3

ロクサスはすぐに行動を起こした。その日の夜のうちに旅支度を整え、父王の部屋に約束もなしに入って行った。

「父上!!」

「ロクサス! 勝手に入ってきてはいけないだろう……また兵士を黙らせて来たのか?」

呆れたように言う国王だが、ロクサスは聞かなかった。厳しい顔つきで父王に迫る。

「リアムがレジーに攫われたようです」

「なんだと?」

これには流石の国王も驚いた。しかも、よくよく見ると王子は既に旅支度を終えている。

「お前、まさか一人で探しに行く気か!?」

「はい」

流石に黙って出てくるのは不味いと思ったのか、今こうして父王に報告に来たらしい。

国王は王子を何とか宥めようと思ったが、自分の息子がこうと決めたら動かない人間だと言うことはよく知っていた。深くため息をつく。

「全くお前は無茶を……。 確かにリアムはお前の大切な友人だと言うのは分かる。 しかしだな」

国王が宥めているというのに王子は口を挟んだ。

「お言葉を返すようですが、今は一分一秒が惜しいのです。 俺は行きます」

踵を返した王子を国王は呼び止めた。

「少し待ちなさい」

王子が振り返ると、国王の横にいつの間にかラシャドが立っていた。どうやら先客だったらしい。王子はリアムが攫われた事で頭がいっぱいで全く気づかなかった。

「ラシャド、君の剣術はかなり見事なものだと息子から聞いた。 そして、息子は君を剣の師匠にしたいと手紙で書いて寄こしていたのだ。 是非、そうして貰いたい」

ラシャドは国王を見て、それから王子の方を見てこくりと頷いた。

「は、かしこまりました」

ラシャドが一歩王子に歩み寄る。

「いいのか?」

王子はラシャドを見て目を丸くしていた。

「はい、どの道俺は仕える相手を失ってしまいました。 ならば主の恩人に尽くすのもいいと思ったのです。 その時丁度、国王陛下がこの話を提案をしてくださりました」

国王は更に付け加える。

「それと、近衛兵団から一個小隊も連れていくんだ。 最近の界廊は何かと危険らしい」

「ありがとうございます、父上」

ロクサスは深く父王に感謝した。

「なに、これくらいはな。 リアムは我が国の子でもある。 本人の同意なしに連れていかれては拉致だ。それを救うのは当然だ」

そこまで言って、国王は少し難しい顔になった。

「ただ……」

「ただ?」

「うむ……どうやら彼らの世界、フェアスはここから随分遠いと聞く。 途中で追いつければいいが、そうでなければ長旅になるぞ」

「はい、分かりました。 それでも俺は行きます」

王子の目には炎が揺らめいてるようだ。しかし念を押す。

「いいかロクサス。 お前はあくまでリアムを迎えに行くのだ。 戦に行く訳では無い」

これにも王子は頷く。

「分かっています」

国王は続ける。

「一個小隊をお前に預けるのは、界廊の魔物からお前を守るためだ。 リアムのいるフェアスにはあくまで外交として入るんだ。 そしてでリアムの希望を聞きなさい。 リアムが向こうに残りたがったら、諦めて帰ってくるんだ。 いいな?」

「はい!」

父王は息子の決意を見て、大丈夫そうだと踏んだ。

王子はラシャドの方を向いた。

「ラシャド! すぐにでも出発したい。 準備してくれ!」

焦る王子だったが、そこは国王が諌めた。

「慌てるな。 一個小隊を任せると言っただろう。馬も準備させる。 その為には明日の昼までは時間が必要だ」

「そんな悠長な……」

「ロクサス!」

ぴしゃりと国王が一喝する。王子は思わず驚いて身を固めた。

「焦る気持ちは分かる。 だが、急いては事を仕損じる。 少し眠りなさい、最近はお前もリアムを探し回って疲れただろう」

返す言葉もない。王子は項を垂れたが、何とか頷いた。

「ラシャドよ」

「はっ」

「ロクサスを見てやってくれ」

国王直々の命に、ラシャドは深く頭を下げることで答えた。


その夜、王子は眠れと言われてもなかなか眠れなかった。

リアムは神子と言われていたから酷い扱いは受けないだろうが、妙な胸騒ぎが消えてくれない。

王子はベッドから上半身を起こして、体の左横にある窓を開けて夜の空気を胸いっぱいに吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。月は出ていなかったが、夜空には幾つもの星が瞬いていて明るかった。

