鬱陶しい、鬱陶しい、ああ鬱陶しい
北の大陸にある、ひと際大きな都アンテリュール。深夜の二時頃を回ってようやく鎮まり始める、眠りの浅い都。コルネリア夫人からの依頼を失敗したマック率いるウロボロスの面々は、このアンテリュールの街はずれの宿で身を休めていた。
都の中心部から離れた宿は質素で、寝具や食事の質もあまりよいものとは言えない。野ざらしの環境で過ごすよりはずっとマシな部類だが、これまでのマックの環境から考えてみれば屈辱と言える。
それと言うのも、ウロボロスは以前から見れば随分と廃れつつあるからだ。
スターブル近郊で活躍し、名声を得ている頃はよかった。ウラノスに並んで知名度が上がり、狂暴な魔物が現れたとあればフットワークの軽いウロボロスに討伐依頼が舞い込んでくることも多かった。クランで引き受ける魔物退治という危険な仕事、報酬もその分だけ高くなる。それらを着実にこなしていくことで、ウロボロスはじわじわと育っていたのである。金にも女にも困ることなどなかった。
それが、ウラノスから統治権を奪おうとして失敗したあの時――ヴァージャに負けてから、マックはクランの仕事よりも「いかに強くなるか」に重きを置くようになってしまった。とどのつまり、現在のウロボロスはほとんど依頼をこなしていないため、金がないのである。
ティラが目の当たりにしたリーヴェの力に興味を持ったら、今度はヴァージャではなく自分よりもずっと年下の男に――エルに敗北を期す始末。
きっと何かトリックがあるに違いない。そう思ったからこそサクラに情報収集を命じたのに、あろうことかサクラは得たはずの情報をマックに伝えることなく行方を眩ました。それだけでなく、マックが最も嫌うリーヴェの味方までするようになった。挙句、またしてもエルに――今度はほとんど簡単にやられてしまったものだから、他よりもずっと高いマックのプライドはズタズタだ。
うんざりした。何もかもに。
「……マックぅ、ちょっとは食べないと……」
窓辺のランタンくらいしか明かりのない寝室に、ロンプとヘクセ、それに他の面々が食事を持って訪れた。既に眠っているのか、ティラやアフティの姿は見えない。
無能のくせに日陰におらずのうのうと生きているリーヴェが鬱陶しい。
とんでもない力を持ちながら、その無能と一緒にいるヴァージャが鬱陶しい。
子供のくせに生意気な口を利くエルが鬱陶しい。
あっさり自分を斬り捨てて寝返ったサクラが鬱陶しい。
こうやって、人の顔色を窺うみたいに声をかけてくる女たちも――鬱陶しい!
「ひゃあぁ!?」
「ちょ、ちょっと! マック、何をしますの!?」
「うるっせえんだよ! 人が考え事してる時にのこのこやってきやがって! 女ならちったぁ俺様を労わりやがれ!!」
マックは寝台の上にあった枕を鷲掴みにすると、躊躇もなくそれをロンプたちに向かって投げつけた。ロンプからは甲高い悲鳴が上がり、ヘクセからは咄嗟に疑念の声が上がる。彼女たちの後ろに控えていた他の面々たちからも微かにどよめくような声が洩れた。そんな声にさえ、今のマックは苛立ちを募らせる。腰掛けていた寝台の縁から立ち上がるなり、怒声を張り上げながら近くに落ちていた小型のカバンを蹴り上げた。
ボールの如く蹴られたカバンは彼女たちに直撃することなく、古びた壁にガンッとぶち当たって騒音を立てる。その一連の行動は、直撃するよりも精神的に与える影響は大きかったかもしれない。辺りはシンと静まり返り、どよめきも聞こえなくなった。
誰もが喉に石でも詰め込まれたかのように声ひとつ出せずにいる中、やがて重苦しい沈黙を破ったのは――ヘクセだった。
「……マック、ひとつ窺ってもよろしいですか? ……あなたは、わたくしたちの中から誰を選ぶおつもりでいますの?」
「ハッ、んだよ、馬鹿馬鹿しい。選んでほしけりゃ、そういう鬱陶しい質問をぶつけんのはやめるんだな」
「……やっぱり、選ぶつもりはありませんのね。いったいどうしてですの? 出会った頃のあなたは今のようではありませんでしたわ」
ヘクセのその言葉に、マックはぴくりと片眉を上げる。隠すでもなく舌をひとつ打ち鳴らすと、寝台の横に立てかけておいた愛用の剣を手に取った。
「……サクラが言ったことをマジに考えてやがんのか? くだらねえ……ほんっと、くっだらねえなぁ……!」
「マック……!」
「俺様が信じられねえなら、もう用はねえ。面倒くさい女なんざ、こっちから御免なんだよ!」
マックがゆっくりとした足取りで近付いてくるのを見て、後方に控えていた者たちは悲鳴を上げて慌てたように部屋の外に飛び出していく。ヘクセは目の前まで迫ったマックに声も上げられず、その後ろにいたロンプはふるふると全身を震わせる。
直後、薄暗い部屋の中にはロンプの手から落ちた食器が床に落ちて砕ける音が響き渡った。
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