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王子一行は界廊を進んでいた。

ここは空間が歪んだ場所である。雲でも雪でないのに真っ白い景色が広がり、その中にこれまた白い道が何本もあった。それぞれが複雑に入り組んでおり、途中何度も枝分かれしている。時折道に迷いながらも、フェアスに向かって進んで行く。

商人や騎士団ともすれ違った。界廊を通る商人は異世界の商品の売り買いに、騎士団はどこかに派遣されているのだろう。皆それぞれの事情を抱えながら、旅をしているのだ。

「ラシャド、道はこっちで合ってるか?」

もう何度目かになる質問をする王子に、地図を持ったラシャドが答える。

「ああ、こっちだ。遠いと聞いていただろう。そう焦るな」

「分かってはいるんだけどな。嫌な予感が消えてくれなくて」

王子は不安な面持ちだった。

「嫌な予感?」

「俺、結構勘がいい方でな。リアムに何もなければいいんだけど……」

その時だった。目の前の何も無い道から黒い物体がこぽこぽと湧き上がった。それは丸い形を成して、四本の足のような物がついている。正面には赤い目玉らしきものが光り、大きな口を開けて、最終的にカエルのような形になって襲ってきた。魔物だ。

「魔物か! 皆、かかれ!」

王子が叫ぶと同時に前方の近衛兵たちがカエル型の魔物を退治する。しかし、倒した直後に再び黒い物体が湧き上がり、今度はトカゲの形をしたものが前後に三体ずつ、計六体が王子一行をとり囲む形で現れた。

王子は舌打ちした。

「囲まれた!? 数が増えてるとは聞いてたけど……!」

ラシャドは馬を方向転換させ、後ろの魔物に向き合った。

「俺が後方を何とかする。お前は前方の魔物を斬るんだ!」

「分かった!」

言うと同時に王子も馬腹を蹴り前方の魔物に向かう。トカゲの魔物は長い舌を出して前方の近衛兵の馬の首を絡め取り、次々に馬を転倒させていた。その隙に王子が魔物の舌を斬る。

「アアァ!!」

魔物の雄叫びが周囲に響き渡る。しかし、次の瞬間にはその舌はしゅるりと再生した。

「復活した!?」

他二体は警戒しながら様子を伺っていたが、王子が驚いている隙にトカゲ特有の素早い動きでこちらに向かってきた。王子が一瞬気を取られたところで、最初の一匹目の舌に馬の右前脚を取られる。

「しまった!」

手綱を引いて馬を止めるが、既に馬が混乱してしまい言うことを聞いてくれなくなってしまっている。王子は馬から地面に叩き落とされたが、受身をとり何とか直ぐに立ち上がり、再び剣を構えた。

馬の脚に巻きついた舌を斬り落とし、更に近づいて魔物の顔面目掛けて剣を振り下ろす。この一撃で何とか一体目を倒した。

それを見ていた残り二体は、一体ずつでは勝てないと判断したのか、二体は横並びにくっ付いて不気味な形に融合し始めた。

融合して一回り大きくなったトカゲは王子目掛けて足を振り下ろし、王子を踏み潰そうとする。

その時、後方の敵を既に倒したラシャドが間に入ってきてトカゲの足をバッサリと切り落とした。

「何やってんだ! のろのろしてると踏み潰されるぞ!!」

「ラシャド!」

そんなやり取りをしている間にもトカゲの足が再生した。

「こいつら、融合することを覚えたらしいな。油断するな、早くたたっ斬るぞ!」

王子も剣を構え直す。

「おう!」

ラシャドは素早く敵の背後に回り込むと何度も斬撃を繰り出す。深さこそないが確実に敵の体力を奪っていく。王子は正面から突撃し、走って距離を一気に縮めると魔物の目の前で高く飛び上がった。