十年も前からリアムとはずっと一緒に育ったのだ。それがどうして、こんなあっという間に離れ離れにされなくてはならないのか。そこにリアムの意思があったならば仕方ない。けれど、リアムはあの時酷く悩んでいた。自分に相談もせず、ましてや誰にも何も告げずに居なくなるなどありえない。

ロクサスは焦っていたが、それと同時に不安も覚えていた。

リアムは神子だと言う。もし向こうの世界にたどり着いて、その世界の方がリアムにとって幸せならば、どうだろうか。更に、リアム本人がフェアスに残りたいと言ったなら、自分は本当にリアムのことを諦めなければならない。助けに行くと言って出ていったのに、本人に帰る気がなければどうしようもない。とんだ道化だ。

いや、道化になることはこの際どうでも良い。それよりも、リアムの心が離れていくのが怖かった。そんなことをぐるぐると考えている間に、いつの間にか眠りに落ちた。しかし全く熟睡はできず、何度か夜中に目が覚めた。布団を頭まで被って何とか眠ろうと目を瞑る。不安になるなんてらしくないだろうと自分に言い聞かせ、無理やり眠る事を繰り返した。


翌朝、王子は早朝に起きてしまうと、旅支度の再確認と、自分の乗る馬を確認しに行った。

厩舎に入ると近衛兵騎士団長が居た。馬の世話をしているようだ。こちらに気付いて一礼してくる。

「王子、此度の件、聞きました。 本当に行くのですね」

王子は黙って頷く。アリアは心配そうに声を掛けた。

「『界廊』には魔物が多く生息します。 それに、最近は活動が活発化しているとも」

「分かってる」

王子は自分の乗る馬を見て、それからアリアの目を見て言った。

「それでも行かなきゃ」

王子の決意は固かった。

「そうだな」

厩舎の入口の方から声がした。ラシャドだ。彼は腕組みをして厩舎の入口に寄りかかって立っていた。

「あの子は自分の意思で行ったんじゃない。 こちらの許可も得ていない。 立派な拉致、犯罪です」

ラシャドが言い切る。これに王子は同意の頷きを返した。

「何も言わないで出て行ったってことは、恐らくリアムの同意は得ていないだろうな」

「そうですね……」

アリアが呟くと、その場がしんと静まりかえった。

少しの沈黙の後、ラシャドが王子に近づき、稽古用の木剣を渡した。

「落ち着かないなら体を動かしましょう」

剣を受け取った王子は、

「そうだな」

と言って、木剣を受け取った。


ラシャドは早速王子に剣の稽古をつけてくれた。

ロクサスの剣はルシタル王国の王宮剣術である。対してラシャドはナード大陸の騎士道剣術だ。

お互い不慣れな相手に苦戦したが、やはりラシャドが強い。なんと言っても早いのだ。

流れるような体の動きにしなやかに剣を受け流されてしまう。王子がラシャドの速さに焦って一撃を入れようとしても、簡単に止められてしまった。

ひと試合終える頃には王子は汗だくになっていたが、ラシャドの方はそうでもない。王子はその場に座り込み、ラシャドもそれに倣って王子の横に座り込む。

「さすがだな」

王子は素直に感想を述べた。

ラシャドは首を横に振る。

「いえ、王子の腕前もかなりのものです」

そこで王子が突然不貞腐れたような顔になった。

「なあ、それ辞めないか?」

「それ、とは」

「それ。 敬語。 お前はこの国の人間じゃないし、俺に敬意を払う必要はないだろ? それに、一応俺の師匠なんだし」

ロクサスは続ける。

「俺は普通に喋って欲しい」

ラシャドは驚いた。なるほど国王陛下に似て大胆な人だなとも思った。

「そうか。ならばこれからは普通に話そう」

これに今度は王子が驚く。

「えっ、いいのか? 大抵の人は反対するのに」

ラシャドが苦笑する。

「そうだろうな。 王子様相手じゃなかなか敬語を崩す気にはなれん。 だが、何となくお前は違う気がしたんだ。 親しみやすいと言ったら怒られるかな」

王子は首をぶんぶん横に振って立ち上がった。

「そんなことない、すげー嬉しいよ! これからよろしくな、ラシャド!」

王子がラシャドに手を伸ばす。

