第11話 高校二年生 二者面談

 窓の外から風に吹かれ揺れる木々の音が聞こえると、空をゆったりと流れる雲と同じ色のカーテンがなびいた。カーテンレールを自由に動くカーテンは、半分ほど開けた窓から時折入る風によって光を遮ったり、教室に入れたりと忙しそうだ。強い風が吹き、カーテンが音を立てながら大きく舞い上がると門近くの花壇に咲くゴデチアが見えた。

 鼓動の速さと相対するようなゆったりとした光景を、椅子に座って見ているとノック音が教室内に響く。居住まいを正してからノック音に答えると、先生が生徒名簿や資料を小脇に抱えて教室に入って来た。

「お待たせしてしまい、すみません」

 向かい合わせに設置された机の上に、持ってきた物を置いていく先生の顔を見つめながら、返事をかえす。

「待っている時間も楽しいので、お気になさらないでください」

「楽しい……?」

 私の返答に首を傾げながらも席に着く先生の姿に、可愛いと思わず口走りそうになるが言葉を呑み込んだ。

 机に物を置き終えてノートを開き、何も書かれていないページを探すため下を向く先生の顔とバレッタに、柔らかく暖かい陽の光が差す。なんともなしに光の方へ顔を向けると、机の上に置かれた先生愛用のボールペンが、光を反射して天井を照らしているのが目に映った。

 ページを見つけ、話す態勢になった先生と目が合う。風になびくカーテンが先生の顔に陰りを落とすが、私の目には水やり後の花びらに残った水滴のように、煌めいて見えた。

「日和先生」

「……なんでしょうか?」

 私が何を言うのか、少し警戒している先生も可愛らしい。どこか小動物を思わせる姿に、口から言葉が溢れ出そうになる。

「今年もよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

 私の言葉に目を瞬いてからそう言うと、合っていた目を逸らす。その姿に今年の始業式での事を思い出した。

 四月の始業式。今年も早咲きしてしまった桜はすでに散ってしまい、去年と似た光景に懐かしさを覚えながらクラスメイトと共に教室を出た。思い出の詰まった教室に、もう殆ど来ることはないんだろうなと一抹の寂しさを覚えながら、始業式が行われる体育館へと向かう。先生に告白をしたのも、先生と目が合うようになったのも、先生に文化祭を一緒に回ることをお願いしたのも、一年間を過ごしたあの教室。それでも後ろを振り返らなかった。それもこれも、手に握っていたクラス分けの表のおかげだ。

 体育館に着き新しいクラスごとに分かれる。仲のいい友人と別のクラスになりお互いを励まし合う生徒の声や、新学年も同じクラスになった友人と話に花を咲かせる生徒の声。苦手としている教師が担任になり落ち込む声や、話の合う教師が担任になり喜ぶ声など、さまざまな色の声が体育館内に響いていた。

 前に並んでいた生徒が移動し終え、私も先生が立っている列へと並んだ。列の前に立ち、声を出して生徒を誘導する先生の姿を見つめていると、一瞬目が合う。すぐに逸らされてしまったけれど、これからの学校生活も先生の近くで過ごせることに、蕾だった花が開いた時のような気分だった。

 始業式を終えて、新たに一年間を過ごす教室へ向かい、そこで先生や生徒たちで自己紹介をして、その日は下校に。今年も同じクラスになった生徒数人と話し、教室を出ていくのを見送ってから先生に声をかけるため近づいたが、気を付けて帰ってくださいねと言って脱兎のごとく去っていく先生の早さに、声をかけることもできず。

 その後も何度か、今年もよろしくお願いしますと伝えようとしたけれど去年よりも警戒され、結局伝えられておらず、この場でやっと伝えられた。

 持ってきた資料を風に飛ばされないようにペンケースを置いて対処している先生を見つめながら、今年もこの距離でいられるなんてと心の中で独り言つ。

「二者面談を始めます」

 対処をし終え、机に置いていたボールペンを握った先生に、就きたい職業はありますか?と質問された。

「ファッションデザイナーになりたいと思ってます」

「ファッションデザイナー……」

 先生がノートの上でペンを走らせる。その動きに合わせて、クリップ部分が光を反射して天井のあちらこちらを照らしていく。

「今の時点で志望校などはありますか?」

 先生の質問に見上げていた顔を下げて、答える。

「三校あります」

 三校ある志望校とその学校を志望しようと思った理由を伝え終えて、先生がノートに書き終えるのを待ってから両親にはすでに相談済みのことも伝える。

 両親に夢について相談したら、どの職業も大変なのだから自分が本当になりたい職業を目指しなさいと、両親は背中を押してくれた。そして相談したその場で、あと私もお父さんもあなたが選んだ相手なら応援するわ、と恋路の方も。夏休み中に質問した内容や、料理と勉強へ急に力を入れ始めた様子から、なんとなく私に想い人がいてその相手が年上で同性だと気づかれていた。相手がどんな人なのか、私自身がどう考えているのか両親にその場で伝え、すべて知ったうえで恋路を応援すると言ってくれた両親には感謝してもしきれない。

「もうご両親に相談を……? 分野が決まらなくて悩む子も多いのに……」

 今回の二者面談で先生に自分の意思を伝えて、先々の事を考えられていることを証明したかった。先生の反応を見る限り、証明できたようだ。

「デザイナーを目指したきっかけをお聞きしてもいいですか?」

 イメージトレーニングしていた通りの質問に、もう一度居住まいを正して、あの日の事を思い浮かべながら答える。

「文化祭で行われた、裁縫部の衣装展示教室でみた衣装です」

 私の言葉に先生は展示されていた衣装、どれも素敵でしたよねと、目を瞑って思い出している。

「あの日みた衣装のようなデザインがしたくて、デザイナーを目指しています」

 本当なら、あの日みた“先生に似合う”衣装のようなと言いたいけれど、もし本当のことを伝えたらそういった理由で進路を選ぶのは、と言われてしまいそうで言葉を呑んだ。先生に着てもらえない可能性だって、そもそもデザイナーとして花開くことのできない可能性も重々承知している。それでも、挑戦してみたい。