「くらえ!!」

王子が魔物の頭頂部に剣を差し込むように深く突き刺すと、トカゲは小さな粉になって宙に消えていった。

「はあ、何とかなったな」

王子は安堵していたが、ラシャドはそうでもなかったらしい。王子を睨んで言い放った。

「お前の攻撃は大雑把すぎる。あれでは攻撃の隙に殺してくださいと言ってるようなものだ」

「勝ったからいいじゃん」

これにはラシャドは大きなため息をついた。

「あのなあ、俺が間に入らなかったら今頃お前はぺしゃんこなんだよ! 王子ってのはろくに実践も積まないのか?」

「そ、それは」

王子が言い淀む。

「ないんだな?」

「…………」

またも大きなため息をついたラシャドだった。そして一つ提案をしてきた。

「次から小さな魔物はお前が倒せ。俺が見ててやる」

王子は驚いた。

「いいのか!?」

「ああ。剣の師匠としてお前を見てやる。まずは弱そうな敵を兵士任せにせずに自分で倒す所からだ。そこから少しずつ強い敵と戦えるようにしていく」

嬉しそうに頷く王子である。

「分かった!」

「随分嬉しそうだな?」

両手に拳を作って王子は楽しそうに言った。

「そうだな、今まであんまりやらせて貰えなかったんだ。剣の修行はしてたけど、実践は危ないからって」

「ははあ、王子様ってのも大変なんだな」

「大変? なんでだ?」

王子は考える形になった。

ラシャドが苦笑する。

「まぁ、本来騎士の家系とかだと嫌でも小さい頃から魔物討伐の場に参加したりするからな。それが戦いの経験になる。しかし王子ってのは、どうも過保護に扱われるらしいな」

「いいことでは無いのか?」

「どうなんだろうな。でも、お前もいつかは国王になるんだろう? そうしたら兵を率いて戦わなきゃならない場面もある。今から練習するに越したことはない。それに」

「それに?」

ラシャドは言っていいのか悪いのか悩んだが、王子が先を促したので言うことにした。

「お前は剣の筋がいい。戦いも嫌いではないんだろう。腐らせて置くのは正直勿体なくてな」

すると王子は目をキラキラさせてラシャドを見た。

「ほんとか!?」

「ああ」

「よし……! よし!! なら次から出てくる魔物は全部俺が倒すぞ! あっという間にフェアスまでの道を切り開いてやる!」

言うなり王子は再び自分の馬に飛び乗って一人で駆けて行ってしまった。

これに驚いたのは兵士たちだ。

「お、王子!?」

「おひとりで行かれては危険です!」

兵士たちが慌てて王子を追う後ろで、ラシャドは一人呟いていた。

「やっぱり言わない方が良かっただろうか……?」




そのまま王子の後をついていきながら、時折出てくる魔物を王子自ら倒すのをラシャドが助言しながら進んで行った。ところが、突然道が途切れた。道が崩れている。

「あれ?道が崩れてる」

素直に疑問を口にして王子が馬を止めると、ラシャドも横から顔を出した。

「界廊が壊れてる!?」

ラシャドは慌てて馬から降りて崩れた道に近寄って行った。

白い空間の道は、ヒビが入った硝子の様に崩れ落ちていた。ラシャドが手を当てて触ってみるが、本当にそこには白い空間しかなく、道は完全に壊れていた。


界廊とは世界と世界を繋ぐ道であり、人が作ったものでは無い。遥か昔に神が作ったものだ。それが壊れるなど見たことも聞いたことも無い。

「異常事態だ……!」

「界廊って人が壊せるものだっけ? 俺が知らないだけか?」

「いや、人には壊せないはずのものだ。明らかにおかしい。一体どういうことだ?」

考え始めるラシャドをよそに、王子も馬から降りて道を確認する。

「うわ、本当に壊れてる。もしかしてリアムを連れ去ったレジーが俺たちが追いつけないように壊したのかな。だとしたら許せないな」

王子は壊れた界廊に手を当てた。すると、崩れていた道がみるみる直っていく。

「!?」

これに大きく驚いたのはラシャドだ。周りの兵士たちは呑気に流石王子殿下だ、と王子に賞賛の拍手を送っている。しかし、こんな魔法も魔術も聞いたことがない。第一、この王子が魔法を使っているところなど見たこともないのに。何がなんだか分からなくて、ラシャドは王子を問い詰めた。

「お前、一体何をしたんだ!?」

これに王子は笑って答えたものだ。

「ああ、これは俺の能力なんだ。ルシタル王国では王族に不思議な力が宿ってる。修復の能力とか再生の能力って呼ばれてるけど、俺はその力を使っただけ」

けろりと言う王子だが、これはとんでもない能力だ。つまり何でも直せてしまうのだろう。敵国に回さなくて良かったと改めて思うラシャドだった。

「俺、小さい頃から城中駆け回ってよく花瓶壊したりしてたんだけど、この能力でめちゃくちゃ助かったぞ!」

得意げな王子のどうでもいい──というより阿呆な──自慢話は置いておいて、ラシャドは驚愕しきりだった。レクシアでルシタル王国が発展を遂げたのは、この能力のおかげもあったのかもしれないと思ったくらいだ。

例えば戦争になれば大量の武器が必要になる。しかし、この能力があれば壊れた武器も直し放題という訳だ。

それにレクシアではサフィーヌ教が主流だ。ラシャドもサフィーヌ教である。

女神サフィーヌは修復と再生の神だ。もしかしたら、ルシタル王国の王族は神の力を持っているのかもしれないと思うと、少し、ほんの少しだが、畏怖を覚えるような気がした。それくらいには凄い能力なのだ。

「信じられない事だな……」

直った道を今度はラシャドの手が撫でる。そこは最初から何事も無かったかのように綺麗な道があった。

「お前の能力の事は分かった。界廊すら直せるなら相当のものだろう。だが、界廊は人が壊せないものだ。どうして壊れていた?」

「それは……分からない。俺も界廊の事は詳しくないし」

「そうか……」

そんなことより、と王子が付け足す。

「早く行こう、リアムが待ってるかもしれない」

「あ、ああ、そうだな」

ラシャドは何となく違和感を覚えつつ、王子達と共にその場を後にした。

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