ラシャドはその手を取り──王子を再び地面に叩きつけるようにして座らせた。王子が尻もちをつく。

「いてっ、何するんだよ!」

「それが目上の人に対する口のきき方か?」

ラシャドの目が王子を見据えている。王子はギクリとした。それからラシャドはわざとらしく大きなため息をついた。

「国王陛下に向かってきちんと敬語を使うのは当たり前だ。 だが、その他の者、例えば俺のように剣の師範を務める者にも敬語を使うべきだ。 それだけじゃあない、初めて見る相手にもなるべく敬語だ。 俺のような一介の元騎士とは違って、お前は王子なんだ。 万が一相手が別の国の国王陛下だった場合、国の信用問題に関わる」

「う……」

「ずっと気になってたんだがお前は少しばかり馴れ馴れしすぎる。 もう少し王子として危機感や責任感を持った方がいいだろう。 それから……」

「わかった、分かったから!」

ロクサスが慌てて止めるも、ラシャドの説教は続く。

「何も分かってないだろう。 敬語はどうした?」

「あ、はい、すみませんでした……」

結局、ラシャドの説教は昼の出発直前まで続いたのだった。


太陽が中天を過ぎた頃、ようやく小隊の出発準備が整い、ロクサス王子一行はアリア達近衛兵団に城の警備を任せて旅立った。

向かうは城下町の中心にあるアスティーヌ神殿。そこにこの国で一番大きな『異界の扉』があるのだ。

小隊の、とあるものは徒歩で、とあるものは騎馬で向かう。王子も自ら鹿毛の馬に乗り、ラシャドも貸し出された黒馬に股がった。王子とラシャドを中心に兵士たちは守りを固めながら城下町へと降りていった。

城下町の中心へは直ぐについた。

アスティーヌ神殿はこのルシタル王国で一番大きな神殿だ。正面には八本もの白くて太い柱が建っている。その中央の二本の間に大きな入口があった。入口には壮麗な彫刻が施されている。この世界レクシアの女神、サフィーヌを象ったものだ。サフィーヌ像は背中から大きな翼を広げ、入口に優しく手を添えて、門を潜る者全てに平等にほほ笑みかける。

サフィーヌはこの世界の者なら誰でも知っている、信仰している神である。創造と修復を司る神だ。

金や銀や宝石等では彩られていないが、白い大理石がとても美しい女神像だった。

全員がアスティーヌ神殿へ入ると、王子は『異界の扉』を見上げた。

扉は石で出来ている。悠に大人の4人分の高さはあるであろう扉には、同じく大きな魔法陣が刻まれていた。

「異界の扉を潜るのは久々だが、こんな形になるなんてなぁ……」

王子は独りごちた。

前に来たのは二年ほど前、外交でリアムと共にこの扉を潜った。

しかし今はそのリアムが隣に居ない。なんだか自分自身が少し欠けてしまったかのような、妙な感覚に囚われる。それほどロクサスとリアムは一緒にいたのだ。

代わりに横にいるラシャドが王子に話しかけた。

「ぼーっとするな。 外界には魔物が多いんだ。油断したら死ぬぞ」

「……そうだな」

異世界間通行手形を大きな扉の魔法陣に翳す。すると魔法陣同士が感応して、青い光が魔法陣から浮かび上がる。扉が鈍い大きな音を立ててゆっくりと開いた。

ロクサスが馬上から振り向いて兵士たちに呼びかける。

「これよりフェアスへ向かう。 道中の魔物を倒しつつ、できるだけ早く進みたい。 みんな、頼む!」

そこで兵士たちが皆大きな声で返事をし、全員が扉を潜った。



話は一週間前に戻る。

リアムが目を覚ますと、見慣れない天井がそこにあった。

茶を基調とした部屋に、赤色の四角い柱が何本もある。右手には大きな窓と、見慣れぬ魔法器具。左には出入口らしい扉、リアムの向かいの壁側には調度品が幾つも並べてある。見るからに高価な壺やら壁掛けなどが飾ってあった。

どうやらリアムは眠っていたらしい。体を起こそうとする──が、違和感を覚えてリアムは自分の体を横たわったまま見た。

いつの間にか白い服を着ている。これは、昔本で読んだ“漢服”というものだろうか。異世界の服装である。

右腕を見ると何かに繋がれている。長い管の中に赤い液体が流れている。これは血だろうか?

