女たちの野望

 ボルデの街から西に進んだ先、街道から少しばかり外れた森の中にウロボロスは一時的な拠点を設けていた。いくつかのテントを張り、寝泊まりに使っている状態だ。この辺りを統治しているクランの許可など取得していないため、あまり長居もできないのが現状だった。


 そのいくつかあるテントの中央、ひと際大きなものに一人の女性が人目を避けるようにして入っていく。漆黒の長い髪を低い位置で結う、いかにも和風美女といった雰囲気の女性だった。



「……サクラ、戻ったか?」

「ええ、……」



 “サクラ”と呼ばれた彼女は、テントの中に入るとしっかりと入り口の布を下ろしてから数歩マックの方へと足を向けた。しかし、薄暗い中に見えた光景に呆れたように目を細めると、ほんのりと色づく桜色の口唇からはひとつため息がこぼれる。


 簡素な寝床の縁に腰掛ける彼の背後、そこにはこちらに背中を向ける形で寝転がる一人の女がいた。掛布からはみ出る肩は素肌、衣服を身に着けているような様子はない。要は裸だ。今まで何をしていたかは幼子でもない限り容易に想像がつく。オマケに当のマックも上半身裸なのだから。


 色素の薄い長い金髪は誰だろう――ウロボロスの面々の女たちを思い浮かべるが、該当しそうな者は誰もいない。また外から連れ込んだ女か、そう思うとサクラの表情は自然と歪んだ。



「それで、どうだった?」

「……ええ、ディパートの街で聞き込みをしてきました。あの少女……フィリアと言うそうですが、彼女はただの凡人オルディだそうです。ギルドや彼女がいた孤児院でも聞きましたが、間違いありません。やはり……」

「ククッ、そうかよ。ただの凡人ごときにブルオーガを倒す力なんかあるわけがねえ。ティラが見たのは間違いじゃなかったってワケだ」



 サクラからの報告に、マックは口角を引き上げて薄らと笑う。次に自分の背中側で眠る金髪の女――エフォールの姉のアフティに目を向けると、幾分か潜めた声量で続けた。



「どうやら、この女もあの野郎と同じく無能らしい。だが、妙なことを言っててな」

「妙なこと?」

「この女は、ガキの頃から双子の弟を呪ってきたらしい。自分が呪いをかけると弟は見る見るうちに弱り、本来の才能を発揮できなくなったそうだ。最初はその呪いの話に興味を持って加入を認めたが……」

「呪い……ですか」

「別に俺様は呪いなんてモンは信じちゃいねえ。しかし、引っかからねえか? この女とあの野郎、どっちも無能だ。片方は才能を伸ばし、また別の無能は才能を衰えさせる、ただの偶然って片付けるにはどうも引っかかる」



 淡々と語られていく話に、サクラは余計な口を挟むことなく黙って聞き入っていた。その頭の中で情報を整理していきながら。すると、マックは再び口元に笑みを滲ませると、一度は外した視線をサクラへと戻した。



「サクラ、他の無能どもを調べろ。似たような例があればひとつも漏らすことなく俺様に言え、それから――他に口外はするな」

「わかりました」



 次の命令を受けて、サクラはひとつ頭を下げる。マックはそんな彼女に優しげな声色で語りかけた。



「頼りにしてるぜ、サクラ。最終的に俺様の妃になるのはお前しかいねえって思ってるんだからな」

「……はい」



 このクラン、ウロボロスにいる女性たちは、いずれもマックの寵愛を求めている。それというのも、マックは天才ゲニーであり、彼の野望もまた、いずれは一国を――否、大国を築くことに他ならない。それこそ帝国フェアメーゲン以上の大国を。そんな彼の寵愛を一身に受ける女は、王となるマックの妻、王妃になれる。


 ティラもヘクセもロンプも、そしてこのサクラも。その立場と絶対的な権力がほしいがためにマックに付き従っているのだ。嘘か本当かもわからない、マックのそんな甘言を信じて。


 サクラはもう一度ぺこりと頭を下げると、次の任務に向かうべく静かに踵を返した。

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