥は窓の前で止まり、リアムに語りかけた。

「おお、人間の子よ! 随分長い間苦労をかけたな。もう心配ない。お主の神子としての力は儂が目覚めた瞬間に消えてしまったが、もうそなたが頑張る必要はない。あとは儂の力で……」

そこまで言ったところでロクサスは鳥神の頭に拳骨を食らわした。

「それじゃ駄目なんだ! 鳥神の力に頼りすぎると、また同じ事を繰り返しちまう! だから、これからはこの世界の人達と考えなきゃいけないんだ!」

「殿下……!」

リアムは今度は嬉しそうに涙を流した。ロクサスは、この王子は、この世界も自分も救う道を探して出してくれたのだと分かった。

「全く、神に拳骨を入れるとは何事じゃ!」

鳥神はロクサスを叱ったが、岩が当たっても平気なくらいなのだからロクサスの拳など痛いどころか痒くもないだろう。現にそのお叱りの口調はどこか楽しそうですらあった。面白い物を見つけたとでも言うかのようだ。

「お主にはびっくりさせられてばかりだ。ところで、何故儂の力だけでは駄目なのだ?」

鳥神は頭の上のロクサスに語りかける。

「さっきも言ったけど、同じ事を繰り返す可能性があるからだ。またお前が力を使い切ったらお前は眠りにつくんだろ? そしたら、また神子制度を作らなきゃならない」

「……いかにも」

「だから、どうしても人間の力では無理な時だけ、お前の神の力を人間に貸してほしい。それ以外は人間に任せて欲しいんだ」

「ほほう」

「これはラシャドやみんなと考えたんだけど、俺の知ってる世界に薬作りに特化した世界がある。その世界をこの世界の人達に紹介するよ!」

「なるほど」

鳥神としては、人間の為に神の力を使ってきたつもりであった。しかしそれはいつしか人間を怠惰にさせ、この世界──フェアスの人々は薬作りも回復魔法も会得して来なかった。故に鳥神の力に依存し、神子の力に依存したのだ。

「頼む、もう少し人間を信じてみてくれ!」

「……分かった」

鳥神も納得してくれたようだ。

「今の説明を、鳥神、お前の口からこの世界の人達に伝えてくれ! それが一番効果があると思う!」

「うむ、そうだな」

すると、そこへ慌てたレジーがやってきた。

「何事ですか!?」

「鳥神が戻ったから、もうリアムには何の力も無いよ」

「!? ……!リアム様、騙されてはいけません!」

しかしリアムはもうレジーの言うことを聞かず、窓を開けると、窓枠によじ登った。

「ロク様……!」

「リアム様!危ないです!!」

慌てるレジーを横目に、ロクサスがリアムに手を伸ばす。

「来い! リアム! 飛び乗れ!!」

「殿下!」

リアムはロクサスの手を取り、勢いよく鳥神の頭に飛び乗った。







街の人々は鳥神の帰還を心から喜んだ。

鳥神が言う。

「もう神子に力はない。儂の力が戻ったからな。しかし、これからは人間自らの力で医療を充実させよ。この者が新しい世界との架け橋になってくれる」

そう言って鳥神はロクサスを民衆に紹介した。

「この者の【修復の能力】で儂の力は蘇った。皆、この者に感謝するのだぞ」

民衆からロクサスを歓迎する声が聞こえる。

しかし、その中には神子をどうするのかという声も聞こえた。

「鳥神様、神子様はもう力が無いのですか? ならば私たちは、これから神子様とどう接すれば良いのでしょうか?」

「うむ、もう儂にも神子にも依存しない世界を作って欲しい。最初のうちは儂が少しは力になってやるから安心せい。神子は自由にしてやってくれ。儂の力が足りないせいで、多くの者──歴代の神子に苦痛を強いてしまったことはとても後悔しているのだ」