まだぼんやりとした頭で考えていると、ノックの音が聞こえた。

「おお、リアム様、お目覚めになりましたか」

扉を開けたのはレジーだった。

レジーはルシタル王国に来た時とはうって変わって壮麗な紺色の漢服を着ていた。鮮やかな刺繍が大きな赤い鳥を象っている。

レジーは部屋に入ると窓から外を見回して、どこか満足そうに頷いていた。

リアムはこの国の神子だとこの人は言った。そして彼はリアムの叔父に当たる人物だ。つまりこの国での地位は相当高いのだろう。髪も結って美しい簪で飾っている。

レジーがリアムに話しかける。

「おはようございます、リアム様。 貴方様がすぐこの世界に帰って来て下さらないようなので、少々強引な手段を選ばせて頂きました」

レジーが頭を下げる。そこで漸くリアムは自分の状況を悟った。

あの謁見の日の夜、リアムはレジーに部屋で話さないかと誘われた。レジーはリアムの父親の事を聞きたいと言っていたが、何せ父親はリアムが二歳の頃に死んでしまっている。殆ど記憶はないけれど、それでも構わなければとリアムは承諾し、リアムの部屋で話をしていた。二人でお茶を飲んでいたが、リアムは突然の眠気に襲われ、そこから記憶が途切れている。つまり、リアムは勝手にここに連れてこられたのだ。

「僕は……どれくらい眠っていたのですか?」

「ほんの一日ほど。レクシアとフェアスは遠いですが、我らには相棒がいますからね」

そう言うとレジーは自分の横の窓を開け、指笛を吹く。するとそこに大きな青い鳥がレジーの目の前にやってきた。人を一人か二人乗せるのには十分な大きさの鳥だ。これで界廊を飛んできたらしい。

「我らの民族は鳥と共に暮らしています。どんな馬よりも早く進めますからね」

「そんな……僕は……早く帰らなきゃ」

リアムが体を起こすと、強い目眩に襲われた。目の前が白黒して、頭が働かない。左手でくらくらする頭を抑えると、レジーが近づいてきてリアムの肩を優しく掴み、再びゆっくりと床につかせた。

「今は起きない方が良ろしいかと。  お体に障りますよ」

「……僕に、なに、を?」

茶に薬を盛られたことは明らかだが、今聞いているのはそんなことでは無い。今現在のことだ。レジーもそれに気付いて答えた。

「今はリアム様の血を頂いております」

「僕の……血……?」

「左様です。 貴方様の血液には万病を治す力があるのです。 先程、病に伏せっている者にコップ一杯程度の血を注射で与えましたら、たちどころに良くなりました。貴方様の力が必要なのです」

ルシタル城で話していた疫病のことだろう。

「コップ一杯……? 一滴の筈では……?」

これにレジーはほとほと呆れたように返した。

「あなたの父上のせいですよ。 本来なら一滴とは言わなくてもほんの少しで良かったはずですが、あなたの父上は異世界の者と関わってあなたを産んだ。 それで本来の治癒効果が薄れたのでしょう。 ですから、あなたには沢山の血を提供して頂けねばなりません」

