幕間
進めない理由
飲み物を買いに屋台の方に向かったリーヴェの背を見送って、数分ほど。
斜め前から非常に不愉快な視線を感じる。わざわざ正体を確かめるまでもない、グリモアだ。好奇心に満ち溢れた不躾な視線というものは、受ける側はひどく不愉快であることを知った。
「眉間に皺が寄ってるよ神さま、せっかくのイケメンが台無しだ。ああ、でも周りにとってはそういう表情もご褒美みたいなものなのかな、女性は放っておかないだろうね、羨ましいなぁ」
やかましい、誰のせいだと思っているのだ。
ヴァールハイトでも見通せなかったこの辺りに潜む何か――の正体は、こいつだったというわけだ。永い歴史の中でも、この世界に人造人間が現れたことはない。ヴァールハイトには、純粋にこいつの正体がわからなかったのだろう。
「……それで、話は?」
「え?」
「何か話があったからリーヴェを買い物に出したのだろう」
この男は私が苦手とする系統だ、どうも何を考えているか理解できない。普通の生き物ではないから心を読むことも難しい。早々に話を終わらせて、その後は無視を決め込むに限る。
すると、グリモアは一度だけ驚いたような表情を滲ませた後、卓の上にゆったりと頬杖をついた。
「話っていうか、単純に感謝を伝えておこうと思ってね。あとは……今あなたが悩んでることを言い当ててみようかなぁ、っていう興味、好奇心」
「どうせ後者がメインだろう」
「あれれ、わかっちゃった?」
この男、まったく悪びれもしない。少しはバツの悪そうな顔でもしてみせたらどうなのだ。このようなどうでもいい用なら、リーヴェに同行するべきだったかもしれない。今からでも遅くはないか。
「まあ待って待って、そう邪険にしないでよ、傷つくなぁ」
立ち上がろうとしたところで服の裾を掴まれてしまうと、この場に捨て置くのも難しい。振り払えないこともないが、さすがに少しばかり胸が痛む。
無言のまま数拍ほど睨み合ったところで、取り敢えずはこのまま待つことにした。諜報員たちはあれで全員だったようだし、一応この場からでもリーヴェの姿は窺える。問題ないだろう。
「実はね、ちょっと意外だったんだ。神さまが再臨したって話は聞いてたけど、見つかったら即破壊されるだろうなと思ってたから」
「……少し前の私ならそうしていただろう」
「おや、そうなのかい? 神さまが心変わりした理由は……やっぱりあの子かな、面白い子だね、リーヴェは」
この男は、私の――「生命を見守る」という神の役目も知っていた。人造人間と言うことは、見た目の年齢などまったくアテにならないものだ。思った以上に多くを知っているようだが、有害か無害か……今の私には判断がつかない。敵意がないことだけは確かだ。
「神さまはアレかな、リーヴェに生命の循環から外れてほしいと思ってるのかな」
「――!」
「その反応を見る限り、当たりだね。神さまの心を悩ませてるのはコレかぁ。言ってみればいいのに、あの子ならちゃんと真面目に考えてくれるだろう?」
不意にぶつけられた核心を突く言葉に、思わず睨むような視線を向けてしまった。当の本人はまったく気にしていないようだが、それがまた少しばかり腹立たしい。
リーヴェなら真面目に考えてくれる、か……そうだろう。だからこそ、私もヴァールハイトで話そうとしたのだ。……単純にタイミングが悪かったというだけで。
「生命の循環から外れる」ということは、
「(……リーヴェにはミトラたちがいる。ミトラやフィリアたちと共に歳を重ね、人として天寿を全うしてほしい)」
そう思う反面、人間のような欲深さが同時に顔を出してくる。眷属としてずっと傍に置いておきたいという、どうしようもない欲が。
このような欲を抱えた私が、グリモアを破壊するのはあまりにも身勝手というもの。人造人間は生命の循環から外れた
「ねえねえ、神さま」
「……今度はなんだ」
「リーヴェとちゃんと話をしなよ、いくら人の心を読めたって理解したことにはならないものさ。知ることと理解することはまったくの別物だからね。あなたが難しく思ってることは、リーヴェにとっては案外そうでもないのかもしれないよ」
「……覚えておこう」
……グリモアが言うことは、恐らく的を射ている。
だが、リーヴェの場合は難しく考えずに結論を出してしまいそうだから恐ろしくもあるのだ。眷属化すれば、人間に戻ることはできない。どれほど後悔したところで、人として歳を重ねることは二度とできなくなる。大切な者たちを常に見送る側になり、永い時の中で全てに置いていかれたような気分に陥ることもあるだろう。
そんな想いをリーヴェにさせたいかどうかと言われれば、間違ってもさせたくない。人として生き、人として死ぬ方がずっと楽だ。終わりのない生は多くの苦痛を与える。
「(帝国の問題が片付いたらと思っていたが……早めに話しておくべきなのか。ただでさえ、ここ最近は色々と考え込んでいるようだからな)」
寝所を共にしても何もしない私を不審がっていることは知っている、その先をしたくないのか、そうした欲はないのかと考え込んでいることも。
神と交わるということが、眷属化する方法のひとつだということをリーヴェは知らない。伝えて、もしも「それで構わない」と言われたら――私はそれを許容できるのだろうか。
それに、今は何よりも……視界の片隅に映る赤い男がだらしない様相をしているのが気に障って仕方がない。
「……何をだらしない顔をしている」
「いやぁ、神さまも人間みたいに悩んだりするんだなぁ、と思ってさ。なかなかお目にかかれるような姿じゃなさそうだから観察してるだけだよ、気にしないで」
「今すぐお前を破壊したくなってきた」
「用が済むまで待ってくれるって言ったじゃないか、おかしなところで短気なんだから。それとも照れ隠しかなぁ。……あ、ほら、リーヴェ戻ってきたよ」
こいつ、この私を揶揄して遊んでいるというのか。用が済むまで見逃すとは言ったが、自分を破壊しようという者を相手によく恐ろしくないものだ。
グリモアが指す方を見てみれば、その言葉通りリーヴェがこちらに戻ってくるところだった。
……大切だからこそ――愛しく想うからこそ、どうすることが正解なのかわからなくなる。伝えるべきか否か、まだ答えは出そうにない。
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