民衆からは賛成の声が上がった。

「そうね、神子様一人が頑張らなきゃいけないのなんて、変よね」

「神子様にも自由を!」

と、そこで聞き慣れた声が異を唱えた。

「皆様、騙されはなりません!!」

レジーだ。

「このよそ者王子は、この国を、世界を乗っ取ろうとしているのです! 嘘を並べてこの世界を壊す気です!」

「あれは何者だ? あんぽんたんな事言っとるが……」

鳥神が首を傾げる。

「あれはリアムの叔父さんらしいんだけど、どうしてもリアムを返したくないらしいな」

「ふむ。繰り返すが、この者にもう神子としての力はないぞ?」

レジーは髪を振り乱す。

「嘘だ嘘だ! そんなことは有り得ない!!」

「聞き分けのない人間だのう」

鳥神は呆れていた。民衆も何やらレジーの言い分はおかしいと感じているようだ。

「レジー様、神子様を縛ろうとしてるの?」

「今はもう神子様に力は無いんだから、縛る必要はないだろう」

「あいつ急に偉くなったんだよなぁ、神子様の力で」

レジーに対する不信感が高まりつつあった。

「な……なんですか! 謎の疫病の広がりを止めたのは私ですよ!!」

必死に叫ぶレジーだが、それは神子の力を利用してたからに過ぎない。それを理解出来ないほど、民衆も愚かでは無かった。

「くっ……! 余所者王子! 私と決闘なさい! リアム様は私の血縁、返して貰いますよ!」

「やなこった!!」

レジーもロクサスも剣を抜き、じり、と睨み合う。

「ロク様……!」

リアムが近づこうとするのをササンが止めた。

「ロクサスくんを信じて、大丈夫だから」

ササンがウインクすると、心配そうだったリアムもなんだか大丈夫な気がして、見守ることにした。

「だいたいリアムは物じゃないんだ! 俺たちはリアムを、リアムの居たい場所に連れ戻してやりたい! お前みたいに人の気持ちを無視するやつの所になんか帰してたまるか!」

「この国には、この世界には神子の力が必要なんだ! たとえ神が居ても神子を信じて救われるのだ!」

「頭固すぎなんだよ、おっさん!」

先に動いたのはロクサスだった。

一気に距離を詰めるとレジーの衣服を切り裂いた。

「小癪な……!」

慌ててレジーも剣を振るうが、その一閃が見えていたのか、躱される。レジーの剣が空中を斬っている時に、再びロクサスはレジーの衣服の一部を切り裂いた。

民衆から歓声が上がった。

「いいぞ、やれー!!」

「神子様にも自由を!」

レジーは怒鳴り声を上げた。

「あなたたち!! 一体どちらを応援しているのですか!?」

「俺はそこの紫の髪の兄ちゃんに賭けるぜ!」

「俺も俺も!!」

「賭けにならねー!!」

どっと笑いが起こり、皆ロクサスを応援してくれていた。

十八年前、リアムの父親がこの世界を逃げ出してから、ずっと一部の人達は神子制度に疑問を抱いていたのだ。

神子は絶対権力者であったが、同時に神子の使命は人間には辛すぎるという現実を目の当たりにしたのだ。

先程とは真逆の応援に、ロクサスは力を貰い、レジーを追い詰めていく。

やがてロクサスの剣がレジーの喉元に剣が突きつけられると、民衆から更なる歓声が上がった。

「命までは取らない。だけど、もう二度とリアムに近づくな」

ロクサスはかなりの怒気を込めて言うと、剣を収めようとした。しかし、そこにあの男がやってきた。ルーカスだ。

「……!!」

ロクサスは剣をルーカスに向けて再び構える。勝てる相手ではないが、今はリアムはこちら側にいる。何とか逃げ切ればそれでいい。ラシャドやササン達も臨戦態勢に入った。しかし、ルーカスはそんな四人を無視してレジーに話しかけた。

「レジー殿、神子のお力が無くなったのは本当ですか?」

「い、いえ、そんなことはありません!」

「ではそこの鳥神が嘘を?」

「いえ……で、ですが」

「もういい」

「は?」

「もういいと言ったのだ。貴様にもう用はない」

ルーカスはレジーに見切りを付けると、また歩いてどこかへ行ってしまった。

そこで、レジーは力が抜けたのか、膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。負けを認めたようだ。

