その目で見たもの


「……ティラ、その話は本当か?」



 スターブルの街のほど近く。旅人や行商人が身を休めるための小屋の中で、椅子に腰掛けていたマックが低く呟いた。その傍にはヘクセやロンプを筆頭に、クラン『ウロボロス』のメンバーも控えている。


 あの日、領地戦争に負けて以来、彼らはスターブルの街に顔を出すこともできず、街の東にある農村の宿に寝泊まりしていた。


 あの時、ヴァージャに負けさえしなければこの辺り一帯を牛耳ることができたのだが、今ではすっかりただの“負け犬”だ。ただでさえプライドの高いマックが、そんな現状に満足などするはずもなかった。


 そんな中、ティラが持ち帰った情報にマックはぴくりと片眉を上げて、座っていた椅子から軽く身を乗り出した。



「ええ、間違いないわ。わたしもどういうことなのかよくわからないけど……あれは、確かにリーヴェだった」



 マックの言葉にティラは一度しっかりと頷き返し、自分の頭と目に焼き付いているその光景を思い返す。それは、森の中でのこと――



『フィリア、よせ!』

『こんな、こんなやつに負けてたらクランなんてやっていけないわ!』



 ――あの時、ティラが森の中でリーヴェを見つけたのは本当にただただ偶然だった。リーヴェとヴァージャの動向を窺うために尾行したくとも、恐らくあの男ならば自分の気配に気づく。それなら一時的に姿と気配を消す効果のある魔法薬を調合しようと、必要な薬草を森の中で探していた時。耳慣れた声が森の奥から聞こえてきたのだ。


 気付かれないようにそちらに向かい、こっそり木の合間から覗き込んでみると、見知らぬ少女が無情にもブルオーガの一撃により薙ぎ払われていた。


 かわいそうに、と思ったのも束の間。次の瞬間、リーヴェが少女の身を抱き締めると、目が眩みそうなほどの強い光が出現したかと思いきや、ぐったりしていたはずの少女がどういうわけか反撃に出ていたのだ。それも、ヘクセやロンプを超えるほどの大量の魔法円さえ出現させて。生々しい血こそ衣服に付着しているものの、傷は完全に癒えていた。



「あの野郎は無能なんじゃなかったのか?」

「そのはずよ、間違いないわ。でも……わたしが見たのも嘘でも幻でもない、一瞬で怪我を完治させて、それに……まるであの女の子の能力を強化したみたいだった。いったいどういうことなのかしら……」



 リーヴェは、確かに無能だ。何の力も持っていないはず。それは、元婚約者であるティラだからこそ誰よりも知っていることだった。そのリーヴェが、あんなにも瞬時に傷の治療をしただけでなく、法術らしき力を使っていたなどと――実際に自分の目で見たティラでさえ、あれが事実なのかわからないくらいだ。


 しかし、マックは「ククッ」と愉快そうに笑うとドスンと大剣の刃を古びた床板に突き刺した。



「簡単じゃねえか、本人に直接聞きゃあいいんだよ」

「で、でも、リーヴェの傍にはいつもあの男がいるわ。基本的に二人で一緒に行動してるみたいだし……危険じゃないかしら」

「ハッ、そりゃあいいことを聞いた。むしろ願ったり叶ったりだ」



 ティラの返答を聞くと、マックはその顔にほの暗い笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がる。

 ティラやヘクセたちはそんな彼に言い知れぬ恐怖のようなものを感じて、無言のまま固唾を呑んだ。


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