第2話 告白
先生に一目惚れしたあの日から、一ヶ月経った。
一ヶ月経つのはあっという間で、悲しいけれど、楽しいことも沢山あった。
先生にはまだ、想いを告げられていない。告げて拒絶されたら? その後は? まだ分からない未来を想像しては、躊躇してしまう。
それでも先生との距離は、近づけられた。
そのおかげで先生について知ったことがある。
先生はよくものを失くすということだ。失くすものは、ボールペンだったり、プリントだったり。廊下で不安そうな顔をしながら、探し回っているのを見かけては声をかけ、一緒に探す。
そしてまた、先生がプリント入りの茶封筒を失くした。明日配るために教室の教卓に置いておこうと思った茶封筒を失くしてしまったらしい。下校しようと下駄箱に向かう途中、その茶封筒を探している先生に会い二人で、一緒に、探している。
「すみません、いつも手伝わせてしまって」
先生が眉を寄せ、唇を真一文字に引き結んで、俯きながら私に謝る。
私が探すのを手伝うのは、先生の笑った顔が見たいから。不安そうな顔をしている先生も、先生には申し訳ないけれど、可愛い。だけど私が一番好きなのは、先生の笑った顔だ。
「謝らないでください。私が手伝いたくて、手伝っているだけですから」
先生を安心させたくて笑顔でそう伝えると、先生の強張っていた顔が、少し緩んだ。
先生と一緒に、プリントがありそうな場所を探す。職員室や中庭は探した。次に探すのは園芸部の花壇だ。
先生は園芸部の顧問で、もちろん私は園芸部に入部した。体育館で行われた部活紹介で園芸部は、園芸部の部長以外、花や野菜の部員自作の被り物を被っていて、先生もネモフィラの被り物を被っていた。部長が被り物を被った先生と生徒に水をやりながら、豆知識などを交え、園芸部の紹介をする、という紹介方法だった。ネモフィラを被る先生は、体育座りをして左右に揺れていた。その姿を見ていた私は、可愛いやら面白いやらで変な顔をしていたと思う。
先生は本当に花が好きで、園芸部の紹介時にもそれがよく分かった。水やりや眺める為でも、よく花壇にいく。花壇で会ったときにどんな花が好きか聞いたら、花ならば食虫植物の花でも好きだと、教えてくれた。私は食虫植物にも詳しくなった。
その話をしたマーガレットが綺麗に咲く花壇で、失くしたボールペンが落ちているのを見つけたことがある。
花壇のある場所に着くとやっぱり茶封筒が落ちていた。
「あった!」
見つけられことに安堵した先生が、早足で花壇に近づき茶封筒を拾う。
「
先生が嬉しそうに、花壇から私の方へ近づいてくる。先生が笑顔になって良かった。
「どういたしまして。良かった、見つかって。一緒に教室へ置きに行きましょう」
お願いします、と言ってから、先生が私の前を歩く。
先生の隣を歩きたくて、少し早足になって横に並ぶと、さっきより先生の顔がよく見えた。隣から見る先生の顔は、探し物が見つかったおかげで廊下で会ったときよりずっと、和らいでいた。
探していたプリントの内容を話しながら二階の教室に向かうと、すぐについてしまった。他の話もしたかったが目的地が分かっていると、そこまで移動に時間はかからない。
教室の鍵を開けて入ると当たり前だけど、他の生徒はいなかった。
先生が教卓に向かい、茶封筒をちゃんと置くのを見届ける。
「花ヶ前さん、本当にありがとうございました」
私はもう一度、どういたしまして、と返す。
「用事がなければ、このまま一緒に下駄箱まで行きませんか? 私の探し物に付き合わせてしまいましたから」
先生からの願ってもない申し出に、心の中でガッツポーズをする。……現実の方でもバレないようにガッツポーズをした。
「忘れ物はないですか?」
そう言われ、リュックの中身を確認するが、中に入れている物が多く見づらい。先生を待たすのも忍びないから、他の生徒の机を借り、ペンケースやポーチを置いてリュックの中身を覗き見る。
「忘れ物は無さそうです」
そう告げ、視線をリュックの中から先生に移すと先生が、あれ? と言い首を傾げ、机に置いたペンケースを見つめる。
「ストラップ、“今日は”青色なんですね」
その言葉に、不安で告げるのを躊躇していた思いが溢れ出す。それに伴って先生以外見えなくなる。グラウンドを走る野球部も、風に揺れるカーテンも、私の目の前にある机も。