「助かったぁ」

ロクサスは別の意味で力が抜けた。ルーカスには先日殺されかけているので、正直恐ろしかったのだ。

リアムがロクサスに駆け寄る。

「ロク様……あ、で、殿下……!助けに来て下さり、ありがとうございます」

ロクサスはリアムに思わず抱きついた。

「リアム! ごめんな時間掛かって!」

「わ、わ、殿下、苦しいです!」

「はは、わりぃわりぃ!」

ロクサスはリアムを解放すると、いつもの笑顔を取り戻していた。

と、そこに鳥神が近づいてきた。

「仲良しじゃのう」

「もう十年も一緒に居るからな!」

「ところでお主の力、それは生まれつきのものだな?」

「? ああ、【修復の能力】のことか。そうだぞ」

「では、この世界の者に薬学に特化した世界を教えるついでに、一つ頼まれて欲しいことがあるのだ」

「頼まれごと?」

ロクサスが首を傾げる。

「うむ。儂も寝ぼけていて先程気づいたのだが、どうやらこの辺りの色々な世界で異変が起きているらしいのだ。例えばここフェアスの疫病も、本来なら有り得ない運命だった」

「!?」

「何者かが運命をねじ曲げようとしているようなのだ。先程それを強く感じた。しかし、儂が今この世界を離れる訳にはいかぬ」

「分かった。どうすればいい?」

「各世界にも恐らく異変が起きている。それをお前の【修復の能力】でなおしてやって欲しいのだ」

「こんなんで役に立つのか?」

ロクサスは自分の手を見つめる。確かに物は直せるが、それ以外で役に立った事などない。

「勿論だ。その【修復の能力】は元はお前の世界の神の力の一部だろう。その力は、眠っていた儂の力すら修復して見せたのだ」

「え? でもそれは変だ、俺の力は治癒は出来ない筈だ」

「神の能力は、時に人の子には効かないが、神には効くものだ。異世界の王子、ロクサスよ。その力で幾つもの世界を守って欲しい」

そこでロクサスはリアムに尋ねる。

「リアム、俺はこの鳥神の頼みを聞きたい。だけどリアムはずっと囚われの身だった。先にルシタル王国に帰るか?」

これにリアムは首を横に振った。

「いえ、僕の帰る場所は殿下のお傍です。ついて行きます」

「分かった。鳥神、その依頼引き受けるぜ!」

「助かる、小さきものよ」

「よし、じゃあ早速この世界に俺の友達を紹介しないとな!」

「ルディ殿ですね」

「ああ! ルディに会えるのも楽しみだな!」

と、そこでロクサスの頭にラシャドの軽い手刀が飛んできた。

「何でも勝手に決めやがって」

しかし、その目はどこか面白そうだ。

「俺らも当然ついてっていいんだよね?」

ササンも顔を出す。

「俺もお手伝いします!」

アレクも楽しそうに言った。

「よし! じゃあ次の目的地は薬学の世界、ヤンティだ!」



その後数日、街では鳥神の帰還と神子の解放でお祭り騒ぎになった。ロクサス達も街の人々に混ざって酒を飲んだりご馳走を食べたりして祝った。

リアムは神子としてお疲れ様と言われたり、これからの自由を大いに満喫して欲しいと言われたりしていた。

街が賑わう中で、楽しみながらもロクサス達は次の旅に向けて準備を始めた。必要な物を買い込み、武器の手入れをし、少しばかりの稽古をして、その二日後にはこの街の人々にお礼を言って出ていった。

街の出入口より少し離れた場所にいるアレクの愛竜スピナーと合流すると、遅れて来たらしいフレッド一行やルシタル王国の一個小隊とも合流した。

「僕を置いて行くなんて本当にいい度胸だよ」

フレッドは少し不貞腐れているようだ。

「すみません、フレッド隊長」

アレクが謝る。

「アレクは悪くないだろう」

ロクサスが割って入った。アレクを選んで連れていったのはロクサスだから庇った……つもりだった。

「ま、いいけどね。おかげで時間が取れて、骨董品を沢山眺めてとても有意義だった」

「そ、そうですか……」

アレクは笑っていたが、ちょっと顔が引き攣っている。アレクはしっかり者で騎士としても真面目だが、どうやらフレッドはそうでは無いらしい。

「ま、次は働いてくれよな!」

ロクサスがニカッと笑いながらフレッドに話しかけると、フレッドは、まぁ任せといてよと言って自分のテントに帰って行った。

「……変わった人ですね」

「……だな」

リアムが零すとロクサスも同意した。

「ところでリアム……俺、ずっと気になってることがあるんだけど……」

「えっ?」

リアムがキョトンとする。

「リアムさ、俺に隠してることあるだろ?」

それを聞いてリアムはギクリとした。

「やー、言いたくないならいいんだけどさ」

「……えと、その……はい、儀式の時見て分かったと思うのですが、僕は女です」

「やっと言ってくれたな」

ロクサスはリアムの頭を優しく撫でた。

「気づいていたのですか?」

「ああ。でも何か事情があったんだろうから、聞かないようにしてた」

ロクサスはリアムの男装にはとっくに気づいていたのだ。しかし言わないのは、リアムの気持ちを尊重しての事だ。リアムにはリアムの事情があってそうしているのだし、無理に聞くことでもないと思った。

数日前はラシャドに聞かれたし、リアムの神子姿を見たササンにも聞かれた。何故リアムは男装してるのか、と。ロクサスもそれは分からないと答え、出来ればリアムのことは自分が聞いてみるから見ていて欲しいとだけ伝えた。

そして今、ようやく打ち明けてくれたのだ。

「リアム殿という名前から、てっきり男性と予想していましたが、女性だったのですね」

アレクが言う。

「はい、僕たちの世界ではリアムというのは男性にも女性にも付けられる名前だったそうで、僕の父が付けてくれたと、母が言ってました」

リアムが答えると、色んな世界があるんだなと皆感心していた。

「僕は殿下に会うまでスラム街で育ちました。母に捨てられたあと拾ってくれたおじいさんの言いつけだったのです。ルシタルでは赤髪は危険だから、男の振りをしなさいって。殿下、今まで黙っていてすみませんでした」

リアムの打ち明けに、心が少し痛くなる。ルシタルでは赤髪は本当に生きづらいのだと実感した。

「こっちこそごめんな、リアム。時間はまだかかるかもだけど、必ず赤髪差別も無くすからさ! これからはなんでも相談しろよ!」

明るい王子の声に、小さな軍師である彼、改め彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「はい、ありがとうございます」

「良かったね、二人とも」

ササンが二人をわしゃわしゃと撫でる。

「はは、くすぐったいよ」

「髪の毛ボサボサになっちゃいます……」

「とにかく、話は纏まったんでしょ? そろそろ行こうよ」

ササンの言葉にロクサスとリアムは顔を見合わせた。

「はい!」

「行こう!」

こうして、鳥神の願いを受けて、改めて一行は旅を続けることになったのである。

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