 展示教室でみた衣装について話に花を咲かせた後、一般入試や統合型選抜の違いや、統合型選抜を選んだ場合のスケジュールについて話した。

「花ヶ前さんは、調理師専門学校に行くと思っていました」

 ノートに統合型選抜で入試と書き込んでいた先生が、カーテンが舞い上がって見えやすくなった窓の外を見ながら、そう話す。

「どうしてそう思われたんですか?」

 陽の光によって輝きを更に増した先生の瞳が、一点を見つめていることに気づき、そちらへ視線を動かす。窓の外で先に面談を終えた生徒二人組が、門近くの花壇で咲くアヤメを屈んで眺めている姿が見えた。

「家庭科の先生が去年、調理部に入部してほしい子がいると言って花ヶ前さんのお話を私にしてくださったんです。文化祭でおこなった料理講座からよくアドバイスを聞きに来ていると」

「どんな料理を目指しているのか聞くと、料亭で提供されそうなものばかりだとも」

 思わず、いずれ先生がお口に運ぶものですからと言いかけ、口を閉じる。

「それをお聞きして、てっきり花ヶ前さんは調理師の道を進むのだと思っていました」

 窓の外を見ていた先生はいつの間にか私の方を見ていて、目が合う。

「料理も将来のために練習しています。でも、目指しているのはデザイナーです」

 また目を逸らされてしまうかもと思いながら、言葉を紡いだ。

「そうでしたか」

 口元を綻ばせ小さく頷いた先生に、言葉にのせた思いが少しでも伝わっていればいいなと思い、もう一度花壇の方へ目を向けた。

 受験に関係することを話し終え、割り振られた時間よりも少し早いけれど教室を出るため立ち上がる。先生は次の生徒の二者面談があるから、このまま教室に。

「日和先生、ありがとうございました」

 会釈をしてから教室の扉へ向かうと、いつものように気を付けて帰ってくださいね、と。その声にはいと答えて、もう一度会釈してから教室を出た。

(このやり取りも、もしかしたら今年は出来なかったのかもしれない)

 廊下で待っていた生徒に声をかけ、その生徒が教室に入ろうと開けた扉の先を覗き見てから、廊下を進んだ。

 階段を降りて一階に着き、昇降口へ向かおうとしていたら後ろから元気な声で名前を呼ばれ、振り向く。

 振り向くと家庭科の先生が栄養素の本を持ってこちらに向かってきているのが見えた。私も先生の方へ近づくと、確か今日二者面談があったんだっけ? と栄養素の本と一緒に持っていた資料を確認する。

 今ちょうど終えてきたところですと返したら、夢は調理師? と詰め寄られ首を振って答えた。そっかー……残念だなぁ……と肩を落とす先生の姿にアドバイスを聞きに行った際の明るい笑顔を思い浮かべる。

(調理師になってほしかったのかな……?)

 いつも私の質問に親身になって答えてくれている先生へどう声をかけようか考えていると、まぁ、花ヶ前さんが選んだ道なら応援するから、頑張ってね! と肩を落とすのをやめ、いつもの明るい笑顔に戻っていた。

「ありがとうございます」

 先生の表情に安心しお礼を言い会釈すると、受験に全然関係なんだけど、と話し始める先生の言葉をなんの話だろう? と思いながら待つ。目を瞑ってから、さっき後ろから声をかけた時、花ヶ前さん振り向いてくれたでしょ? そのときすっごく綺麗だったよ! と伝えられ、固まる。

「綺麗……?」

 目を瞬いて尋ねる私に、前から綺麗だったけど更に綺麗になったね、もしかして好きな人いるの? と聞かれ、瞬時に日和先生の顔が思い浮かぶ。

「います!」

 今度は私が先生に詰め寄った。

 私の言葉を聞いた先生は、料理を頑張ってたのもその人のため? と本人には気づいてもらえていない核心を突く。

「はい」

 返事をしてからアドバイスをあんなにしてくれたのに、理由が恋愛絡みだと怒られてしまうかなと思ったが、そっか! 美味しいもの食べてもらいたいよね、これからも沢山質問しに来ていいから、胃袋掴んでおいで! と怒られるどころか背中を押してもらえた。

(周りの人に恵まれてるな……)

 水が土に染み込んでいくようにそう感じていると、数学の先生に用事あったんだったと手を振って私の横を通り過ぎていく先生の後ろ姿にありがとうございますと言葉を放つと、どういたしましてと明るい声が返ってきた。

 先生の後ろ姿が見えなくなってから、昇降口へ移動する。上履きから靴に履き替え、細く開かれていた昇降口の引き戸を横へ滑らせた。引き戸の隙間から溢れていた光がだんだんと大きくなり、私と昇降口の中を照らす。強い風が吹き、木々の音ともに土埃が舞い、昇降口の中へと入ってくる。土埃が陽の光に照らされキラキラと輝いている光景をぼんやりと眺めていたら、もう一度強い風が。急いで昇降口から出て、引き戸を先程と同じくらいの幅まで閉めておく。昇降口から離れ、空を見上げると相変わらず雲がゆったりと流れていた。

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