第五章:胡散くさい男

これからの予定は

 ボルデの街から北上すると、北の大陸に渡るための船が出てる小さな漁村がある。地図で見れば普通に近くなんだけど、図で見るのと実際に行くのとじゃ全然違う。地図上ではボルデの街から数センチほど上だけど、実際の距離はかなりのものだ。


 街と漁村の間には森と渓谷と林があるようで、ピクニック気分で行くような場所じゃないことはわりと早い段階でわかった。現在は森を越えた先の渓谷で止まっている状態だ。



「疲れました……」



 確認するまでもなく疲労困憊といった様子の、フィリアのその一言によって。



 街を発ったのが大体昼頃だったから、森を越えた時点で夕暮れ時に近かった。こりゃ、渓谷の手前で野宿にした方がよかったかな。この渓谷はそれなりに魔物が生息しているらしく、足を踏み入れてからというもの、既に十は超えるくらいの戦闘を繰り返していた。……と言っても、ヴァージャやエフォールがいるからすぐ終わるけど。



「た、確かに疲れましたね……もう辺りも暗くなってきてますし……」

「では、今日はここまでにするか」

「けど、ここ魔物多いみたいだし野営なんてしても大丈夫か?」

「問題ない」



 フィリアは言わずもがなだけど、エフォールの顔にもハッキリと疲労の色が滲んでいる。そりゃそうだ、いくらクランに入ってたとはいえ、いきなり街から森を越えて渓谷なんて歩いたこともないだろうし。いくら天才ゲニーって言っても、まだ子供でもある、初日からちょっとハードだったかもしれない。


 今日はここまで、っていうのにはオレも全面的に賛成なんだけど、気になるのは魔物のことだ。寝てる間に襲撃されるのも嫌だし、見張りを立てたらその見張りが満足に休めない。この渓谷を越えたってすぐに漁村に着くわけじゃないんだし、そういう面がちょっと心配――


 とか何とか頭の中で考えていると、そんなオレの思考を嘲笑うかのようにヴァージャが川から離れた場所に家を生やした。文字通りドンッて。地面から出てきたような気がするけど、なに神さまって地中に家持ってんの? ……いや、魔法円みたいなやつか。よく見ると家の下に黄金色の円のようなものが見える。



「もう今更なんだけどさ、ほんとあんたって何でもありなんだな……見ろよ、かわいそうに。エフォールなんて今にも卒倒しそうじゃねーか」



 その人間業とは思えない能力を前に、フィリアもエフォールもしばらく固まっていた。あんぐりと口を開けて。

 ……そういや、フィリアには話してあるけど、エフォールにはまだヴァージャの正体言ってなかったな。



 * * *



 ヴァージャが生やした――もとい、召喚した家の中は広々としていて、生活に必要なものが一式揃っているようだった。


 リビングには寛ぐのに最適なソファが置いてあったり、広々とした台所もあったり、天井からは豪華な細工が施された明かりまであるし、寝室なんて三つもある。スターブルにあるオレの家よりずっと豪華じゃん、こんなにいい家持ってんのになんでオレの家に居候なんて……いや、力の回復のためか。


 そんな広々とした家の台所に立って夕食の支度をしていると、リビングで話し合うフィリアたちの声が聴こえてくる。話題は当然ながらヴァージャのことだ。



「か、か……神さまって、本当にいるんですね……!? 驚いた……!」

「なりますよね、そうなりますよね!? 私がお世話になっていた孤児院でもすごかったんですよ! でも、まさかあれを超えるものをこんなにすぐ目にするとは思ってませんでした……」

「魔物除けの結界が張ってある、襲撃は心配せずにゆっくり休むといい」



 フィリアもそうだったけど、エフォールも素直なせいかヴァージャが神さまってことをすぐに信じたようだった。……まあ、そりゃそうか。いきなり家召喚するような術は魔術にも召喚術にもないしな。ヴァージャがやることはいちいち人間業じゃないんだよ。


 信じるのはいいけど、どうだろう。あまりよろしくない印象を抱いてたりは……。

 ちょっと心配になって夕食を作りながらそちらを見てみると、そんな心配も露知らず、当のエフォールは目を輝かせていた。



「神さまとご一緒できるなんて、すごいや……! 色々とご教授のほど、よろしくお願いします!」



 ……よかった、エフォールのやつも神さまっていうものに対して否定的な考えは持っていないらしい。このメンバーなら、わいわい楽しくやっていけそうだな。フィリアは大きなクランにしたいみたいだから、今後もメンバーは増えるんだろうけど。北の都はどういうクランが統治してるんだろうなぁ。



「……あれ、そういやエフォールってボルデの街の前は北の都に住んでたんだっけ?」

「あ、はい。アンテリュールはとても大きな都ですよ、あそこで手柄を立てれば帝国にもその活躍の噂が届くはずです」

「いいですね! 最高ですねっ!」



 エフォールの家族は姉ちゃんのために北の都から移り住んできたって、確か初めて会った時に聞いたな。都のことを知ってるやつが仲間内にいるのは頼もしい、天才だし。フィリアの様子を考えると、アンテリュールである程度の手柄を立ててから、帝国って流れが一番かな。


 明日には、船が出てる漁村に着けるといいんだけどなぁ。

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