許されない命
リュゼたち諜報部隊は、騒ぎを聞きつけてやってきクラン――『アルモニー』の連中に連れられて然るべき場所に連行されていった。
アルモニーっていうのは、この辺り一帯を統治してるクランらしい。グリモア博士に叩きのめされた連中を慣れた様子で連行していく様は、こうしたトラブルに慣れているようだった。ヴェステンは大きな都だし、喧嘩だとか騒ぎはわりと多い方なんだろう。人が集まればその分、トラブルの種も多くなるものだ。
オレたちは場所を移して、街外れの方で改めて話をすることになった。もちろん、今度はヴァージャも交えて。
「それにしても、博士が人造人間って……どこからどう見ても普通の人間にしか見えないんだけどなぁ。……もしかして、ヴァージャが博士を睨んでたのって、それが原因か?」
「そうだね、神さまっていうのは生命を見守る存在でもある。生命の循環から外れ、人工的に造り出された存在を捨て置くことは難しいはずだよ。誕生した以上、生物にはいつか必ず死が訪れる。けど、人造人間は核を破壊しない限りはずっと存在し続けるんだ。帝国がほしがってるのは、この人造人間を生み出す技術だね」
他人事のように言うけど、じゃあつまり……グリモア博士は人工的に造られたわけだから、こうやって存在してたら駄目ってことだろ。もっと言うなら、神さまに見つかった以上は消されなきゃいけないのか?
……ヴァージャが? グリモア博士を、殺す……?
丸形の簡素なテーブルを挟んで正面に座るヴァージャをちらと見てみると、当のヴァージャはいつもの無表情のまま遠くを見つめていた。視線の先には海があるけど、景色を楽しんでるわけではなさそうだ。何か物思いに耽っているというか。
グリモア博士もそりゃ綺麗な顔してるけど、ヴァージャは天然でこの顔面だからな。今だって夕陽を受けながら海を眺める様は思わずため息が零れそうなくらい画になるし、整い過ぎてて何も言えないくらいだ。……博士がいなかったらうっかり見惚れてた気がする。
「……生き物は誕生と同時に死に向かい始める。命に限りがあるからこそ“今”を大切にできるのだ。人工的に命を生み出し、更に永遠を手にするようになれば、“今”の大切さや尊さをいずれ忘れてしまう」
「そうだねぇ、人間ってのは大体が最初ばっかりだ。最初はいいだろうけど、それが当たり前になると有難さを忘れてしまう。いつでも人工的に命を造り出せるようになれば、個を大切にもしなくなりそうだし。例えば……こういう子供がほしかったのに、要望と違うからいらなーいとかね」
想像しただけでゾッとしちまうな。人間以外の動物たちはともかく、人間は……確かにそうなっちまいそうだ。「死」っていう終わりがあるから、人生に意味があるみたいなものか。
そこで気になるのは、ヴァージャが浮かない顔をしてる――ように見えることだ。いや、多分こいつも博士のこと問答無用に殺したくないからなんだろうけど。
「……生き物というのは、雄と雌が交わることによって生まれる。それが自然であり、お前のような例外は認めるべきではない」
「うん」
「だが、お前に用があるのは私ではなくサンセール殿だ。破壊するのは……その用が済んでからでも遅くはあるまい」
「おや、じゃあそれまでは見逃してくれるんだね。いやあ、有難いことだよ。今日が命日になると思ってたからさ」
下手すると今この場で死んでたかもしれないのに、なんでこの博士はこんなに軽いんだ。そもそも、命日が延びたってだけで破壊される可能性はまだメチャクチャ高い確率で残ってるんだろ。……けど、これはきっとヴァージャの「神さま」としての責任とか立場が関わってくる問題だ。オレが口を挟んでいいことだとは……あまり思えない。
「さて、安心したら喉が渇いちゃったな。リーヴェ、悪いんだけど何か飲み物を買ってきてもらってもいいかな」
「あ、ああ、いいよ。そりゃあんだけ暴れれば喉も渇くだろうさ」
あの後、リュゼたち諜報部隊はヴァージャが手を下すまでもなく博士一人によって徹底的に叩きのめされた。スラリと伸びた痩せ型の長身が、群がってくる連中を流れるような動作で次々に沈めていく様は見ていて気持ちがいいほどだった。一人で十人近くいる諜報員を倒したんだ、いくら人造人間でも喉くらい渇くだろう。
……ヴァージャも今すぐに博士をどうこうしようって気はないみたいだし、取り敢えずヴァールハイトに戻るまでは大丈夫そうか。
「(……ヴァールハイトに戻るまでは、か……その後は、どうなるんだろう)」
グリモア博士はエアガイツ研究所の関係者だけど、悪い人じゃない。むしろリュゼたちからオレのことまで守ってくれるような人だ。見た目は本当に普通の人間なのに、造られた命だから存在を認められないって……あんまりな気がしてしまう。
博士を造った人は、何を思って人造人間なんて造ったんだろう。皇帝は、永遠を手に入れるためなら人間であることを捨ててもいいのかな。ただの人間のオレにはさっぱりわからないや。
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