10

いよいよ神子のお披露目と儀式の日がやってきた。

この日は昼間から花火が打ち上げられ、久々の神子の帰還に民衆は歓喜した。

ロクサス達一行は、予め調べておいた神子の姿が良く見えそうな場所、大きな高台の前を朝から陣取っていた。

どうやらこの高台で神子のお披露目がされるらしいのだ。昨日の夜から警備兵が並び立ち、高台に一般人は入れないようになっていた。

「まだかな……絶対リアムだと思うんだけど……」

ここに来て自信が薄れたのか、ロクサスは少しだけ弱気になっていた。

「どの道リアム本人の帰りたいって意思がなくてはな。それをちゃんと見るんだぞ」

ラシャドがロクサスに言い聞かせる。

「うん」

時間が経つにつれロクサス達の他にも沢山の民が集まってきて、辺りは熱気に包まれていった。

そして、満月が登り始めた夜の帳が降りる頃、漸く神子のお披露目が行われる時間になった。

皆が注目する中、高台には一人の男が登ってきた。レジーだ。

「皆様、お待たせ致しました。神子の後見人のレジーです。本日は、十八年振りに帰還した神子様が皆様の前に初めてお目にかかれる日です。私たちが待ちわびた神子様を、どうぞ温かくお迎えください」

