05.霊能力者の魂 -阿東 史夫-
第26話 「ぎゃふんと言わせてやりましょう」
玄関の扉を何度叩いても、中からの返答がないことに西園寺は困り顔で首を捻る。
西園寺はすっかり元気になり、今では絵梨と出掛けることも多くなっていた。絵梨の方はまだ空元気な部分もあるようだが、妹が傍にいてくれるお陰で徐々に未来へと目を向け始めているようだ。
そのことを報告したくて、そして改めてお礼が言いたくて西園寺は毎日のようにトートの部屋を訪れているのだが――あの騒動の後、彼女は一度もトートとトイフェルに会えていない。
「死神さん……トイフェルちゃんも、どうしたんだろう……」
いつもだったらトイフェルが器用に扉を開けてひょこりと出てきてくれるのに、もうずっとこの扉が開くところを見ていない。
今日もダメかと西園寺は腹の底から深い溜息を吐き出し、がっくりと項垂れて踵を返した。
街中を探してみよう、もしかしたら仕事に出ているのかもしれないと、そう思って。
* * *
「
「そのようです、ニュースで見たまんまですね」
その頃、トートとトイフェルは街の住宅街へと繰り出していた。
あと十日ほどもすれば、約束の期限である三ヵ月になる。残るターゲットはあと一人、今まさに彼らが見つけた阿東史夫という男だけだ。この男の魂を冥界へ送れば、この地での仕事は完了となる。
しかし、簡単には終わりそうもない。トートはそれを肌で感じていた。
死神が見ているなどとは露ほども思っていないだろう阿東は、和風の一軒家住まい。
職業は自称霊能力者で、人々の悩みを聞く相談の場として家を開放している。座布団を敷いた和室で正座をして話を聞く姿はまるで仏のようで、その風貌はとても穏やかで優しい。
相談者の心の痛みに寄り添う言葉をかけることで、人々の心を癒しているようだ。
「(それだけならば確かに素晴らしい人間だろう。それだけなら、な……)」
そんな阿東に悩みを聞いてほしくて足繫く通う者は多い。それで相談者の気持ちが少しでも晴れるのなら、それはそれでいいのだろう。
けれども、それはあくまでも阿東の
「今日の相談者は女性のようですね。年頃は……二十歳ほどでしょうか」
「……そうだな。行くぞ、トイフェル」
「はい、トート。ぎゃふんと言わせてやりましょう」
電柱の上から阿東の家を見下ろしていたトートは、トイフェルと共にふわりと庭へ降り立った。
相談の場となっている和室は、開け放たれた庭先からは目と鼻の先だ。様子がよく見える。ちゃぶ台を間に挟み、向かい合って座りながら話しているようだ。
相談者の女性の悩みがなんなのかは分からないし、トートにとって興味もないのだが――彼女はハンカチをぎゅっと握り締めて頻りに涙を流していた。
阿東は彼女のその様子を痛ましそうに見つめていたが、トートもトイフェルも一瞬の変化を決して見逃さない。
阿東の口元は僅かに――ほんの一瞬だけ、にたりと笑みを形作ったのだ。
「お可哀想に……霊視で見てみましたが、彼の浮気癖はなかなか直らないようです」
「そ、そんな……うぅ……ッ、どうにも……ならないんですか……?」
「ひとつだけ方法があります、私の目をジッと見てください」
再びポロポロと涙を零し始めた彼女を見て、阿東は沈痛な面持ちで言葉を返す。すると、相談者の女性は不思議そうにしながらもハンカチを握っていた手を下ろして、言われた通り阿東の目を見つめた。
「気持ちを楽にしてください。大丈夫、だ~いじょうぶですよ……」
「は、はい……」
女性は阿東に言われるまま彼の目をジッと見つめたが、程なくしてその双眸はぼんやりと寝起きの寝惚け眼のように虚ろになり始めた。焦点が合わず、心ここに在らずといった様子だ。
そして、その身がばたりと倒れ込むまでに時間はそう必要ではなかった。
「ぐひひ、馬鹿なやつめ。しかし、今日もなかなかの女がやってきたものだ、こりゃ楽しめるぞ♪」
阿東の裏の顔――それが、これだ。
悩みを抱えてやってきた若い女性に催眠術をかけ、意識がないのをいいことに徹底的に暴行を働くというもの。催眠術が効いている間にさっさと済ませてしまうものだから、これまで被害に遭った女性たちのほとんどが気付いていなかった。
しかし、催眠術のかかりが浅かった一人の女性が真っ最中に意識を取り戻したことで明らかとなったのだ。
大勢のマスコミが阿東の自宅を訪れて報道を繰り返していたが、当の阿東本人は素知らぬ顔。悪びれた様子もない。それどころか、阿東に話を聞いてもらったお陰で気持ちが楽になったと、彼の信者たちが抗議の声まで上げる始末。被害者の証言をただのクレーマーの妄想だと罵って。
だが、被害を受けた女性の中には、身ごもってしまった者も多かったらしい。こんな男が父親になるくらいなら、と自ら命を捨ててしまう者が後を絶たないのが現状だった。
「(ニュースになっていてもこうして訪れてくる者がいる……それだけ悩みを抱える者が多い世の中なのだろうな)」
だからと言って、目の前で起きている阿東の行為を許すことはできない。
トートは宙から鎌を取り出すと、それを肩に担いで身構えた。
これが、この地で行う最後の仕事だ。
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