第十一章:城塞都市アインガング

問題は山積み

 南の都ヴェステンから研究所に戻り、一泊させてもらった翌日。

 つい先日通ったばかりの迷いの森を、今度はヴァールハイトに戻るために歩いていた。最初は警戒してたフィリアとエルも、博士の砕けた性格と言動に随分と感化されたらしい。僅か一晩で、それらの警戒はほとんど見られなくなっていた。


 そんな中で道中の話題になったのは、サンセール団長とグリモア博士の関係についてだ。



「えっ、じゃあグリモア博士ってサンセール団長と面識があるわけじゃないのか?」

「ないよ。だから手紙の中を見るまでは誰かな、って不思議だったんだ。これでも記憶力はいい方だし、一度会ったらそうそう忘れないからね」

「呆れた……でも、サンセールさんらしいわね」

「ま、まあ、そうだな……けど、それじゃあ博士のことはどうやって……?」



 手紙を出すくらいだから、オレはてっきり団長と博士は知り合いなんだとばかり思ってたけど、どうやら違うようだった。サクラが文字通り呆れ果てたとばかりにため息を洩らす。わかるわかる、オレもそうだよ。あの人は本当にメチャクチャなんだ。


 そうなると、団長はどこで博士のことを聞いたんだろう。顔が広い人だから人伝に聞いたって可能性もあるけど。そんなオレの疑問に答えてくれたのは、先頭を歩いていたディーアだった。



「俺だよ、俺が隊長に提案したんだ。グリモア博士はヘルムバラドに技術提供をしてくれた人でさ。親父の代だったから俺は面識はないんだけど、こういう人がいるから協力を持ちかけてみるのはどうかって。頭が働く人なら参謀にはもってこいだと思ってな」

「えっ、ヘルムバラドに技術提供ですか? もしかしてアトラクションとか、ホテルのあのエレベーターって……」

「そうだよ、全部グリモア博士が造り出した技術さ。……まさか、その博士がこんなに若い人だとは思わなかったけど」



 ヘルムバラドのあのアトラクションとかエレベーターとか、どうやって動いてるかまったくわからなかったもんな。いや、今でもわからないけどさ。グリモア博士が提供した技術って聞いたら、なんとなく納得した。


 夢の国を大いに堪能してたフィリアとエルが少しばかり目を輝かせて博士を見遣る一方、それとは対照的におどろおどろしい雰囲気を醸し出すのはヴァージャだった。目は完全に据わっていて、いっそ憎悪さえ感じる。



「……そうか、あれの元凶はお前だったのか」

「やだなぁ、また神さまに嫌われちゃったじゃないか。余計なことまで言わなくていいんだよ」



 普段よりもずっと低い、まさに地を這うような声は恐ろしいほどに迫力がある。グリモア博士はいつもと変わらずにこにこ笑ってるけど、博士の後ろを歩く数名の研究員なんて真っ青になってるくらいだ、かわいそうに。それくらいでやめてやれよ。



「ヴァージャ様、ヘルムバラドはあまりお楽しみ頂けなかったのかな……」

「色々なことを肯定的に捉えてくれる神さまだと思ったけど、ちょっと意外ねぇ……」

「……ヴァージャは乗り物酔い激しいから」

「「ああ~……」」



 心配そうに呟くディーアと意外そうなサクラに一言で説明すると、どちらも納得したような声を洩らして頷いた。



 * * *



 サンセール団長から頼まれた一仕事を終えて、ヴァールハイトに戻ってきたオレたちがゆっくりできるようになったのはとっぷりと日が暮れてからのことだった。


 それと言うのも、グリモア博士とその付き人数名を連れて戻ったまではよかったものの、つい最近入ったばかりの連中が異を唱え始めたからだ。『ゼルプスト』という名前のクランを筆頭に、新入りたちはこれまでの間に抱いてきただろう不満点を挙げ始めた。


 博士が本当に参謀として頼りになる人なのかどうか。もしそうなら、女子供ばかりのクランにそんな重要な役割を与えたのは納得がいかない。

 ヴァージャが神さまというのは本当なのか否か、証拠がほしい。

 無能に力があるのはわかったけど、だからと言って戦えもしないのに自分たちと同等の扱いはおかしいし、力のあるクランが無名のクランと同じ扱いなのもおかしい、差をつけるべきだ。


 ……などなど、今更? って思うようなことばかり並べ立ててきやがった。なんで最初に言わなかったんだよ。



「じゃあ、ヴァージャ……あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、気をつけろよ。あと、逆にやり過ぎないように」

「問題ない、少し遊ぶだけだ」



 そんなわけで、ヴァージャは異を唱えてきた『ゼルプスト』や他にも疑念を抱いているいくつかのクランを相手にすることになった。神さまの証明が戦うことってのは少しばかり疑問だけど、この世界は力があってこその地位だからな。実に単純明快だ。


 戦って勝つことでヴァージャが神さまだって認めてくれるなら、取り敢えずその部分は問題ないだろう。無能や無名のクランが同等の扱いなのは納得いかないって不満は、多分サンセール団長とディーアがうまくやってくれる。残る問題は――



「お前はもう休むのか?」

「……いや、博士の方を見てくるよ。色々言われてたし、どういう手で帝国を攻めるのかも気になるしさ」

「そうか、終わったら私も行こう」



 フィリアたちはもう部屋に戻って休んでるし、できることならオレもそうしたいんだけど……このまま部屋に戻っても眠れる気がしないんだよなぁ。


 グリモア博士が参謀として頼りになるのか、っていう疑念の一番の原因は多分あの見た目だ。見た目年齢はオレとそうそう変わらない。そんな若いやつが参謀で大丈夫なのかって思われてるんだろう。中には、単純に気に入らないってのもいるかもしれないけど。

 まさか「人造人間だから実年齢不詳です」なんて言えないし、人様の秘密を勝手にベラベラ喋るなんて絶対に嫌だし、そうなると博士の本気を見せてもらうしかないわけで。現段階でどういう策を考えてるのかが気になる。


 ヴァールハイトの最下層に設置された――所謂「訓練所」に入っていくヴァージャを見送ってから、二階にある居住エリアに足を向けた。

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