ライバル出現の嫌な予感
どうやらオレは、穴から引っ張り上げられてから丸一日近く眠っていたらしい。包帯を替えながらリスティが色々なことを教えてくれた。
マリーに話を聞いたフィリアが会議室に飛び込んで、それからは大騒ぎだったそうだ。帝国兵に捕まったんじゃないかとか森で迷ったんじゃないかとか。結局ヴァージャが見つけて、引き上げてくれたらしいけど。
「ヴァージャ様がリーヴェ様を抱えて戻ってきた時、とても恐ろしい顔をしていらしたんですのよ。手当てをしてからもほとんどお眠りにもならず、ずっとお傍に付きっきりでしたわ。……随分と、大切にされてますのね」
なんて言われた時は、何をどう答えればいいのかまったくわからなかった。
それから二日。頭を打ったってことで無理矢理に寝台に押し込められてたけど、さすがにもう何ともない。ただでさえ人の手が足りないだろう状況で、これ以上ダラダラするのは気が引ける。
厨房に顔を出すと、朝も早い時間だってのに賑わっていた。マリーにエルに、フィリアの姿も見える。いち早くオレの姿に気付いたマリーは、パッと明かりでもついたように笑って駆け寄ってきた。
「リーヴェ、おはよう! もう大丈夫なの!? ごめんね、あんなとこに穴があったなんて知らなくて……」
「いいんだって、この通りピンピンしてるからさ。それにマリーのせいじゃないだろ、気にしなくていいんだよ」
「穴は僕が塞いでおきました、今度から水を汲みに行く時は僕と一緒に行きましょう。何かトラブルに見舞われても僕が何とかしますから」
傍まで駆け寄ってきたマリーは、オレの怪我の具合を確認してから花がしおれるみたいにしょんぼりとしてしまった。彼女とは少し話をした限りだけど、快活な女性だと思ってる。そんな彼女がしゅんとしてるところはあまり見たくない。
そこへ、野菜をじゅうじゅうと炒めながらエルがにこやかにそんな言葉を投げてくる。可愛い顔して言うことは男前なんだ、こいつはもう少し大きくなったら女の子たちにキャーキャー言われるクチだな、
「エフォールってすごいんだね、何でもできちゃうんだもん。気配りまで完璧って、さすが天才って感じ」
「そうそう、ほんとすごいやつなんだよ。だからエルと知り合った時は意地でもクランに引き入れようとフィリアが目の色変えて……」
なあ、と同意を求めてフィリアに声をかけようとしたところで――言葉が喉の奥に引っ込んでいった。どうしたことか、ウチで一番元気でやかましいあのフィリアお嬢様が椅子に座ったまましょんぼりしている。オレたちの話だって聞こえているのかどうか、視線を下げて黙り込んでいた。
すると、マリーがコソッと小さく耳打ちしてくる。
「フィリアちゃんって、大人しい感じの子?」
「まさか、困るくらい元気でおませでヤンチャなお嬢様だよ」
「そう……やっぱりね。昨日から、なんだか元気がないのよ。リーヴェのこと心配してるのかな、って思ったんだけど……」
オレの顔を見ても騒ぎもしないってことは、元気がない理由は別にあるんだろう。なんだろうな、腹が痛いとかホームシックとか……どれも違いそうだなぁ。
「――みなさん、隊長が今朝お戻りになりました。新しく増えた方々を交えて話がしたいとのことですので、会議室まで……」
そこへ、リスティがやってきた。今日も穏やかににっこりと微笑んで、鈴を転がすような声でそう告げた。マリーもエルも彼女に向き直って返事を返したけど、オレは見逃さない。リスティの声を聞くなり、フィリアの小さい肩がピクリと動いた。……フィリアとリスティ、オレが寝てる間に何かあったんだろうか。
思案することほんの数拍。まな板の上にはちょうどいい具合に野菜が置いてある、口実にはちょうどいい。
「ごめんリスティ、仕込みだけ先にやっておきたいからオレは少し遅れていくよ」
「まあ、仕込みなんて後でもいいんですのよ?」
「腹が減ってはなんとやらってよく言うだろ、すぐ行くからさ」
後で、とは言うけど、それだけ朝飯が遅くなるんだぞ。オレたちみたいに戦えない者にとってはこういう支援が一番の仕事なんだ、しっかりやっておきたい。
リスティは少しの間黙ってはいたものの、やがて「わかりました」と微笑んでぺこりと一礼。それからエルやマリーを伴って厨房を出て行った。会議室にはヴァージャもいるだろうし、エルもいれば大事な話を聞き逃したりはしないだろ。隊長がどんな人か気にはなるけど、今一番気がかりなのは――
改めてフィリアを見遣ると、彼女はまだ俯いていた。ふわふわのスカートをぎゅ、と小さい手で握り締める様子は、何かを我慢しているように見えて痛々しい。刺激してしまわないようにそっと近付いて、真正面に屈んでみた。
「どうした、フィリア。リスティと何かあったのか?」
「……ううぅ……っ、リーヴェさあぁん……!」
そう声をかけると、フィリアは驚いたように目を丸くさせた後――何を思ったのか、その可愛らしい顔をぐしゃりと歪めて、大きな目から涙を溢れさせた。そうしてそのまま飛びついてくる。……こりゃ重症だ。
* * *
フィリアを抱っこして外に出ると、少ししてから落ち着いたようだった。泣き腫らして真っ赤になった目元が痛ましい。オレがちょっと休んでる間に何があったのか、程なくして語り始めた話は――とてもじゃないけど無視できるようなものじゃなかった。ざわりと胸がざわついて、嫌なことを思い出す。
「……リスティが、ヴァージャのことを狙ってる?」
「はい、リーヴェさんはお休み中だったので知らないと思いますけど……ヴァージャさんにべったりなんですよ。抱き着いたりおっぱい押しつけたり、夜だってずっと一緒にいようとして……」
子供になんて光景見せてんだ、教育に悪すぎる。……じゃなくて、そうじゃなくて。……リスティが、ヴァージャのことを? もしかして、あの「随分と大切にされてますのね」って牽制か何かだった……?
いや、ヴァージャに限ってそんなこと――とは思うけど、そう思ってたティラだって結局はマックに取られたわけで。それを思い出すと、猛烈な嘔気に襲われた。結局また同じことを繰り返すんだろうか。
「リーヴェ」
そこへ、今一番聞きたくない声が背中に届いた。振り返ってみるとアジトの出入口付近にヴァージャがいたものの、その隣に見えた思いがけない姿を視界に捉えればモヤモヤした気分も綺麗に吹き飛んでいく。
「隊長が戻ってきたのだが、お前の……知り合いか?」
「おお、やはりリーヴェか! 名を聞いてもしやと思ったが、本当にお前だったとは! 久しぶりだなぁ!」
ヴァージャの隣にいたのは、厳つい顔を笑みに破顔させた中年のオッサン――スターブルかその近郊にいるはずの、あのウラノスのリーダーを務めるサンセール団長だった。そういや、結局ヴァージャとは面識がなかったっけ。
隊長が戻ってきたって言われてこの人が出てくるってことは……えっ、この組織の隊長って、まさかサンセール団長?
久しぶりに見るその顔に、肩に入っていた力が自然と抜けていった。
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