気づくと口が動いていた。
「先生、好きです」
冷静に考えれば、先生が三年間離任しなければ告白のチャンスはいくらでもある。だけど今、告げたかった。
「……え?」
先生が目を見開く。めったなことでは驚かない先生の驚いた顔を見れて、そんな状況じゃないのに知らない表情が見れて嬉しくなる。
「好きって……ど、どういう」
私から視線を逸らして聞かれ、溢れ出した気持ちが言葉になっては頭に浮かぶ。どの言葉も好きだと伝えるのにあってはいる。でも、どの言葉で伝えても、はぐらかされてしまいそうで。
「恋情です」
沢山あった言葉から、言い逃れようのない言葉を選ぶ。
恋情だと告げると、下を向いていた先生の顔が真っ赤に染まる。
先生は他者からの好意に弱い。一ヶ月間で知ったことの一つだ。字が綺麗だと告げれば、目を逸らし耳を赤く染め、古典―先生は国語でも、古典が担当だった―のポイントをまとめたプリントが分かりやすいとお礼を言えば、良かったです、と言い足早に教室を去っていってしまう。だから顔が赤くなるのは想定内だった。
「私はあなたの担任です、それ以前に教師です。想いには答えられません」
想像とちかい答えだった。ちかいけど、想像と違う所がある。拒否される、そして“思い違いだよ”と言われてしまうのを想像していた。
想像と違う答えに救われながら、躊躇していた間に何度もイメージした拒否された後の言葉を告げる。
「分かっていますよ。生徒と教師は付き合えない」
「分かっているなら」
「生徒と教師の関係じゃなければいいんですよね」
わざと言葉を被せ、こうなったときに一番言いたかったことを言う。
「卒業したら、関係ないですよね」
「――!」
思ってもみなかった答えだったのか、先生は口をあんぐりと開けて、瞬きしていた。
「……そうだとしても、花ヶ前さんに対する私の気持ちは、恋情ではありません」
「知っています。それなら」
先生の行動から、そんなこと最初から分かっていた。
「先生を三年かからず、恋に落とします」
「そして、卒業後、付き合います」
宣戦布告だ、私は有言実行する。
今の関係で“付き合って”と言ったら、軽い恋だと思われてしまいそう。だから、誰にも文句を言わせず確実に付き合える“卒業後”を口にした。本気だと、気付いてもらうために。
未だに床を見つめている先生を横目に、机に置いたペンケース以外をリュックに戻し、背負う。ペンケースは手に持った。
「今日は想いを伝えたかっただけです。返事はいつでも」
教室のドアに向かい緊張で早い鼓動の音を聞かないように、わざと大きな音をたて、ドアを開ける。
「
教室から出て、廊下から声をかける。
「また明日!」
笑顔で挨拶して、逃げるように教室から離れた。
教室近くの階段まで走って行き、壁に体を預け、心臓の上に手をあてる。その状態のまま、告白の後押しをしてくれた、ストラップを眺める。
このストラップは小学生の頃、修学旅行先で買った物だ。青色と赤色の小さな石のストラップをニつ買って、それからは交互につけていている。色で見れば違いに気付くかもしれないけれど、石は小さいし、ペンケースのストラップにそこまで注視する人もそういない。
実際に中学生の頃、ストラップの紐が切れ落としてしまい、友達に青色のストラップを見なかったか聞いたら、赤色だけじゃないの? と聞かれたことがある。それなのに先生は“今日は”青色、と言った。赤色のストラップも知っている。その事実が嬉しくて好きの感情が溢れ出して、告白してしまった。先生がストラップに気付いたのはきっと偶然、特別な意味がないのは分かっている。それでも、私にとっては告白するのに十分な理由だった。
これから先生はどんな反応をするだろう。私を遠ざけるんだろうな。目を見ては逸らされ、近づこうとすれば後退る。そんな光景が容易に想像できてしまい、ため息をつく。
それでも、告白した。三年間で落とすと宣言した。なら、宣言した通り落とすまでだ。
そう決意し、両頬を手のひらで叩き、気合を入れた。
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