民衆がその言葉に熱狂的な声を上げる。

ロクサスはゴクリと喉を鳴らし、それがリアムなのかそうでは無いのか、リアムならば帰りたいのかそうじゃないのか、見極めようと目を凝らす。

そして、高台の上の二つの松明の明かりが灯されると、いよいよ神子がお付きの人を連れて段を上がって出てきた。

豪奢な衣装に身を包み、深紅の髪の毛は下ろしている。しかし、金色の瞳、特徴的なロクサスが贈ったイヤリング。それは紛れもなく、探していたその人だった。

「──リアム!!」

ロクサスは思わず叫んだ。そして、リアムもこれに気づいた。

「殿下!!」

リアムは付き人を振り払って、高台のギリギリ端まで来てロクサスの姿を探し、そして見つけた。

「何事ですか!?」

これに驚いたのはレジーだ。レジーはリアムの真横まで走ってきてロクサスの顔を認めると、鋭く睨みつけた。

「あの国の王子か……! こんな所まで……!」

リアムは構わず叫んだ。

「殿下、殿下!!」

そこでリアムはレジーに強く腕を引かれる。

「黙れ!!」

「待ってろ! 今行く!」

ロクサス達は人混みを掻き分けて高台の入口まで駆け寄るが、そこでこの国の兵士によって行く手を阻まれた。

「どいてくれ! リアムは俺の友達だ!!」

ロクサスが叫ぶが、目の前には再びレジーが現れた。

レジーの後ろで、付き人に捕まっているリアムが見える。

「殿下……!」

「こんな所まで来て大変ご苦労ですが、もう帰っていただこうか!」

「ふざけるな!! リアムを誘拐しておいて、このままにする訳ないだろう!」

「力づくでもお帰り願いますよ」

するとレジーは剣を構えた。周りの兵士達も槍をそれぞれ構えている。

「上等!!」

ロクサス達も戦闘態勢に入る。

見守っていた民衆がざわつく。なにかの催し物かと思っているのかもしれない。民衆は当然のようにレジーに味方した。

「レジー様! やっちゃってください!」

「神子様を守って!!」

民衆から声が上がる。

「かかれ!」

レジーがそう叫ぶと、兵士たちが槍を持って突進してきた。

しかし、その足元に複数本の矢が飛んでくる。

「やだねぇ、血の気が多いやつは」

余裕の表情で弓を構えていたササンが矢を何本も兵士の足元に打っていた。

矢は本数こそ少ないが、確実に相手の足元を狙い、その鋭さで地面を抉っている。

そこで躊躇した兵士たちにラシャドが素早く斬り掛かる。

「はっ!」

しかし、それは兵士達の盾で防がれた。

「ヴァイル・アート!!」

すかさずアレクが雪魔法を唱え、兵士たちの盾を凍てつかせる。盾が冷えて兵士達が思わず手を離した瞬間、ロクサスが一人の兵士に斬りかかった。

「でやぁ!!」

これに応戦する兵士とロクサスの間で、剣と槍の応酬が始まった。

盾を失った他の兵士達も槍一本で後方のササンとアレクを狙ってきたが、これにはラシャドが打ち込んで攻撃を防ぐ。

ササンは次は威嚇射撃ではなく確実に相手の足そのものを狙い、見事に数人の足に命中した。

このままでは不利と見たレジーが歯ぎしりし、叫ぶ。

「何をやっている! 神子様の危機だぞ!!」

これにロクサスは叫び返した。

「何が神子様だ! リアムは帰りたがってる! リアムを帰せ!!」

「何を……!」

しかし、その時叫び合う二人の間に歩いて割って入る人物がいた。

「……!? 誰だ!?」

思わずロクサスが問いかける。白髪に青い瞳の、白装束の真っ白な男がそこに立っていた。

「……! ルーカス殿!」

レジーが男に声を掛ける。ルーカスと呼ばれた男はスラリと長剣を抜き、ロクサスに向き合った。

「レジー殿、ここは私にお任せください。神子様を安全な場所へ」

「分かった!」

するとレジーと兵士達は踵を返し、リアムを引っ張って連れていこうとした。リアムが抵抗する。

「嫌です、離して!!」

「この世界の民を見捨てるつもりか!? ついてこい!」

「あっ! 待て!!」

レジー達を追いかけようとしたロクサスに、ルーカスが一人立ちはだかる。ロクサスは叫んだ。

「退け!」

「……行かせはしない」

するとルーカスは剣を構え、ロクサスに向かいあった。

「邪魔しないでくれる?」

「カイール・アール!」

ササンが鋭い弓の一撃を放ち、更にアレクが火の渦を付加してルーカスを狙う。

しかし、それは無詠唱のルーカスの魔法の盾にあっさりと阻まれてしまった。

「!?」

「私の相手はこちらの剣士だ。他の者は下がってて貰おうか」

するとラシャドとササン、アレクの周りに結界が張られた。

「!? なんだこれは!! くそっ!」

ラシャドが焦って結界を壊しにかかる。

ルーカスは余裕の表情で、ロクサスを剣で示した。

「お前がルシタルの王子か」

「……自分から名乗るのが礼儀だろ」

「これは失礼。私はルーカス。ルーカス・レイヴェン。私と共に来てくれないか、ロクサス王子」

「俺の名前を知ってるのか……なら、名乗る必要は無さそうだな!」

そう言ってロクサスは勢いよくルーカスに斬りかかった。しかし、それはあっさりとルーカスの剣によって弾き返され、更に炎魔法を放ってきた。

「ロクサス君!」

結界の中からササンの声が響く。

ロクサスは何とか全身を使って炎を避け、更に続いてやってきた剣撃を自分の剣で防いだ。

「くっ……!」

全力で避ける姿勢に入ってしまった為、立ち上がることも出来ず、何とか反撃しようと機会を窺うが、全くと言っていいほどそれが出来ない。

それどころかルーカスの剣撃はどんどん激しさを増し、少しずつロクサスの体力を削る。ルーカスの剣がロクサス頬を何度も掠めた。

その時、ルーカスの口から声が聞こえた。

「……こんなものが…………」

「え?」

反射的に顔を上げると、そこには大きく剣を振りかぶったルーカスの姿があった。

「……“お前”は、用済みだ」

殺られると思い思わず目を瞑ったロクサスだったが、次の瞬間、結界を壊したラシャドが駆け寄り、ササンの矢がルーカスの剣を弾き飛ばした。

「ちっ」

ルーカスが舌打ちしながら剣を取りにその場を歩いて離れる。

「大丈夫か!?」

ラシャドがロクサスに駆け寄る。

「大丈夫……」

何とか答えるロクサスだったが、ルーカスに一対一で全く手も足も出なかった悔しさが拭えない。

アレクが心配そうにしながら、小さな詠唱をする。アレクの治癒魔法によりロクサスの頬の血が止まった。

「ロクサス殿下、ご無事で何よりです」

しかし、アレクのその声はロクサスには届いていなかった。

ロクサスはルーカスから目が離せなくなっていた。生まれて初めて本気で殺されそうになったのだ。

反面、ルーカスは落胆したような目でロクサスを見ていた。

「こんなものに、私は……私たちは……」

ラシャドがロクサスとルーカスの間に入って剣を構える。

「ロクサス、下がってろ。こいつはお前の手には負えない」

ロクサスは悔しくて歯ぎしりしたが、自分ではとても敵わないことがよく分かってしまった。

しかし、ルーカスは剣を鞘に納めた。

「守りたい癖に、何も守れない。力がなければ、何も……」

そう言い残して、ルーカスはレジー達の走り去った塔に向かって行ってしまった。

「なんなんだ? あいつ……」

ラシャドが疑問を口にするが、ロクサスにも何も分からなかった。ただ、ルーカスの最後の言葉通り、自分には何の力もない事が思い知らされただけだった。

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