幕間
エルが求めたもの
ディーアたちと話してみてわかったのは、この組織にはまだほとんど何も揃っていないということ。隊長と副隊長を立ててはみたものの、その下にいる者たちは具体的に何をどうすればいいかもよく理解していないようだった。
組織の拠点はあっても役割が決まっていることもなく、誰が何をできるのかさえ完全に把握できていない。とにかく帝国のやり方や横暴さを許せないという気持ちだけで集まった者たち、……というわけか。悪くはないが、帝国が本気を出せば一晩のうちに掃討されてしまってもおかしくない。やはり安全な場所に拠点を移す必要がありそうだな。
「隊長がいないと、できる会議も限られてきますね……今夜のうちに戻ってきてくれるといいんですが」
「大丈夫ですよ、僕たちの方も今日はクタクタですし……セプテントリオンのみなさんのことを知れただけで充分です」
「それにしても、神さまと
現在の組織メンバーの人数や、今の段階でできること、やってきたことを簡単に聞いただけで話し合いはほとんど終わった。組織ができてまだ間もないようだが、勝手に自分たちだけで話を進めないところを見ると、隊長はメンバーからの信頼が随分と厚いようだな。余程できた人間なのだろう。
すると、早々に雑談の方向に舵を切ったらしい面々が個人的な質問をぶつけてきた。
「エルの素質は天性のものだ、私が教えたことは……薬の知識くらいか」
「はい、ヴァージャさんって本に載ってないこともたくさん知ってるから助かります。いつも勉強を見てくださってるんですよ」
エルはアンと同じように、将来は医者になるのだと言っていた。詳しいことは聞いていないが、恐らくは持病がある姉のためなのだろう。そのせいか、医学や薬学を学ぶ際のエルの様子はいつも真面目で、思わず感心してしまうほどだった。
しかし、その返答はこの場の人間たちにとっては信じ難いものだったらしい。ディーアは目を丸くさせていたが、残りの二十人ほどは身を乗り出して「信じられない」と言わんばかりの表情を滲ませた。
「か、神さまと一緒に旅してるのに戦い方とか術とか教えてもらわないの!? なんで!?」
「おまっ、それ絶対損してるぞ!!」
「え、えっ、ええぇ……」
次々に向けられる言葉に、エルは丸くさせた目を数度瞬いてから困ったように後頭部を掻いて視線を下げた。……私は別に“神”としてエルの勉強を見ているわけではないのだが。損得を基準にあれこれ言われるのはわりと不愉快なものなのだな。
「う~ん……ヴァージャさんって、あまり争い事とか好きじゃないように見えるんです。それに、どうせなら戦うことよりも知らない知識を教えてもらう方がいいなぁ、って……」
「ッハハハハ! いいじゃないか、何を求めるかは人それぞれだ。エフォールが神さまに求めたのは、傷つける力じゃなくて人の役に立つ知識だったってことだろ」
エルのその返答に周りの者たちは絶句していたが、それまで黙って状況を見守っていたディーアは愉快そうにふき出した。この男はいいことを言う、まとめ方が上手いというか、波立ったものを宥めるのが上手いというか。まだ何事か言いたそうにしている者もいたが、ディーアの言葉を聞いて納得したようだった。
「……そう見えたか」
「は、はい。違いました?」
「いいや、合っている。お前はよく見ているな」
驚いたのは、争い事を好まぬ性質を見抜かれていたこと。漠然とそう感じたのかもしれないが、この子は本当に周りをよく見ていると思う。くしゃりとエルの頭を撫でてやると、当のエルは照れたように笑った。
……私には子を持つ親の感覚というのはわからないが、こういうものなのだろうか。リーヴェの時とは異なる、言葉にし難い暖かさが胸中に湧いてくる。それがひどく心地好い。
「ヴァージャさあぁん!」
「……フィリア?」
そこへ、簡素な扉を蹴破るようにしてフィリアが会議室に飛び込んできた。確か、疲れたから休むと聞いたはずだが。会議室にやってきたフィリアは私とエルの姿を視界に捉えるなり、慌てたように飛びついてきた。
「リ、リーヴェさん来てませんか?」
「リーヴェさんがどうかしたの?」
「台所にいるお姉さんが、リーヴェさんが水を汲みに行ったきり帰ってこないって……もう一時間近くになるそうなんです……」
「――!」
今にも泣き出してしまいそうな様子のフィリアの言葉に、ざわりと胸がざわめいた。
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