つまり純血ではないということが原因らしい。

しかし、それよりもリアムには気がかりな事があった。

「……ロク様……は?」

「ロク様?」

レジーは眉を顰めた。

「殿下にも……黙って僕を連れてきたんですか?」

そこでようやく合点がいったようだ。レジーはふぅ、とひとつため息をついた。

「ああ、あの王子ですか。 そうですよ」

その口調はどこか冷ややかだ。

「貴方様はもうあの方を殿下などと呼ぶ必要はありません。 リアム様はこの国の神子なのです。貴方よりも上の人間などおりません」

リアムは首を横に振った。

「僕はレクシアのルシタル王国のリアムです。 この国の人の……父の血も入っていますが、確かに僕はルシタル人なのです」

そう言って体を起こす。そして腕についた管を抜こうとすると、紺色の漢服を来た数人の女官がやってきてリアムを取り押さえた。

「離してください! 僕は帰るんです!!」

女官相手に暴れるリアムにレジーが問う。

「おひとつお聞かせ願いたいのですが」

レジーがリアムに近づく。腰を曲げてリアムの顔にずいっと自分の顔を近づけてきた。

「リアム様は男装がご趣味でらっしゃる?」

そこまで聞いてリアムはギクリとした。複数の女官に腕を掴まれたままリアムの動きが止まる。レジーはそれを見逃してはくれなかった。

「リアム様は向こうではそれはそれは大変な仕打ちを受けていたとか。 なんでもルシタルでは赤色を蔑視するような風習があったと聞いております。 現に、私もルシタルではこの髪の色で冷たい視線に晒されました」

「……」

「リアム様、あなた様、女性であることを隠して、今まで難を逃れてきたのですね?」

「…………」

リアムは何も言えない。その通りだった。

スラムで母親に捨てられた直後、小さなリアムはひとりぼっちでお腹を空かせていた。そんな時、同じく赤毛のお爺さんがリアムを助けてくれたのだ。

スラムでの生き方や、食料の調達の仕方など様々なことを教わった。その中には自分の性別を偽る事も含まれていた。幼いとはいえどこにどんな奴が居るか分からないから、お前は女であることを隠した方が身のためになるといわれた。それからリアムはずっと男装を続けていたのだ。

レジーが問う。

「ならば何故そんな国に居続ける必要がありますか。 ここでは差別などされない、あなたは自分の性別を隠す必要もないのですよ?」

「だけど……っ」

ここでやっとリアムは言葉を絞り出した。

「それでも僕は……ルシタルが好きなのです。殿下も国王様も僕を差別しませんでした。 国王様は僕に会う以前からルシタルの差別を無くそうとしてくださっています。 それに、ルシタル王国には沢山の恩があります。 僕はそれを返したいのです」

レジーはまたため息をつく。

「リアム様、もうそんなこと考えなくても良いのです。 王子もここまでは来ないでしょう。 先程も申しましたがフェアスとレクシアはとても遠い。 ロクサス王子には王子のやることがあるでしょう。 そして、リアム様にもやらなければならないことがあるのです」

リアムが小さく首を傾げる。

「僕のやらなければならないこと……?」

「そうです」

レジーは頷く。

「リアム様は救世主なのです。 この世界を病から救ってくれるお方なのです」

そう言うと、レジーはリアムの手を取った。

「こちらへ来て、外をご覧下さい」

リアムは促されるまま窓際にゆっくり立ち、レジーの横に並ぶ形になった。

「わぁ……!」

ここはどうやら高い場所らしい。無数の黒い瓦屋根を見下ろすと、所々に人が歩いているのも見えた。道は石畳で出来ていて、建っている柱には赤色が多い。

見晴らしの良い窓から下にいる人たちが見えた。しかも、ルシタル王国では殆ど見ない赤髪の人が沢山いる。リアムは思わず窓ガラスに手を当てて見入った。

「みんな、僕と同じ……!」

「彼らは皆、我らの同胞です」

レジーが語りかける。

「皆、今は病に怯えて暮らしています。 実際に既に病にかかった人もいます。 しかし、リアム様のその血液さえあれば、彼らは何の心配もなく暮らして行けるのです」

「でも……」

リアムは窓から手を離して俯いてしまった。リアムの心が揺れていた。帰りたい気持ち。この世界の人たちを助けたい気持ち。その両方が本当だった。

「リアム様」

レジーはリアムの両手を、自分の両手で包み込むようにして握った。

「あなた様なら大丈夫です。 あなた様の回復能力と血の力で必ずやこの世界を導いて行けます」

レジーの目は真剣そのものだ。

「はい……」

リアムはまた眠たくなってきていた。頭に血が足りなくなってきている。体にも力が入らない。

レジーはリアムを姫抱きすると、再び床に着かせた。

「お眠り下さい、お話はまた今度です」

その言葉を聞いて、リアムは再び意識を手放した。

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