第27話 「死神、そこにおるな?」
「閻魔様、本日の分の手続きが終わりました。いつも通り何の問題もありません」
「……」
冥界にある閻魔大王の私室にやってきた側近は、本日の業務の報告をしていた。
しかし、当の閻魔大王の様子がおかしい。
普段であれば強面の見た目に反して無駄におちゃらけた様子で返答を寄越してくるのだが、腹でも痛いのか今日は難しい顔で黙り込んでいる。この報告も聞こえているかどうか。
「……任せっきりにしてしまったが、トートは大丈夫だろうか」
「ああ、死神の心配をしていらしたのですね。デァ・トートの称号を持つ者ですから問題はないと思われます。閻魔様が指定した魂も残すところあとひとつだけのはずですし……」
「そうだ、あいつなら大丈夫だと思っていた。しかし、ここ最近随分と力が弱まっているのだ。それに……」
「それに……?」
閻魔大王はそこで一旦閉口すると、机の引き出しを開けて中から一冊のファイルを取り出す。それは、これまで仕事中に
死神というのは、元々は人間だ。様々な経緯を経て死神になるものだが――彼らは霊体であり、生身の肉体を持たない。故に彼らが殉職する時は、魂そのものが消滅する時である。
死神としての生き方に満足して転生する場合は、閻魔がその魂に器を与えて地上での生命を与えるのだが、他者によって消滅させられた魂は文字通り消えてしまい、どこにも存在しなくなる。
「……ワシが今回、なぜわざわざアイツを呼び付けたと思う?」
「は? 閻魔様はあの死神を気に入っておりますので、そのためかと思っておりましたが……特別な理由があるのですか?」
部下が疑問符を浮かべながらそう問い掛けると、閻魔は手にしたファイルから数枚の紙を取り出して差し出してくる。白い紙面にはいくつかの名前が記されていた。
しかし、部下にピンとくる名前はその中にひとつもない。これがどうしたのだろうと、その意図を知るべく紙面に落とした視線を改めて閻魔へと戻した。
「ここに並んでいる名前はな、あの地で消滅した死神たちの名前だ」
「……え?」
「トートに頼んだあの地には、厄介な魂がある。この死神たちは、その魂を回収しようとして消滅させられたのだ」
「では――!」
思わぬ返答に対し、部下は目を見開くと息を呑んだ。
本来死神の姿は、人間の目に触れることはない。余程の霊感の持ち主であれば話は別だが、ほとんどがその存在に気付くことさえないのだ。
しかし、その魂を回収しに行った死神が何人も殉職しているということは――現在トートが任務に就いている地に、高い霊感を持つ魂が存在しているということになる。そしてその魂を持つ人間は、恐ろしいほどの強さなのだろう。そうでなければ多くの死神がやられるはずがない。
「トートの奴なら大丈夫だろうと思ったが……厳しいかもしれんな……」
閻魔はファイルを閉じると、固く握り締めた拳を目の前の机に思い切り叩き付けた。
* * *
「――トート!」
「ああ、仕留める!」
意識を失った女性の服に手をかけ、いそいそと脱がし始めた阿東に照準を合わせると、トートは手にした鎌を躊躇なく振り下ろす。トートと阿東の間にある距離は数メートル。刃物を振り回したところで届くことはないが、死神のの鎌は物理的な攻撃を加えるわけではない。
あくまでも魂へ働きかけ、強制的に肉体から引き剥がすもの。
しかし、トートが振り下ろした鎌から飛び出した刃が阿東の魂と肉体との繋がりを遮断しようとした時、阿東の目がスッとこちらを向いた。
何か気になるものがあって偶然視線を投げてきた――そう考えられなくもないが、阿東の視線は虚空ではなく確実にトートとトイフェルへと向けられていた。
倒れた女性の身を足で押し蹴り、阿東は素早く真後ろへと軽く跳ぶことでトートの攻撃を寸前のところで躱してしまったのだ。
「なんと……まさか、あの男……」
「ククッ、先ほどから視線を感じると思っていたが――死神、そこにおるな?」
トイフェルは驚きを隠せない様子で息を呑み、まさかとひとつの可能性を思い浮かべたが、それを肯定するかのように阿東は喉を鳴らして低く笑う。完全に姿が見えているわけではないようだが、阿東は確実にトートとトイフェルの存在に気付いている。
それだけではなく、彼らが死神であることも理解していた。
トートは眉根を寄せ、小さく舌を打つと手にする鎌を器用にひと回転させて構え直す。
阿東は生身の肉体を持った人間だと言うのに、トートの目には強力な悪霊のようにさえ見えた。
「(俺たちの姿が見えるとは……インチキ霊能力者ではないということか。それも、死神の存在を知っているのなら過去にも遭遇したことがあると……)」
「くはははッ! 死神、今回も返り討ちにしてくれるわ!!」
トートの能力が普段通りであれば、いくら相手が霊能力者であろうと問題はない。
しかし、今の彼は本来の力の半分ほども出せない状態だ。状況とコンディションの悪さは考えなくても理解できる。
全身から禍々しい気配を放つ阿東を前に、トートは忌々しそうに表情を顰めた。
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