第八章:神さまの伴侶
友達、相棒、……恋人?
指先ひとつ動かすのも億劫に感じられる倦怠感の中、普段より重く感じる瞼を開けるとぼやけた視界に石造りの天井が映り込んだ。何度かゆっくりと瞬きを繰り返して焦点を合わせていく。一見壁にも見えるゴツゴツした造りは、洞窟のような印象を受ける。
……ああ、そういえば反帝国組織のアジトにお邪魔したんだっけ。そのアジトが確か洞穴の中で……。
「いッ……!」
のらりくらりと身を起こそうとした矢先、身体の至るところに軋むような痛みが走る。それと共に意識を飛ばす前の出来事が次々に思い起こされた。……そうだ、確か誰かに押されて穴の中に落っこちて……。
身体を刺激しないようにゆっくりと身を起こしたところで、上半身裸なのに気付いた。二の腕や手首、肩に包帯が巻かれていて、誰かが手当てしてくれたってことが容易にわかる。ここは多分アジトだと思うんだけど、そうなると心配になるのは――
「……! リーヴェ、気が付いたか?」
そこへ、ちょうどヴァージャがやってきた。簡素な扉は突貫工事の産物らしく、開閉のたびに蝶番が悲鳴を上げるように鳴る。寝台の傍まで早足に寄ってきたヴァージャの腕を掴むなり、取り敢えず確認を向けた。
「飯は!?」
「……腹が減っているのか、今何か――」
「そうじゃなくて、飯はどうなった!? ちゃんと食えたか!?」
何しろ、このアジトには満足に料理ができる人間がいないみたいだった。あれからどうなったのか心配で心配でどうしようもない。
すると、ヴァージャは幾分か気が抜けたように見返してきた後、そっと小さく安堵らしき息を吐き出した。
「お前の見よう見まねだと言っていたが、エルが作ってくれた。味にも特に問題はなかったぞ」
ああ……! エル、あいつやっぱデキる子……!
その返答に心底安堵して項垂れると、ポンとその頭を撫でられた。それと同時に呆れたような声色で言葉が降ってくる。
「まったく、目を覚まして真っ先に気にするのが飯のこととは」
「野菜の切り方どころか野菜を洗うことすら知らなかったんだぞ。肉も魚も焦げてたし、あのまま作ったらどんな料理が出来上がるのか想像しただけで……」
むしろ、これまでどういう食事をここでしてきたのか聞いてみたいくらいだ。飯なんて腹が膨れりゃいいってのもいるだろうけど、食事ってのは命を頂くことだ。どうせなら美味く腹に納める方がいいだろ。それに帝国と戦う前に飯で自爆しましたなんてシャレにもならない。
垂れた頭を上げたところで、ジッとヴァージャが複雑な面持ちでこちらを見下ろしてきた。怒ってるように見えるのは多分気のせいとかじゃないんだろう。
「……リーヴェ、何があった?」
「あー……暗くて足元よく見えなくてさ、穴があるのに気付かなくてうっかり落っこちた、……ってのは、ダメ?」
「当たり前だ、私に嘘が通用すると思うのか」
もっともらしい返答を並べていくうちに、ヴァージャの表情がどんどん険しくなっていくものだから、意識するよりも先に勝手に視線が横に逃げた。……やっぱり適当な嘘を並べて誤魔化せるような相手じゃないか。
けどさ、本当のこと言ったら多分怒るじゃん。っていうか、こう聞いてくるってことは、もう大体のことは把握してるんじゃないの?
なんて内心で思ってやると、ヴァージャはまたひとつため息を洩らしてから軽く上体を前に倒して目線の高さを合わせてきた。そのまま片手が頬を包むように触れてくるものだから、ほんの一瞬呼吸が詰まる。
「お前がもし逆の立場だったら、自分の恋人を傷つけられて腹は立たないのか」
「こ……」
今までキスだとかハグだとかはしたし、好きとも言ったけど、今の関係を明確に言葉にしたことはなかったから、その一言で一気に顔面が熱くなった。あやふやな関係よりはずっといいけど、なんでそう奇襲を仕掛けてくるんだよ。
至近距離でジッと睨み合うことほんの数秒、先に根負けしたのは当然オレの方だった。出会った頃とか自覚する前ならともかく、今の状態でこいつとまともに睨み合いなんてできるわけがない、顔面偏差値が高すぎる。片手で顔面を覆って、改めて項垂れるしかなかった。
「……後ろから押されて突き落とされました」
「相手の顔は見ていないか?」
「ああ、まったく予想もしてなかったし暗かったからなぁ……」
あまりにも突然のことだったから、相手の顔なんてまったくわからなかった。あれは人だったんだろうか、野生の動物って可能性もありそうな気はするんだけど……でも、あの感触は多分手の平っぽいんだよなぁ。そうなると、オレたちがここに来たのを快く思わない誰かがいるってことになるのか。
「ヴァージャ、フィリアとエルは……」
「大丈夫だ、あの二人には目を光らせてある」
ああ、それならいいんだ。どっちも返り討ちにしそうではあるけど、いくら才能があると言ってもまだ子供なんだ、できるだけそういう悪意に晒したくない。
そこへ、ふとノック音が聞こえてきた。ヴァージャは静かに姿勢を正すと、出入口の方を振り返る。程なくして、簡素な扉を開いて見覚えのない一人の女の子が入ってきた。いや、女の子じゃなくて女の人って感じかな、オレとそんなに歳が変わらないくらいの。ふんわりとした柔らかい雰囲気を纏う人だった。
「失礼します。ヴァージャ様、ディーアさんが呼んでいます。リーヴェ様のことはわたくしが看ていますから、会議室の方へ……」
「……わかった」
彼女の言葉にヴァージャは短く返事を返すと「また来る」とだけ告げて、部屋を出て行った。それと入れ替わるような形でふわふわした雰囲気を持つ彼女が寝台の横まで歩み寄ってくる。
「はじめまして、わたくしはリスティと申します。リーヴェ様と同じくグレイスですわ、よろしくお願いしますね」
リスティと名乗った彼女は、丁寧に自己紹介をするとにっこりと笑う。綺麗と可愛いの両方を併せ持つ女性だった。
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